【vol.5】ファイン株式会社 代表取締役社長 清水 直子さんの本棚 ―愛と利他の心で、「誰一人取り残さない」口腔ケアを―
2015年に提唱された「SDGs (Sustainable Development Goals )=持続可能な開発目標」。誰一人取り残さない世界を目指し17の目標と169のターゲットが掲げられ、2030年の達成目標へ向け、日本でも広がりを見せています。そんなSDGsに積極的に取り組む企業のリーダーに、経営信念に影響を受けた本をお聞きする連載「社長の一冊」。 歯ブラシなどの口腔ケア用品を製造・販売する、東京都品川区に本社を構えるファイン株式会社。いち早く人と環境に優しい製品づくりに取り組み、同社の「MEGURU 竹の歯ブラシ」はSDGsの広がりと共に注目を集めています。今回は、代表取締役社長 清水 直子さんに心に残る書と経営について語っていただきました。
社長の一冊 『LOVE LOVE LOVE (ラブ・ラブ・ラブ)〈受け入れる〉ことですべてが変わる』(リズ・ブルボー (著), 浅岡 夢二 (翻訳))
自分のことを大切でいると、他者も大切にできる。自分と他者はコインの裏表
――今回選んで頂いた一冊、『LOVE LOVE LOVE (ラブ・ラブ・ラブ)〈受け入れる〉ことですべてが変わる』との出会いを教えてください。
心身の不調で悩んでいた30代半ばに、看護師さんからこの書籍の著者であるリズ・ブルボーの『自分を愛して!―病気と不調があなたに伝える〈からだ〉からのメッセージ』を勧められました。リズ・ブルボーは心理学・スピリチュアル・医学の3つの関連性を確立したカウンセリングを行っている方で、書籍に書かれている彼女の教えにとても心を動かされました。
彼女の教えはスピリチュアルでありながら、日々の暮らしに応用ができる、シンプルかつ具体的なアドバイスに満ちていて、その中でもこの書籍は、私が具体的にどうしたら良いかという道標になってくれました。
――書籍のどういったポイントが清水社長の道標になったのでしょうか。
私は3姉妹の末っ子で産まれ、よく姉たちと比べられたり、何か言われる度に色々なことを曲解していじけたり僻んだりしていました。その癖がついたまま大人になってしまい、怒りのパワーが日常的に強いことに悩んでいました。この怒りのパワーがどこから来るのかが自分の中で分からず、自分を内省化するために、本を読んだり他の方からアドバイスを頂いたりしていました。
書籍のなかで「エゴイズム」に触れている箇所があったのですが、「エゴイズム=自分勝手・自分本位」というイメージがありました。しかし、書籍では「エゴイズム=自分が幸せにするのではなく、相手が私を幸せにすると考える」と書かれていて、はっと思ったのです。
私は、「あの人がああだから私は幸せではない」という他人軸で考えていたということが分かりました。カウンセリングでも「怒りの理由」を書きだしたときに、「怒っていた」のではなく、「泣いていた」ということに気が付いて、他人の気持ちも深掘りするようになりました。
自分の心の整理と、生活していく上で「自分も相手も心地がいい」という気持ちの持ち方やコミュニケーションの取り方を教えてくれた書籍ですね。
――「他者への思いやり」は経営においても必要なことですね。
自分が考えること相手が考えることは違います。相手は何が良いと思ってしてくれたのか、というところまで思いを馳せられるようになったので、社員たちは私に萎縮せず、自分の意見や考えをどんどん言ってくれます。
2010年に母から引き継いで12年になりますが、私自身足りてないところもありますし、経営者一人の判断で進めていくことも難しい時代でもあるので、みんなで経営していくことが私の経営スタイルの一つでもあります。お互いに風通しの良い企業にしてみんなが働く楽しさを感じてもらいたいですね。
「愛の経営」と「全員野球」で、社員と共に成長していく
――「ファイン株式会社」の事業内容と経営理念を教えてください
ファイン株式会社は、1973年に歯ブラシの専業メーカーとして前身会社から独立し、以来、主に歯ブラシの企画・デザイン・設計・製造、卸売業を行っています。東京都品川区にある本社ではデザインの設計などを行い、三重県伊賀市と名張市に自社工場を構えています。伊賀工場では主に植毛加工、名張工場では歯ブラシのハンドルに使うバイオマス樹脂を作っています。
1995年に父が亡くなり、社長となった母とともに会社の経営に携わってきました。2010年に私が正式に社長職を母から引き継ぎましたが、母の代から社風はあまり変わっていません。母の16年の経営の指針であった、「愛の経営」を私も引き継ぎました。
私の30代の心の葛藤から、みんなに幸せになって欲しいと思うようになりました。私自身が自分を愛して満たし、社員たちにも同じように自分を愛してほしい。社員のみんなが幸せなら、お客様や製品、仕事をより愛することができます。ファインを卒業するときは、「幸せなファイン人生だったね」と思ってほしいですね。
私は日々ほこほことした幸せがあるんです。会社も国も家庭も欲を言えばキリがないのですが、どれだけ今自分が恵まれた状態にいるかを、今一度外を見るとよく分かります。平和を毎日噛み締めて、小さなことでも幸せを感じてほしいなと思います。
――社員のみなさんにも一人ひとりにあった環境づくりをされているとお聞きしました。
私は「その方の特性を見極めて能力を活かす」ことにこだわっています。不得意なところは他の人にバトンタッチし、負荷をかけないで活躍してもらいたいと思っています。
歯ブラシを作る工場のラインで入社してきたパートの女性がいるのですが、経歴や人当たり、センスが抜群に良いのです。彼女を製造ラインだけに入れておくのは勿体ないと、事務を経由して現在はデザインアシスタントを始めて貰っています。
また、営業も専門職で募集していないのですが、デザイナーや事務も営業経験者が多く、「全員野球」で誰がどのポジションをやっても良いようにしています。みんなで知恵や意見を出し合って、みんなで成長していきたいですね。
環境にも人にも優しい歯ブラシをこれからも届けたい
――早くから人や環境に優しいものづくりをされていますが、SDGsに参画したきっかけを教えてください。
はっきりとSDGsに参画しようと意識したのは、約4年前。いち早くSDGsの勉強をしていた先輩経営者が、「ファインさんの竹の歯ブラシはSDGsそのものだ」とおっしゃってくださいました。
SDGsはとてもハードルが高いものだと思っていましたが、そこから本格的に勉強し、意識して取り組むようになりました。社内で専門家の方を呼んで勉強会を開くなどして社内全体の意識も高めました。
――「竹の歯ブラシ」以外には具体的にどのようなお取り組みをされていますか。
石油原料を使わない、植物性ナイロンのブラシを世界に先駆けて採用したり、販路によって製品パッケージのヘッダー部分を削るなど簡素化したりと、資材の減量化にも取り組んでいます。
また、高齢者の継続雇用や子育て中の女性の積極的な雇用はもちろんのこと、社内でも電気をグリーンエネルギーに切り替えたり、営業車を廃止したりするなど社内の細かい取り組みも行なっています。
会社の思いもSDGsも根幹にあるのは「誰一人取り残さない」。ベビー用歯ブラシや介護用吸引歯ブラシなどニッチな歯ブラシを多く製造しています。「すべての方に健康を」ということを心がけて商品作りをしています。
――大手企業の目からこぼれてしまうような人々へむけて、さまざまな歯ブラシを作っていますね。
エコ素材の歯ブラシ自体は25年前から作っていますが、「竹の歯ブラシ」は発売以来10年以上、化学物質過敏症の方用に販売してきました。化学物質に対して敏感に反応してしまうため、市販の歯ブラシが使えず、歯医者にも簡単に行けないのに、磨ける歯ブラシがないのです。そのような方たちから、この歯ブラシは続けてほしいと言う声が多く、環境負荷も少ないのでSDGsの広がりとともに問い合わせが急増しています。
また、赤ちゃん向けの「リング歯ブラシ」は、万が一転倒しても怪我をしにくい形状のパイオニアだと自負しています。
吸引歯ブラシの「吸ty(ティー)シリーズ」などもあります。寝たきりの方が口腔ケアをあまりしてもらえず、誤嚥性肺炎で亡くなる方が多い現状があります。この歯ブラシを使うことで介護が軽減でき、口をキレイにすることで建物全体の臭いも少なくなり、ご自身の爽快感や脳に刺激がいくので脳の活性化にも役立つと言われています。
――「ファイン株式会社」の将来展望をお聞かせください。
どうしても生産物には廃棄物が出てしまいます。歯ブラシ構造は3種類の素材で出来ており、仕分けが面倒でリサイクル進んでいないのが現状ですが、廃棄物の削減を進めていきたいですね。作りすぎの無駄をなくし、どうしても出来てしまったものは社内外のリサイクルに回せるようにしていきたいです。
また、ワークライフバランスや女性の活躍の機会は積極的に提供していますが、今後は外国人の高度人材の採用もしたいと考えています。海外に目をむけると視界が広がるので、多様化を目指してグローバルな視野を持って成長していきたいですね。
以前からアジアの途上国の口腔ケアが遅れている問題がありましたが、現地にゴミを処理する施設がない土地に、ゴミとなる歯ブラシを持ち込むことに抵抗がありました。先進国と同じゴミ問題が出てしまうのは元も子もありません。しかし、環境負荷の少ない「竹の歯ブラシ」を活用して、途上国の口腔ケアの支援も行い、根底にある「誰一人取り残さない」思いを形にしていきたいですね。