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【著者インタビュー】左官業界を変革する経営者が新刊『オルタナティブ 原田左官工業所の仕事』に込めた、手仕事への誇りと将来への夢
店舗内装を主に手がける原田左官工業所が、著書『オルタナティブ 原田左官工業所の仕事』を刊行しました。 著名なデザイナーや建築士とコラボし、店舗のコンセプトを新しい発想と卓越した技術によって実現してきた数々の施工例を紹介。単に過去のプロジェクトを紹介するだけでなく、現代における左官の可能性を提案している書籍です。 今回は、同社の代表取締役を務める原田宗亮氏が本書にこめた思いや、人材育成を重視する理由、そして将来の展望などについて聞きました。
左官業の可能性を建築業界に知らしめたい
――書籍『オルタナティブ 原田左官工業所の仕事』刊行のきっかけを教えていただけますか。
私たち「原田左官工業所」は、漆喰(しっくい)や土壁はもちろん、木、わら、石、貝殻などさまざまな素材を組み合わせ、店舗や商業施設、住宅などの左官工事を行う会社です。
具体的な名前は出せませんが、当社はこれまでに何度も、有名プロジェクトの内装を手がけてきました。また、女性活用や人材育成で注目され、テレビや雑誌などで取り上げられたこともあります。
ところが、原田左官工業所の社名はまだ、建築士や設計士の方々に十分浸透しているとは言えません。もっと多くの方に、当社と当社の職人の存在を知っていただきたい、そして私たちは、漆喰や土壁以外にも多彩なやり方で内装を手がけられることを伝えたいと考えたのが、本を作るきっかけでした。
それで、従来の左官とは異なる切り口で提案できるという意味を込めた「オルタナティブ(代案、代替物)」という言葉を、タイトルに採用したのです。
――原田さんは原田左官工業所の3代目経営者ですが、どのような経緯で左官業界を志したのでしょうか。
現在の当社には常時60人ほどの左官・タイル職人が在籍していますが、昔は零細企業に過ぎませんでした。それもあって、親から「後を継げ」とプレッシャーをかけられた経験は一度もなかったのです。ただ、私は小さな頃から漠然と、「いつかは父の後を継ぐことになるだろう」と考えてはいました。
当社は1990年、女性左官チーム「ハラダサカンレディース」を立ち上げました。それまで完全な男社会だった左官業界で女性職人の積極採用・育成に取り組んだ当社は、マスコミでかなり取り上げられたものです。
当時中学生だった私も、「うちは普通の左官屋ではないのだな」とインパクトを感じ、同時に誇りを持ちました。そして、父や職人たちが生き生きと働く姿を見るうちに、この会社が父の代でなくなってしまうのはもったいないと考えるようになりました。
私は大学を卒業後、樹脂部品メーカーに就職しました。そこで約3年間経験を積み、2000年、26歳の時に原田左官工業所に入社。そして2007年、父の後を継いで代表取締役に就任したのです。
――前職での経験は、経営者になった今も役立っていますか。
とても役立っています。大きなメーカーのものづくりを直接見たことは、貴重な体験でした。また、前職では営業を担当していて、社外のメーカーや職人をコーディネートする機会も多かったのです。
そこで優秀な職人さんと出会って「ものづくりは結局、人が支えている」と痛感させられたのは、今も私の軸になっています。
そして、顧客ニーズを超えた提案を目指そうとする姿勢も、メーカーの営業職時代に培われたと感じます。昔気質の職人は、建築士やデザイナー、顧客に言われるがまま仕事をする傾向がありました。
しかし、今は通用しません。当社は常に、「左官業として、お客さまにどう役立つか」を意識することで、他社から高い評価をいただいています。
職人の力伸ばし「自社にしかできない仕事」を増やす
――原田さんが感じる「左官の魅力」とはなんでしょうか。
いくつもありますが、ここでは2つ挙げておきます。
1つ目の魅力は、オリジナリティが出せることです。左官は人が手を動かして仕上げるので、工業製品とは違ってひとつ一つできばえが変わります。優秀な職人が多数いることで、「原田左官工業所にしかできない仕事」が初めてできます
2つ目は、アレンジがしやすい点です。一般的な内装工事の場合、ボードや壁紙、床材などの部材をいったんそろえたら、なかなか変更はききません。店舗などに入れてみて違和感があったとしても、多くの場合は、その部材を使うしかないのです。
ところが左官なら、その場の状況に合わせて直前でも色や風合いを変えることができます。これは、建築士や設計士、店舗デザイナーなどの皆様にとって嬉しいことではないでしょうか。
――それでは、左官業界の中で原田左官工業所独自の強みとはなんですか。
まずは、提案力の高さです。和食店やフレンチレストラン、雑貨やアパレルなどの物販店、美容室、イベントスペースなど多種多様な場に合わせ、柔軟な提案ができます。
例えばこれまでに、「特殊セメントにアワビ貝の内側部分を混ぜ込んで独特な光沢を出す」、「木型を使って漆喰に繰り返し模様をつける」、「マグネシウムなどの新材料を使って新たな壁材を生み出す」などの試みを行っています。
また、新工法に取り組む姿勢も自慢です。当社では現在、カビやウイルスに強く、ひび割れなどのトラブルも少ないオリジナル漆喰「フルーフレ」、空や風を思い起こさせるようなナチュラルな色合いが特徴の塗壁材「空-KUU-」など、7種類のオリジナル壁シリーズを提供中です。
そして当社最大の強みが、人材育成力だと思っています。左官業は職人の技術が仕上がりに直結する仕事。ですから、優秀な職人を育てるため、さまざまな工夫をしています。
――原田左官工業所では、ベテラン職人の仕事ぶりを記録した動画を若手に見せ、その動きをまねさせる「モデリング訓練」を取り入れているそうですね。
はい、その通り
「職人の仕事は目で盗むもの」というのが古くからの常識で、新人はまず下働きからスタートし、先輩の仕事ぶりを見つつ自力で技術を習得するのが当たり前でした。
しかしこのやり方では、やる気はあるのにうまく技術を身につけられず、辞めてしまう人がたくさん出てしまいます。職人を目指す人が減る中、せっかく興味を持ってくれた若者が左官業から離れてしまうのはあまりにもったいないと思い、教育の仕組みを変えるべきだと決意しました。モデリング訓練もその一環で、それまでは3年程度かけて身についた技術が、1年程度で学べるようになっています。
ただしモデリング訓練は、単なる「技術を早く身につけさせる手段」ではありません。むしろ、「技術の磨き方」を学ぶためのものです。現場には手本となる先輩がたくさんいますが、彼らの姿を漫然と眺めていても技術は伸びません。
しかし、モデリング訓練などを行えば技術を学ぶための勘所や観察眼が身につき、結果的に、若手の成長スピードを速めることができるのです。
――なるほど。表面的な技術だけでなく、若手に職人としての「軸」をしっかりとつくらせてから現場に送り出すのが原田さんのやり方なのですね。ところで、原田左官工業所では女性職人の育成にも力を入れていると聞きました。
そうですね。左官業界全体でみると、女性職人の比率は1000人に1人以下なのではないかと思います。これに対し、当社では約60人いる職人のうち12人が女性です。先ほどお伝えしたように、30年以上前に「ハラダサカンレディース」を立ち上げて以来、当社は女性の活躍しやすい職場づくりに力を入れています。
昔の現場では、職人は体力勝負だとされていました。確かに、20~30kgにも及ぶセメント袋や部材を運ぶなど、職人には体力が求められる場面もあります。ただ、左官の仕事をいくつかの工程に分解すれば、課題は解決できるのです。
重いものを運んだり、広い壁を一気に塗りきったりするような力のいる工程は、若い男性の方が向いているでしょう。一方、美しい模様をつけたり、マスキングテープをていねいにはったりする繊細さが必要な工程は、女性や力のないベテラン職人に任せる方がうまくいきます。
要するに、「適材適所」なのです。現場には、性別も年齢も異なる職人が集まります。彼らの長所を上手に組み合わせ、チームとして最大の力を発揮させるのが当社の方針です。
――新工法の開発などにも積極的に取り組み、次世代人材の育成に力を注ぐ。それが原田左官工業所なのですね。他に、原田さんが大切にしていることはありますか。
職人たちの気持ちを大切にすることです。もちろん、職人たちはプロフェッショナルですから、常に期待以上の仕事をするよう心がけています。
しかしそれでも、メンタルが落ち込んでいる時には仕事ぶりに現れてしまうケースもあるのです。そこで私は、職人たちが仕事に集中し、思いのたけを現場で表現できるような環境づくりに日々取り組んでいます。
当社の最大の財産は、やはり職人の皆さん。彼らに力を発揮してもらうのが、経営者である私の役割です。
消費者の好みが多様化し左官へのニーズは増える
――これからの左官業界はどうなると考えていますか?
左官市場は、以前に比べると小さくなっています。昔は家やビルを新築すると、左官職人が内装を担当するのが当たり前でした。ところが今は、ボードやクロスで壁を仕上げるケースが増えています。その結果、最盛期には全国で30万人程度いた左官職人は、現在は5万人を切ったといわれています。
ただ、左官という仕事がなくなることは絶対にありません。消費者の好みが多様化している昨今、職人の個性が色濃く表れる左官は、さらにニーズが伸びていくと考えられるからです。
さらに、ネットが発達してさまざまな左官屋さんが自社の特色をアピールしていけば、左官という仕事が実にバラエティ豊かであることが世の中に伝わっていくでしょう。すると、左官業への注目度が増し、消費者が好みにあう業者・職人を探しやすくなると思います。
――いいですね。いろいろな左官屋さんが情報発信に取り組むことで、左官業界全般が盛り上がっていきそうです。そうした中、原田左官工業所はなにを目指しますか。
自社を大きくしたいとは考えていません。もちろん、当社への仕事の依頼が増え、同時に、ここで働きたいという人が増えて自然と会社が大きくなるのであればいいのですが、中身が伴わないのに規模だけを追うのは意味がないと思うのです。
それより、次世代の育成に力を注ぎたいですね。これまで左官業界を支えてきた60歳以上の職人が引退を控えている今、若い世代がけん引役を担わなければなりません。そこで、多くの若者が左官職人に憧れるよう、何とか業界全体を変えたり、社内の仕組みを整えたりしたいと考えています。
環境保護への貢献も、当社が目指す方向性の1つです。左官に使われる材料は、土や石、わら、海藻などの自然材料が中心。自然から得た材料を使い、壊したら土に戻すという、環境に優しい工法という一面もあります。
ただ、今では自然破壊が進み、上質な土や海藻などを確保するのが昔より難しくなってきました。左官の仕事を続けるためには環境を守る必要がありますから、自然保護団体を支援するなど、企業として環境保護に役立ちたいと考えているところです。
――それでは最後に、建築士や設計士、店舗デザイナーの方々、そして左官業界を目指す若手にメッセージをお願いします。
建築士などの方々には、「左官職人を使うハードルは意外と低い」と伝えたいです。今は左官アーティストを名乗る人が増えたこともあって、左官を芸術品のようにとらえる関係者が少なくありません。
しかし実際は、価格が高いものばかりではなく、お手頃な値段で仕上げられるものもあります。現場で相談しながら仕上がりを変えられる柔軟性を兼ね備えるなどたくさんの長所があります。また、オーダーに応じて一工夫を加え、店舗の内装に華やかさや楽しさの演出を施すことも可能。店舗の内装を行う際には、ぜひ左官業者にお声がけいただきたいと思っています。
この業界を目指す方々には、「腕一本で食べていく楽しさ」を強調したいです。もちろん、技術を身につけるのは簡単ではありません。しかし一人前になり、仕事の勘を身につけることができれば、自分の技術とセンスで周りの人々の役に立てていると実感できるでしょう。職人はまさに、やりがいを感じられる仕事です。興味があれば、ぜひ門を叩いてみて下さい。
原田左官工業所 公式サイト