DX戦記

【第2回】動き始めた社内DX 「完璧なロードマップ」と言う幻影

Column

社内業務のデジタル化を決意した中西氏は、2018年の年の瀬に幹部候補に構想を伝える。まず社内業務をデジタル化していくためのロードマップを描く必要性があると考え早速着手する。

本記事では、ロードマップ作成にあたっての落としを解説していきます。

完璧なロードマップを作ることが落とし穴のひとつ

社内業務をデジタル化していくためのロードマップを描く必要がある。

ロードマップは目標や効果を示すもので、どの書類をデータ化するか、どの業務を効率化するかといった道筋を整理することでプロジェクトの方向とゴールが明らかになる。

ロードマップを描くためには、現場の社員の要求や要件を踏まえる必要がある。彼らへのヒアリングを通じて要件の整理ができれば、例えば、新築物件の販売部門と賃貸管理部門の顧客データを統合する、経理や総務のシステムと連携させる、といったプロジェクトの具体的な取り組みも計画できるようになる。そのために最適なツールや方法も選べるようになり、より詳細な計画を踏まえながら実装に向かって進んでいける。

当時の僕は明確で詳細なロードマップが必要だと思い込んでいた。どの部門の、どんな業務を、どんなふうにデジタル化するか細かく決めることが重要なのだと思い、詳細な計画を作ってから具体的な取り組みに移すことが絶対条件だと思ってしまったのだ。

それが落とし穴の正体だった。僕はロードマップの精度にこだわり過ぎてしまった。結果として計画の作成に時間が掛かり、なかなか実行に移せない足踏み状態に陥り、社内業務のデジタル化を大幅に遅らせることになるのだ。

中途半端に使われていたCRMツール

マーケティング部門でウェブマーケティングを担当している社員、総務の情報システムを担当している新人と、僕をプロジェクトリーダーとする3人のチームができた。

メンバーに向けて、僕はまず社内業務のデジタル化の目的と期待できる効果を伝えた。ロードマップ作成のために顧客情報の二重入力がどれくらいあるか、入力のやり直しや書類の間違い探しのような業務が多いのはどの部門か、といった現状を調べて もらうよう頼んだ。

彼らから報告を受けたのはそれから1週間後のことだ。そこで僕は衝撃の事実を知る。衝撃というよりも笑撃といったほうが良いかもしれない。

多重入力の実態は二重どころではなく、同じデータを複数の部門で合計8回入力していたのだった。

根本的な原因は何か。メンバーによれば、データベースがあれば入力を簡素化できるが、各部門が使っているソフトが違うため互換性がないという。そこをつながない限り、紙で出力して書類を見ながら再入力するという手順は減らせない。

また、部門内でもデータの入力方法が違っている。例えば、賃貸部門は入居者に対して2年ごとの更新確認を行う。賃貸契約を解約するか更新するかを聞いて、顧客情報を最新の情報にする。

この業務は顧客情報をデータ化しておくことにより、いちいち書類を取るためにキャビ

ネットを開け、書類を探し出す手間と時間が省ける。販売部門や賃貸部門の営業担当者が同じCRMツールに顧客情報を入力すれば、少なくとも部内での情報共有はやりやすくなり、部門をまたぐ連携もできるようになる。そのためのCRMツールもすでに導入済みだ。

しかし、社員のなかには「原本を確認したい」「紙のほうが慣れている」と感じる人が いて、彼らはCRMツールを使っていない。CRMツールに入力している人がいれば自分のPCのエクセルに入力している人もいるため、データが共有できないというわけだった。

CRMツールを導入したのは2016年のことだが導入から2年間にわたって顧客の基本情報を入力しておく「見込み帳」のようなものとしてしか使われていなかったというわけだった。

現場から出るアイディアの奥に潜める問題点とは

現場にはほかにもデジタル化の障害となり得る理由や事情があると思った。その詳細を把握するために、僕はデジタル化チームの規模を大きくすることにした。

7つある各部門でITに詳しそうな人やその分野に関心がある社員を選び出してもらい、CRMツール活用の課題をヒアリング、週1回の定例ミーティングでその内容を共有し、もともとのメンバー2人に現場から上がってきた意見を取りまとめてもらう。

現場の要望を組み合わせれば無駄な業務が減り働き方の変革につながる。現場の声を深く聞くほど詳細なロードマップができる。僕はそう考えて、メンバー2人にツールの候補、予算、ガントチャートの作成などを頼んだ。それができることによって社内業務をデジタル化していく流れが可視化でき、変革後の会社の未来もよりリアルに見えてくるのではないかと思った。

しかし、ミーティングを始めてから3カ月ほど経った頃、現場でヒアリングしミーティングにもち寄る要求や課題も、内容的に乏しいものが多くなっていった。これもよく考えれば当然だった。各部門から選出した社員はITに詳しい人たちとはいっても日々の業務ではエクセルを使う程度の人たちだ。効率化の成功体験もなく、DXリテラシーは高くない。

もう一つ問題だったのは、社内業務のデジタル化の目的が共有できていないことだった。 各部門のメンバーは「どうすれば業務がラクになりますか?」「ペーパー レス化できますか?」と急に聞かれ、ただ質問に応じるようにしてアイデアを出す。結果、「これは紙じゃなくてもいい」「この作業は外注でいい」といった的を外れた要求や、ラク視点の要求が中心になってしまう。

こうしてロードマップはますますまとまらなくなった。ミーティングではやりたいことやできそうなことが幅広く集まり、絞らなければならない選択肢がむやみに広がることになったのだ。

そのことに気がついて、僕はいったんこの定例ミーティングを終了し、僕と当初のメンバー 2人の体制に戻すことにした。プロジェクトチームが3人体制に戻り、社内業務のデジタル化のプロジェクトも振り出しに戻った。

この経験から分かったのは、ロードマップ作りそのものはたいして重要ではなく、粒度が荒い状態でも、まずは作ってしまうことが重要だということだ。この優先順位を間違えたことを自覚し、僕は再びデジタル化の目的に立ち返ることになったのだ。

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