「人生百年時代、
どうせなら挑戦の多い毎日を」
どうせなら挑戦の多い毎日を」
父の育った地に夢を抱き、
太平洋を渡ることを決意。
名門大学の博士号を取ると、
教員・研究者として貢献した。
結婚・育児・民間企業への転身など、
型にはまらない多様な経験を通して得た
人々とのつながりや
輝かしい記憶を振り返る。
そして、再び拠点を移した日本で描く
これからの未来予想図とは…
米国への往復きっぷ
人生計画の展開
著:大橋 慶一
発売:2023年8月17日
仕様:新書198ページ
ISBN:978-4344945876
「米国への往復きっぷ」
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目次
第一章
四十期と孔子の「論語」
第二章
人生の変わり目
第三章
病気との付き合い方
第四章
家庭作り
第五章
恩師
第六章
昔の友達との再会
第七章
ところ変われば
第八章
縁を紡ぐ
書籍刊行に当たって
- ── 『米国への往復切符 人生計画の展開』刊行のきっかけを教えてください
-
大橋
私は、大学助教授から企業に転職した40歳を境に、だいたい10年毎に人生のテーマを設定してきました。40代は「コンピュータを実際の活動へ応用」をテーマにし、石油会社で探査の超音波画像の解析を行い、50代は「新商品の開発」をテーマにベンチャー企業で画像処理システムを開発しました。
60代は「引退して、新しい趣味を見つける」をテーマに日本帰国後、篆刻、絵画、ダンスを始め、70代は「コミュニティーのまちづくり」をテーマに地域図書館、議会へ働きかけを行いました。
そして80代は「終活準備」。経験や考えを文字の形に残しておくことをテーマにし、今回書籍刊行に至りました。 - ── 執筆での気づきやよかったこと、大変だったことなどを教えてください
-
大橋
大きく分けて、2つありますね。
ひとつは「日本語書き言葉の問題」です。私は学校を卒業して以降、日本で働いたことがなかったので、正式な書き言葉の習慣を忘れていました。語順、句読点、論理の展開など基本的なことで苦労しましたね。それに、縦書きの日本語の文章で、数字やローマ字の扱いなどにも迷いました。
もう一つは、論理を自然に展開していくことの難しさで、くどくど繰り返して飽きさせないとともに、話を進めるテンポを保っていくことの大切さにも気づきました。書くことによって問題に対する理解がより深まっていくという自覚に満足することがよくありました。 - ── ご著書に込めた思いをお聞かせください
-
大橋
単なる思い出話に自己満足するのではなく、自分とは年齢も環境も違っている方々に、私が生きてきた道の話を聞いてもらいたいですね。特にその変わり目である「ターニングポイント」について考えてもらいたいという強い気持ちがあります。
また、人生は自分だけで開いていくのではなく、人脈を大切にすることで、いろいろな助けを受けることができます。指導者、先輩、同僚、親族など仲間づくりが大切だということも強調したいですね。 - ──ご著書をどのような方に読んで頂きたいですか
-
大橋
年齢的には2つのグループがあって、ひとつは、これから自分の進んでいく道を探している20代前後の若者。もうひとつは、すでに働き出しているが、変わろうかどうか迷うことも出てきた30代〜40代くらいの方ですね。
日本にとどまる事なく外国に飛び出していくことに関心のある方にもぜひ読んで頂きたいです。 - ──大橋様の今後の展望をお聞かせください
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大橋
私個人の話ではなく、生活している地域、自治体、国などのことで特に生きていくのに手応えのある環境をどうしたら作れるのかを考えたいですね。
次の執筆の課題は、「地域の民主主義」です。次作もお楽しみに。
大橋慶一の年表
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1941 年(0 歳)
誕生
1941年、信濃町慶應病院で誕生。病院では、私の名前、慶一を喜んでくれたそうだが、実は、病院名ではなく、父親の名 慶夫(よしお)から。したがって、私の名はケイイチではなく、ヨシカズと読む。
生まれてまもなく父ビルマ(ミャンマー)で戦死。以後、杉並の⺟の実家で育つ。父のことは全く知らないのでなおさら、憧れに似た気持ちを持ち続けていた。父はロスアンゼルスで育った。学生期を通じて、父の育った国である米国へ留学することが私の目標であった。 -
1954 年(13 歳)
筑波大学付属
駒場中学・
高等学校へ進学6年間、男ばかりの環境で私の女性観が育つ。人生は公私ともに順調。
ところが、⼤学⼊試は、2年浪⼈。外交官を⽬指し、法学部、物を作るのもいいなと、⼯学部、そして、やはり理論だと、理学部と⽬標転々とする。
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1962 年(20 歳)
東京大学
理科2類へ進学
2年後、理学部地学科へ進学し地学科鉱物教室でX結晶学・鉱物学を専攻して学士号を、そしてさらに2年後、修士号を取得。
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1968 年(26 歳)
ハーバード大学
文理学部へ留学
(日本から米国へ)1968年の3月に東大で修士号を取ってすぐ、4月に渡米。ロスアンゼルスの英語学校に行き、夏にケンブリッジに移動。
9月からハーバード大学大学院のバーナム先生の結晶学研究室で実験を始めた。
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1970 年(28 歳)
結婚
母親同士が親しく、小学校の同級生の妹であった妻となる女性と2年間の頻繁な手紙交換の後、妻は東京から、私はボストンから、ロスアンゼルスで合流して結婚。
大学の夫婦寮で新婚生活開始。
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1972 年(30 歳)
カーネギー
地球物理学
研究所へ1博士課程修了。ポストドクターとしてカーネギー地球物理学研究所へ。
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1973 年(31 歳)
第一子誕生
長男:晶(アキ) -
1974 年(32 歳)
痛風と診断される
ある時、足の付け根が腫れて熱を持つように。数年後もまた足の拇指が腫れたので大学病院にいったところ痛風と診断される。
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1975 年(33 歳)
第二子誕生
次男:幾(イク) -
1977 年(35 歳)
第三子誕生
長女:雪(ユキ)
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1977 年(36 歳)
ペンシルバニア大学
理学部・助教授にペンシルバニア大学理学部地質学科へ。以後、助教授で8年間、研究や教育に専念。
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1980 年(40 歳)
米国籍取得
研究費申請の主任には、米国籍が条件になることがあるため米国籍取得。
ところが、思いもかけず、不惑(40 歳)近くになって、価値観・人生観の大きな変化があり転職を決断。 -
大学から
企業へ転職
大学で教えるようになって7年ほど。結晶構造解析はだんだん自動化され、研究者の能力に寄らなくなるのではと懸念し、石油会社の中央研究所に転職。フィラデルフィアからダラスへ、2300km の引っ越し。
⽯油探査画像表⽰システムを開発。特許取得。他社にライセンス。 -
1992 年(52 歳)
大企業から
ベンチャーへ
転職
世のリストラブームで失職し、ベンチャー企業へ転職。ダラスからボストンへ、 2800km の引っ越し。
半導体素子製造装置のための画像処理ソフトの開発チームが楽しく、日本の支社や大口顧客訪問で日本出張もあった。
勤務時間に決まりはなく、近くのテキサス州立大学ダラス分校の大学院の夜学コースでオペレーションズ・リサーチや線形計画法などを学んだ。 -
1993 年(52 歳)
不整脈・心房細動と
診断される50歳をすぎてから、会社の定期検診で血圧が少し高く、ある時血圧は普通の値だが脈拍が異常に低く出たのでかかりつけ医で心電図検査をしてもらう。心臓の専門医に診てもらい不整脈と診断。
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1997 年(56 歳)
社内異動で
技術部から
マーケティング部へ
6年ほど、技術部門でソフトウエアの開発に携わる。関心が新製品や販売企画・大口顧客開発に移りマーケティング部に異動。 その後引退するまでの6年ほど マーケティングマネージャとして、新製品企画・顧客との共同開発・営業部員のトレーニングなど充実した時間を過ごす。社⻑賞5回、特許3つ。ストックオプション享受。
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2003 年(62 歳)
早期退職で帰国
(米国から日本へ)
36 年ぶりに、⽇本帰国。生まれ育った東京都杉並区永福町の家に住み始める。静かな⽼後を故国で過ごすことに。
困ったことに、⽇本政府は、私の⽇本国籍を認めず。⽇本滞在も、外国⼈登録をして、⽇本国籍の妻の配偶者としての資格で。 -
2010 年(69 歳)
多摩ニュータウン
豊ヶ丘に
マンション購入杉並の⾃宅を売却して、多摩市にマンションを購⼊、転居。
老後に向けて、⽣活の簡素化、着々。 -
睡眠時無呼吸症と
診断される1時間のうち15分くらい呼吸をしていない時間があり、睡眠時無呼吸症と診断される。
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2011 年(70 歳)
結腸癌
ステージⅢa
発覚定期検診の便潜血検査が陽性に。手術のできる大きな病院で精密検査をした結果、ステージIIIaの大腸癌が発覚し腹腔鏡⼿術で切除。術後5年、再発も転移もなく、結腸癌、⼀応完治宣⾔。
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2012 年(71 歳)
日本に帰化
日本に帰化し新戸籍作成。再び日本⼈として、国政・地⽅選挙投票もできる。もう、何をしても、強制送還される⼼配はない。
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2017 年(76 歳)
大量に下血する
突然⼤量に下⾎。急速な⾎圧低下・激しい動悸・失⾎状態で、真夜中に緊急⼊院。抗凝固剤(⾎液サラサラ薬)の副作⽤の疑い。
輸⾎、点滴のおかげで、生き返る。しばらく⼊院。 -
2020 年(79 歳)
心房細動になる
⼼房細動が3⽇間続く。点滴薬で回復。もう⼀つ服⽤薬が増える。
その後、体調は回復しつつある。体の方もだが、精神的充実を⽬指す。 -
2023 年(82 歳)
初の書籍出版
人生論について、
『米国への往復きっぷ 人生計画の発展』(幻冬舎)を出版。 -
2024 年(83 歳)
二冊目の書籍
出版人生論について二冊の新書
『親子四代 太平洋を渡って』(幻冬舎)を出版。
動画でご紹介
2作目はこちら
親子四代 太平洋を渡って
著:大橋 慶一
発売:2024年4月4日
仕様:新書207ページ
ISBN:978-4344690813
「親子四代太平洋を渡って」
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目次
第一章
私と長男のこと
第二章
会ったことのなかった人たちの存在感
第三章
私を育ててくれた母方の親族
第四章
コンピュータと私
第五章
新しい仕組みで新しいビジネス
第六章
米国の大学と研究所
第七章
企業・研究所の栄枯盛衰も世の習い
第八章
人生計画と産業革命
第九章
私に残された時間
付 録
「二つの文化の間で」




