DX戦記

【第4回】アプリケーション実装の混乱から得た、適切なPDCAとは

Column

新環境ができ、会社最適のDXに必要なプラットフォームが整ったプロパティエージェント。プロジェクトをスタートしてからすでに1年、よりDXを会社活動に発展させていくために実装を進める。

実装を進めるうえでDXチームとの間に溝が生まれていく…。本記事では、アプリケーション実装に伴う混乱とそこで得たポイントを解説していきます。

DX=「完全自動化」という言葉に踊らされてはいけない

DXプロジェクトを活気づけ、DXを全社活動に発展させていくために、定例のミーティングでは、DXチームが現場でヒアリングした課題を踏まえ、解決策となり得るDXの案を提案してもらった。

数ある案件の一つとしてCRMツールのUI向上と現場の負担軽減のためにある部分にRPAを導入してはどうか、という案がDXチームから上がってきた。「RPA導入によって作業時間を50時間短縮可能」など、導入効果としてどれくらいの作業時間、コスト、工数が削減できるかの見積もりが、現場でのヒアリングに基づいて記載されていた。

RPAの導入は、承認から2カ月で実現した。RPAによって入力作業の総数は減ったが期待したような工数削減にはならなく、エラーが出ることにストレスを感じた社員は従来のように自分でエクセルに入力するようになり、やがて使われなくなっていった。

DXに取り組み始めたばかりの会社はデータがきれいにそろっていないことが多い。そのような場合は機能を充実させて業務の完全自動化を狙うよりも、ある程度までは人の手を使うことを前提として、その作業を手伝う機能を開発するほうが効果が大きくなるケースもある。

つい完全自動化を目指してしまうが、完全自動化という言葉に踊らされてはいけない。完全自動化ができる場合もあるが、人が主体となって業務を担いつつ、アプリケーションなどによって部分的に業務をサポートすることもDXのアプローチの一つだ。重要なのは機能を高めることによって得られる効果を最大限にすることだ。

DXチームの“ヒアリング”の課題とゴーサインの判断

その後もいくつかの機能を実装したが、なかなか効果を生まないケースが多々あった。提案資料に書かれた定量的な効果は実装後にはほとんど無視され、提案を通すための宣伝文句程度の意味しかもっていないのが現実だった。実装済みのアプリケーションについては特に振り返りは行われず、毎週の定例ミーティングではDXチームから次の実装に向けた新たな計画が着々と出来上がり、予算が積み重なった。

効果が出ない原因はなんなのか。もしかしたら現場のヒアリングに問題があるのかもしれない。僕は直感的にそう思った。広く要望を聞くのはよいのだが、実現が難しい要望や効果が薄いアイデアも増える。

そこで、彼らには現場の実態に即した形で、現場業務の基本的なことを学んでもらいたいと伝えた。現場を学び、物差しを合わせるしかない。それが結果としてヒアリング力を高めることにつながり、DX効果の真実に近づき、優先順位も見えやすくなるのだ。

DXチームが現場とのやり取りで課題を抱えている一方、僕も課題を抱えていた。それは、DXチームからの提案を的確に判断するという課題だった。試行錯誤のステージだとしても、できるだけ無駄は省きたい。そう考えた僕は DXチームが提案する案の導入と承認の判断を厳しくすることにした。

顧客情報のデータ化が残業の原因に?

どうにかしてこの状況を抜け出さないといけない。そう考えて、僕は即効性がある取り組みとして、貸管理部門のキャビネットに詰め込まれている顧客情報や契約書などの書類をデータ化する仕事の優先度を上げてDXチームに頼むことにした。

書類が増え続けていることで高さ2メートル以上ある100基を超えるキャビネットは7基にまで減らすことができた。しかしキャビネットを減らしてから3カ月ほど経った頃、僕は賃貸管理部門の社員が夜遅くまで残業しているのを目にした。

顧客情報のデータ化が残業の原因になったという。既存の顧客情報はデータ化したが、賃貸物件は入居者が2年ごとに更新するか入れ替わる。そのため賃貸管理部門が扱う顧客情報もアップデートしていかなければならない。従来は契約書を作成し、それをキャビネットに保存しておけばよかった。更新か解約の時期が来たら、その都度キャビネットを開け、顧客情報の書類を見れば手続きができた。

データ化したことに よってその状況がさらに複雑になった。更新または解約する顧客情報はデータベースから 呼び出すのだが、そのデータに抜けがあったり入力ミスがあったりする。つまり、データ化のプロセスに問題があった。データとしての精度が低いため、そういった部分を確認したり修正したりする手間が増え、負担が増えたというわけだった。

「手段の目的化」、これは我々の業界だけでなくDXに挑戦する中小・中堅企業がいちばん多くハマってしまう落とし穴ではないだろうか。オペレーショナルエクセレンスを実現するという目的が、いつの間にか電子化を推進するという目的に変わっていたのだ。

導入判断の3つのポイントとPDCAの「CA」の重要性

コストは積み上がっていくが総じて効果に満足感がない。DXチームとの関係性も、お互いを信じていないわけではないが不満が溜まっていく。そうこうしているうちに時間は無残にも過ぎていく。どうにかしてこの状況を打破するため、僕は現状をあらためて整理することにした。

考えた結果、2つのことが足りないことが分かった。1つ目は、導入を判断する軸がない。厳密にはまったくないわけではないが揺らいでいる。僕、DXチーム、現場の社員が共有し、DXプロジェクトの意義と目的を明確に理解するための判断軸が必要だ。ここでは「生産性が上がる」という思考停止ワードが落とし穴になり、定量的な評価をあいまいにする。

2つ目は、導入したツールやアプリケーシなどについてDXの効果を振り返るプロセスだ。ヒアリングと導入判断という点では、PDCAにおけるP(計画)とD(実行)も不十分だったが、それよりもC(評価)とA(改善)が弱い。そのため、効果につながらないアプリケーションの実装を繰り返してしまう。導入、実装したアプリケーションが改善されず効果が出ないまま放置されてしまう。まずは軸を決める。P(計画)とD(実行)の時点で効果が見込めそうな提案に絞り込めれば、効果が出ないアプリケーションの導入は減らせる。

そこで決めたのが、導入判断の3つのポイントだった。

コスト工数削減が目的なら1つ目は、工数が定量的にどれだけ削減できるか、2つ目は業務に掛かるコストをどれくらい減らせるか、これらは当然であるが3つ目は経営レイヤーにおけるKPIにどれだけ影響を与えることができるかだ。

3つのポイントで見た効果がどれくらいかを見て提案の優先順位を付け、実行するかどうかを判断することとし、この軸をDXチームと共通の物差しにした。この軸をもつことでツールを導入するかどうか判断しやすくなり、失敗も防ぎやすくなる。結果的に全体像であるロードマップのブラッシュアップもうまくなった。

僕たち不足しているものの2つ目は、PDCAのCとAを徹底することだ。つまり「とりあえずやってみる」の段階から、「やってみてどうだったか」を検証する段階に進む。この壁を乗り越えられるかどうかがDXの成功に大きく影響する。

PDCAで終わらずに、PDCAから、さらにCAを行ってみる。そのことをDXチームに伝えて、僕はPDCAのCとAに重点をおいたDXを心掛け、CAのみを追求する仕組みをつくり上げ、実装することとした。CA、いわゆる「ステータスと流れ」を担当する人を配置し、現場の事実を拾ったり、CRMツールの利用状況についても見てもらい、1次効果、2次効果の評価をする前に運用状況の評価をする役割を担ってもらった。

ちょっとした違和感をきちんと拾い、細かなアップデー トを繰り返しながらUI、UXを高める。それらの積み重ねによって、システムは進化していくし、進化させ続けなければならないのだ。これにより現場の社員とDXチームのDXリテラシーが上がる。

DXによる効果を実現するには、全社員がDX担当に近い意識をもち、全社員のDXリテラシーが高まる「全社DX」が重要だ。DXリテラシーを高める方法としてはやはりCAの強化によって、想定された効果がなぜ出なかったのか、なぜ出たのかといったナレッジが社員に積まれていくのがいちばん早い。

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