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【著者インタビュー】ダイヤモンド・プリンセス号除染「特掃隊」を率いた著者が語る知られざるコロナ禍での闘い
『コロナと闘った男 感染対策最前線の舞台裏』の著書である惟村 徹氏は、事故や災害、事件などによって汚染された場所をきれいにする“特殊清掃”のプロフェッショナルです。 惟村氏が率いるリスクベネフィット社は、クルーズ客船のダイヤモンド・プリンセス号で新型コロナウイルスの集団感染が起きた際に除染作業を担当。持ち前の清掃・消臭・除菌技術を生かし、見事に仕事をやり遂げました。 本インタビューでは惟村氏が著書を刊行した思い、そして、リスクベネフィット社のメンバーが危険をかえりみずダイヤモンド・プリンセス号に乗り込んだ背景、惟村氏の今後の展望をお聞きしました。
特殊清掃の技術を生かし、危険を冒して除染作業を担当
――著書『コロナと闘った男 感染対策最前線の舞台裏』刊行のきっかけをお聞かせください。
2020年2月、豪華客船として広く知られていたダイヤモンド・プリンセス号で、新型コロナウイルスの集団感染が発生。我々はこのとき、船内除染作業を担当しました。
当社のスタッフはウイルスの恐ろしさを肌で感じながら、空調が切れた船内で医療用の防護服を身にまとい、汗にまみれながら必死で作業を続けたのです。
ダイヤモンド・プリンセス号のニュースは、多くのマスコミによって取り上げられました。でも、我々のような裏方がどれほど厳しい状況に置かれていたか。そして、どんな思いで作業に取り組んでいたか伝える報道はほとんどありませんでした。
現場で必死になって頑張ったスタッフたちに、何とかスポットライトを当ててあげたい。人生が変わるような体験をした彼らの生き様を、多くの人に知ってほしい。それが、この本を書こうと思った最大の理由でした。
――なぜ、ダイヤモンド・プリンセス号の除染を担当することになったのですか。
当時の日本は海外メディアなどから、新型コロナウイルスの感染対策が不十分だと厳しく批判されていました。私は自分の手によって、日本の名誉を挽回したかったのです。
当社のポリシーは「困った人の力になる」こと。特殊清掃という仕事を通じて磨いてきた除菌・消毒の技術を生かせば、社会、そして日本のために役立てると確信し、すぐ公募に手を挙げました。
当初、落札したのはアメリカの企業でしたが、それだけでは手が回らないことが明らかになり、当社にも除染を手伝ってほしいと依頼が入ったのです。電話を受け、私は「うちでよければ、力になります」と即答しました。そして、当社とつながりのある全国の同業者にも声をかけ、約30人のチームを組んでダイヤモンド・プリンセス号に乗り込んだのです。
――当時の新型コロナウイルスは、「未知のウイルス」でした。除染作業を始めたとき、怖さや不安があったと思うのですが。
怖くなかったといえば、それは嘘になります。自分自身が感染する不安もありましたし、それ以上に、スタッフが感染したらどうしようという恐怖が強かったですね。
ただ、特殊清掃の現場では、壁や床についた匂いや煤などを日々取り除いています。ダイヤモンド・プリンセス号では対象がウイルスに変わっただけで、普段から使っている技術を応用すれば、何とかなるだろうという仮説は立てていました。
私は除染作業を請け負う際に、1つだけ条件をつけました。最初に私ひとりが船に入って状況を確認し、そこで安全が確保できないと判断したらスタッフは入れないことにしたのです。そして安全を確認した後、我々は5日間の除染作業に入りました。その過程は、まさに「苦闘」でしたね。
最終日、下船した我々がもう一度船を振り返ると、そこには「#ARIGATO JAPAN♡」という言葉が浮かび上がっていました。乗員たちが船室に明かりをつけて文字をつくり、我々に感謝の気持ちを伝えてくれたのです。このときのうれしさは、今も忘れられません。
――ダイヤモンド・プリンセス号での除染作業を通じ、何か気づいたことはありましたか。
一緒に作業をしていたアメリカのチームはその日の予定作業が終わると、決められた時刻より早くても船を下りていました。
我々日本人チームは予定より作業が進んだら、明日の分まで仕上げてしまおうと思うのが常でしたから、彼らのやり方に最初は戸惑いましたね。でも、そこにはきちんとした理由があったのです。
彼らは、当日の予定作業が終わったら、きちんと休むべきだというポリシーでした。無理をして作業を続けると、ヒューマンエラーが起こりやすくなる。だから、余力を6割くらいは残した状態で作業に取りかかるべきだ、というのです。
確かに、失敗の許されない現場では、彼らのやり方は理にかなっていますね。それからは当社でも、余裕を持たせた作業計画を立てるようにしています。
「儲かる仕事」から「人の役に立つ仕事」への大転換
――惟村さんは20代の頃から、他分野で経営者として活躍していたそうですね。
私は20代前半に独立し、自動車輸出業や飲食店経営などしていました。当時の私にとって、良い仕事とは「儲かる仕事」のことでした。ところがある日、人生観が180度変わるほどの体験をしたのです。
私がとんかつ屋で昼食をとっていたとき、隣に座った小さな男の子がテレビで流れる戦争番組を見て「戦争ってなに?」と両親に問いかけたのです。すると若い父親は、息子に向かって真剣に戦争について語り始めました。
その様子を見て、心からの衝撃を受けましたね。自らの無知に気づき、歴史を学び始めたところ、戦時に自らの命をなげうって日本を守ろうとした人たちが数多くいたことを知りました。彼らのように、私も人の役に立つ仕事をしなければと考えるようになったのです。
――その後、経営していた会社をたたんで、高齢者問題に取り組むようになったと聞きました。
ある番組を見て、限界集落で暮らすお年寄りが孤独に悩んでいることを知りました。彼らが安心して暮らせるような社会をつくりたいと思い、NPOを立ち上げたり、地方議員と協力しながら解決策を考え出したりするようになったのです。
そんなとき、知り合いのお年寄りから「肉親が孤独死した」と相談を受けました。季節は夏。亡くなってから1週間ほど経っていたため、住居は大変なことになっているというのです。
そのお年寄りに連れられて現場に出向いたところ、そこには恐ろしいほどの匂いと、信じられないほど凄惨な光景が広がっていました。私はショックを受けながらも、お年寄りに対して「何とかするから安心しな!」と言いました。そして、約1カ月間にわたって、一人で清掃作業を続けたのです。
――そのときの経験が、創業のきっかけになったのですね。
そうです。孤独死されたお年寄りを、感謝を込めて見送ること。それが私のなすべきことだと感じ、リスクベネフィットを立ち上げました。その思いは、今も全く揺らいでいません。
私は若いスタッフによく、「働く」とは「傍(はた)を楽(らく)にする」ことだと話しています。周囲の人を楽しく、楽にしなければ、働く意味などないのです。また、スタッフには「心が震えるような仕事をせよ」とも伝えています。お金を稼ぐためだけの仕事はせず、人々を豊かにし、その対価として相手から感謝をいただけるような仕事をするのが、当社の基本方針です。
ただし経営者としては、自社の利益も大切にしています。当社のスタッフがお客さまに役立とうとする思いを燃やし続けるには、スタッフ自身が幸せでなければならないのです。
待遇の悪いスタッフに「人のために役立て」と強いても、納得してくれるはずがありません。ですから私は、従業員に十分な給与を出せるよう、絶対に安売りはしません。自己犠牲と利益のバランスをとることが、私の役割ですね。
――一方、リスクベネフィットの技術力についてはいかがでしょうか。
当社の強みの1つは、孤独死や自殺現場などのいわゆる特殊清掃だけでなく、火災現場の清掃や水害復旧、ペット消臭などまで幅広く手がけられることです。特殊清掃のニーズは夏に集中しますが、我々はさまざまな現場に対応できる技術力があるため、年間を通じて仕事の引き合いがあるのです。
また、当社では「完全消臭」を可能にする特許を2つ取得しています。これらを使って清掃を行うFCなどを広めることで、より質の高い特殊清掃を世に広めたいと模索しているところです。
手洗いやうがいといった基本の「徹底」が最大のコロナ対策
――このインタビューを行っている2021年9月現在、コロナ禍はまだ収束していません。現状に対し、惟村さんはどう考えていますか?
こういう言い方が正しいのか分かりませんが、「なるべくしてなった」というのが率直な感想です。日本のコロナ対策はその場しのぎで、十分な余力がない状態が続いていました。
ですから、オリンピック前後にいわゆる「第5波」が訪れ感染者が増えると、全国で医療崩壊を起こしてしまったのです。こうした状況に対処するためには、日本の仕組みをガラリと変えるしかないと思っています。
ある現場でコロナ対策の作業を行っていたとき、自治体関係者から、スタッフが装着している“面体”(粉塵や毒などを防ぐためにつける、密閉性が高いマスク)を外すよう指示されたことがあります。
当社ではスタッフを守るため、高価な面体をたくさん準備して現場に入っているのですが、同じ現場で働いていた医療スタッフは一般的なマスクしか身につけていませんでした。これでは不平等だということで、リスクベネフィットも一般的なマスクにすべきだというのが、自治体側の言い分でした。
自分たちでお金を出して、自社のスタッフを守ろうとしているだけなのに、全く筋が通っていませんよね。こういう杓子定規さや、縦割り組織の風通しの悪さが、コロナ対策の遅れにつながっていると思うのです。
――そうした日本特有の悪癖が直るまでは時間がかかりそうですね。一方で自分自身や家族を守るためには、どんな対処法が有効ですか。
性能の良いマスクを常に身につけ、手洗いやうがいを欠かさないこと。それにつきますね。
専門家であっても対処法の基本は同じです。ただし、重要なのは「徹底すること」です。少しくらいマスクを外してもいいか、面倒だからうがいをやめてしまおうかと気を緩めると、そこからウイルスは広がっていきます。
ダイヤモンド・プリンセス号にはさまざまなメンバーが乗り込みましたが、当社のスタッフと自衛隊員だけは、1人の感染者も出しませんでした。理由は簡単で、普段からトレーニングを通じて手洗いやうがいなどを完全に習慣化しているからです。
困難な現場に入っても基本を徹底でき、それが感染を防いだわけです。一方、頭ではウイルスの怖さを知っていても、それが体に染みついていない人は、ついつい基本をおろそかにして感染してしまいました。
――最後に、惟村さんが今後目指していることはなんですか。
今回のコロナ禍や各地で起きている災害などに対応するため、自衛隊が全国で駆り出されています。彼らの活躍は素晴らしいと思う反面、自衛隊の本分は国を守ることであるわけです。災害対応に追われているすきに戦争が起きたら、大変なことになります。
そこで、特殊清掃の業界を「社会インフラ」にまで引き上げ、今、自衛隊がカバーしている分野の一部でも私たちが担えるようにすることが、私の目標です。
ただ私は、会社を大きくしたいとは思っていません。経営規模が大きくなって従業員が増えると、私が抱いている仕事への思いをスタッフと共有することが難しくなりますし、スタッフが悩んでいる時に寄り添うこともできなくなるからです。
そこで目指しているのが「のれん分け」です。私の元で技術を学び、私の思いを共有している人が各地に散らばり、そこでさらに弟子を増やしていく。それによって特殊清掃が普及し、たくさんの人を救うことになれば、これほど嬉しいことはないですね。