命をつないだその先に 医療的ケア児の「生きる」を支える“第三の居場所”

書籍内容
医療だけではない「暮らしの場」を――
重い障害があっても、子どもらしく暮らせる場所をつくりたい。
重症心身障害児の治療に携わってきた小児科医が伝える
医療的ケア児と家族の現実、そして命を支える医療のあり方とは
医療技術の進歩によって、かつては救うことが難しかった命を救えるようになってきました。しかし、命が助かったからといって、すべての問題が解決するわけではありません。重い障害があり、退院後も人工呼吸器の管理やたんの吸引、経管栄養などを必要とする子どもたちが増えています。
こうした子どもたちは「医療的ケア児」とよばれ、体調や安全面への配慮から、学校生活や外出などに制約を受けることがあります。また、退院後は家族が医療的ケアの多くを担うことになり、昼夜を問わず子どもの命を守り続けなければなりません。しかし、安心して子どもを預けられる施設は十分ではなく、家族が大きな負担を抱えているのが現状です。
著者は、埼玉県立小児医療センターで長年にわたり、重い障害がある子どもたちの治療に携わってきた小児科医です。医療の進歩によって救われる命が増える一方、退院後の生活を支える環境が整わず、心身ともに疲弊していく家族の姿を目の当たりにしてきました。こうした子どもと家族を支えるために設立したのが、医療型障害児入所施設「カリヨンの杜」です。
「カリヨンの杜」が目指すのは、医療的ケアを受けながら、子どもたちがその子らしく過ごせる「暮らしの場」です。必要な医療体制を確保しながら、季節の行事や学校教育、人との交流など、子どもたちがさまざまな経験を重ね、成長できる環境を整えています。また、短期入所や日中預かりを通じて、家族の生活を支える役割も担っています。
本書では、医療的ケア児とその家族が直面する現実を明らかにするとともに、カリヨンの杜の設立に至る経緯や、医療と日常生活を両立させるための取り組みを紹介します。さらに、医療的ケア児の受け皿不足や支援制度の課題を取り上げ、子どもと家族が安心して暮らせる社会を実現するために何が必要なのかを考えます。
救われた命を、その先の暮らしまで支えていくために。
医療と福祉の現場から、子どもと家族を支える社会のあり方を問いかける一冊です。
目次
はじめに
[ 第1章 ]
命が救われた先で――
増える医療的ケア児と、足りない社会の受け皿
Aちゃんが残してくれた「生きた証(あか)し」
医療の進歩が生んだ新たな課題
命が助かったあとに待ち受ける現実
病院を出たあとの居場所がない
カリヨンの杜はなぜ生まれたのか
[ 第2章 ]
ケアという名の孤独
重い障害がある子どもと家族の現実
家庭だけで支えるには限界がある
命を守るという終わりのない責任
「預かってください」と言えない家族
なぜ受け入れ施設は増えないのか
苦労だけでは語れない家族の歩み
親が笑顔でいることの大切さ
[ 第3章 ]
病院でも家庭でもない場所へ
医療型障害児入所施設「カリヨンの杜」が生まれるまで
カリヨンの杜が誕生した
子どもたちの居場所を守るために
「カリヨンの杜」という名称に込められた思い
コロナ禍で問われた私たちの役割
[ 第4章 ]
子どもが子どもらしくいられる場所
医療的ケアと日常生活を両立させる施設のかたち
医療とともにある子どもたちの日常
入浴も大切な暮らしの時間
子どもたちの可能性を引き出すリハビリ
日常を彩る季節の行事
生活を彩るピザ窯やハーブガーデン
笑顔が集まる「カリヨン祭り」
来年があるとは限らないから、今を大切にする
病院から暮らしの場へ
子どもたちから教えられたこと
ベッドサイドで広がる学びの世界
教師との関わりで脈拍が変化
子どもの成長を支えるチームワーク
離れていても、ともに学び、ともに参加する
見落とされがちな学校現場の負担
子どもたちのために、知恵と工夫を重ねる
[ 第5章 ]
医療の先に、生活がある
子どもたちと家族が笑い、泣き、生きた日々の記録
一人ひとりの家族に、それぞれの物語がある
医療的ケアがあっても、行きたい場所へ
悩みながら、自分たちらしい答えを選ぶ
母親たちの経験は社会の財産
安心して任せられる場所があったから
「笑って生きよう」という決意
それでも、この子らしい人生を諦めない
[ 第6章 ]
第三の居場所から、社会を変えていく
重症心身障害児医療のこれから
誰もが当事者になり得るのだから
小児医療と成人医療のはざまで
卒業後に待ち受ける「制度の空白」
法改正が開いた新たな一歩
「この地域にあってよかった」と思われる施設へ
「親亡きあと」を家族だけの問題にしないために
おわりに




