• 『吸血キィー Queen』

  • 猪花 隼人
    ファンタジー

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    吸血鬼の血、Q型血液を輸血された吸血キィーは血がきれると狂暴化する。 凶悪吸血キィーをハントするクイーンだが、連れ子を吸血鬼ジョーカーにさらわれ。 吸血キィーハンターたちがジョーカーへ挑むため暗躍しだす。

第1話 撃っちゃうんだから。

 見ること、聞くこと、触ること、嗅ぐこと、味わうこと、呼吸すること。
 それぞれが、一番えらいのは誰かと喧嘩になったそうな。
 そこで、それぞれがその活動を順番に止めて、誰が一番えらいか決めることに。
 それぞれがその活動を止めると、皆それぞれがそれなりに困った。
 ところが、呼吸することが止まる番になった時、皆が一斉に「やめてくれ!」と叫んだそうな。
 
 『気管撃ち』を可能にしているのは、1ミリの狂いもない着弾と、気管で止まるよう開発されたチタン製の弾丸。 
 ただし、弾丸が軽量化されちゃったぶん、風の影響を受けやすいの。
 それで煙玉というわけ。ピンクの煙玉発射!
 筋条のピンクの煙が、上昇気流にあおられ、えぐい放物線を描いて銀行のおトイレに。
 なんとも不自然な風。都市部に多いんだな。
 
 気流の激しい要注意地点とギャップ調整して、ライフルをやや上向きにかまえる。
 地下室の射撃場に引きこもり。動かない標的をひたすら撃ちまくり。
 だなんて根暗トレーニングやだし。

 だれもいないきれいなビーチ、晴れわたった空へ向かって「パン!」
 銃を撃つ。そして着弾地点に落ちた弾丸を探して歩きまわる。
 さびしいー。
 これら根暗作業を、角度を変え、方向を変え、ひたすら繰り返しまくり。
 そのうち一歩の誤差もなく着弾地点まで辿り着けるようになったら、もうその銃はわたしの一部になっちゃいます。
 銃を体の一部にしないと、弾道誤差を打ち消す離れ業なんてムリムリ。
 
 けれど、わたしにはまだその先が。
 体の一部になった銃を観念に近づけ、両手の内から消してしまう。弾丸ではなく、観念を飛ばすイメージ。
 銃は、エレベーターのスイッチを押すために作られたものじゃない。当たり前じゃ!
 でも、けっこう、その当たり前がわかってない方多いのよね。

 命を握り潰すトリガーを。憎悪のこもった撃鉄が容赦なく打つ雷管を。
 爆発した憎悪の塊が肉を抉ってゆく製作者のイマジネーションを。
 わたしは、そこまで下りてゆく。
これは、憎悪を飛ばす道具。
 そしてすべて見えている。
 今わたしと吸血キィーの心理的距離はゼロに近い。
 
 宮元武蔵が描いた枯木鳴鵙図。枯れ木の頂にとまる一羽の鳥。その幹を一匹の虫が樹液にありつこうと懸命にはい上がっている。
 バーゲンセールにむらがるわたしみたい!
 鳥は虫を見るでもなく、全てを静寂の中から俯瞰している。
 虫がいつ自分に食われて命尽きるかを知りながら。静かに頂へとまっている。

 その時、3cm開いた窓を人影が埋めた。
 トリガーを引かんとするわたしの指は、1ミリも動かない。そうじゃないことを指は知っている。
 疑り深い吸血キィーが、最初に人質の女性を差し向けて、様子を窺っているだけだと。
 
 吸血キィーは人質の女性に銃を向けながら、トイレ内を調べている。
 ここで気づかれたら、吸血キィーはとっさに身を沈めるだろう。そうなれば気管撃ちは、おじゃーん。
 それでもまだ、わたしの指は動かない。
 吸血キィーは素早くチャックを下ろし、最初痛みにも似た表情をして放尿を開始。そのうち、恍惚とした眼差しへ。
 うんうん、わかるわかる。忙しすぎてトイレ行く時間もないのよねえ。今のわたしみたいに。

 ハっとして開いた窓に気がついた吸血キィー。
 電光石火のごとく伏せた、つもりでしょう。
 すでにわたしの指はトリガーを引いている。それは自分でも認識できないスピード。
 吸血キィーは苦しそうに胸を押さえると、便器に向かって前のめりに倒れこんでいった。
 麻酔銃だと吸血キィーの場合、効いてくるまでひと暴れが。
 けど、呼吸路を一瞬にして断たれたら立っていられない。
 これ、首切断以外に吸血キィーの意識を奪って確保する唯一の方法なのです。
 わたしは、そのためにカンパニーから訓練を受けた吸血キィーハンター。

「16時51分、吸血キィー一体捕獲成功」
 だいじょうぶ! 死なないんで。わたしの仕事はここまで。
 あとは救護班が吸血キィーの気管切開をして気道を確保すれば、すぐ蘇生します。
 犯人は脱水症状のため意識不明にとか。長時間の極度の緊張により失神とか。
 適当に警察からマスコミへ発表される。
 警察にさえ、犯人の正体が吸血キィーだと知らされていない。その後、吸血キィーは、サンプルとしてカンパニーの施設へ。

 わたしは、ライフルと一体になった体をもぎ取るようにして立ち上がる。
 あれれ?
 地面が粘土みたいにぐんにゃり。平衡を保てない。
 こんな時、女子なんだから、たくましい上腕筋にありつけるのに!
 わたしは、だれの支えもえられず。
 なんか、最近つかれちゃった。
 心身がひどい消耗の仕方をしている。こんなことって今までなかったし。
 心配した警官が二人して駆けつけ、わたしを両脇から抱え起こしてくれる。兵士のように。
 ちがうぞ! レディレディ、アイムレディ!

 トリガーを引いた右手が小刻みに震えてる。済んだからよかったものの。
 震えがトリガーを引く前に、始まっていたら。ゾッとする。
 あの吸血キィー、田舎の母ちゃんに仕送りでもしていそうな、つぶらな瞳をしていた。
 なぜ、こんなことに? 
 それは、吸血キィー不適合者として、Q型血液の輸血を止められたから。
 恐い人たちに追いつめられ、リスみたいにあんな所へ迷い込んでしまったのね。
 何かが、間違っている。
 一人の犠牲者を出すことなく、いち早く終わらせてあげたのが、吸血キィーの救いだったと考えて、自分をなでなで。

「ほんと、だいじょぶなんで! はなしてください!」
 むちゃくちゃ汗ばんだ体。すっぱい匂い嗅がれたくなーい。
 警官は、おそれおののいて、わたしから離れる。
 え! んな急に。
 倒れちゃったら、どうすんのよ。
 これから、学童保育にわたしのティラミス、お迎えいかなきゃならいのに。  
 ああ、まだ買い物が。ごはんの支度、まにあうかな?
 その時、わたしの首に巻きついた銀の首輪から情報が。
 
 わたしがお迎え行くはずのティラミスが、かってに学童保育から遠ざかってゆく。   
 乗り物のスピードで。
「だれよ? ぶっ殺す!」
 怒り狂って、沙漠の屋上からブルースカイにダイブした。

第2話 ぶっころしちゃうんだから。

 バンジージャンプの先に広がるのは川。じゃなくて、硬いアスファルトの運河。
 重力が地球の中心にわたしを引っ張る。
 アスファルトへ叩きつけられて、車にひかれたカエルみたいにグチャリ!
 の直前で、屋上の柵にひっかけたフックが効いて上体が上向く。
 そのまんま壁へ叩きつけられ、ビルをキック! 
 リュックに仕かけたロープを解徐して、ナギナタ(マイバイク)のシートへ。
 エンジン始動、全開フルスロットル。一般道を、ハリウッド映画か!っつう視線感じて大暴走していった。
 銀の首輪が、フルフェイスへ目的までの最短ナビゲーションを展開する。従うより仕方ない。マイ衛星から、通信がくるシステムになっているの。この銀の首輪に。
 
 システムに従い、容赦なく道路を逆走。色とりどりの車がぴゅんぴゅんかすめ飛んでゆくのは、戦場の流れ弾みたい。
 タイムワープのトンネルくぐったように、あっという間、高速インターへ。
 遮断機をナギナタでぶち破って、トップスピードで合流車線へおどりでる。
「轢いたって、かまうもんか!」
 弾丸加速する世界が点に狭まる。
 その一点、わたしのティラミス目指してさらに加速してゆく。
 わたしのすべて、この世界そのもの。
 スピードが限界マックスに到達すると、前方の幻ティラミスに自身がとけこんでゆく。
 
 ひとりぼっちの猛スピードに、黒いなにかが並走してくる。
 影? 死神だろうと、わき見なんかするもんか!
 ティラミス! まっててね。
 すぐ、いくから!
 それで、ぶっ殺してやるから!

「落ち着け、クイーン」
 わきを並走してくる黒い影から声が。
「うるせえー!」
 絶叫すら、零れ落ちるハイスピード。
「わたしは敵ではない。サポートだ。その証拠にシステムをとおして、君に話しかけている」
 わたしが、わき見するとき、それは。
「パン!」
 警官から撥ねた拳銃を、邪魔めがけて発砲。
 黒い影は、すでに消えていて、わたしのはるか前方を走っている。

 はいはい。マッハだせるヤツね。弾丸も追いつかない。
 圧倒的な力量差を見せつけ、戦意喪失。それから、お近づき。降伏促進。
 定石どおり、黒い影は速度を緩め、ナギナタへ近づいてくる。
 スロットルを半分も開いていないのに、ナギナタのはるか先を走らせている。こんな相手はじめて。
「クイーン、もう一度だけ言う。落ち着け」
 弾丸の届かないエリアから降伏をうながされて。
「まいりましたー」
 拳銃を後ろにポイ! 
 そして、ふたたび 並走してくる黒い影。

「この状況にたいして、説明がしたい」
「ええ!? なになに、高速道路で告白? ヤダー、わたし、角刈りアゴ真ん中割れ、ゴリマッチョむりなんですけどー」
 警官は二人いたのよ。
「もう一丁! パン!」
 角刈りゴリマッチョに、こんどは命中。弾丸を、脇腹食らって後退してゆく。
 どうせ、防弾チョッキでしょ?
 読んだ通り、しつっこいストーカー行為で追い上げてくる。
「こっちが前、とったんだよ!」
 煙玉放り投げてクレーン射撃。
 ピンクの煙を浴びて、さすがの角刈りゴリマッチョもバランス崩す。
 ナギナタの上にポン! 
 シートに立ち上がって、角刈りゴリマッチョのバイクへダイブ。
 後部シートから、その角刈りを首十字固め。
「わたしの胸、いいだろ? めいどのみやげにしな」

 失神した角刈りを放り出して、マッハのバイクのっとり成功。
「わたしより、速かった自分を恨みな。ティラミス!」
 スロットルを振りしぼって全開に。
「う!」
 マッハの圧力で首が折れそう。視界が暗くなる。
 すさまじい空気抵抗。空気の野郎! ジャマすんなら、犯してやる!
 緩んだスロットルをしぼりながら、獣じみた前傾姿勢に立て直し空気を犯す。
「ウソ!」
 前方に、さっきの角刈りゴリマッチョ。
「クイーン。よく聞け。これが最後の交渉だ。わたしは君と同じハート列のキング」
 角刈りは、前方でミサイルみたいな乗り物に胡坐をかいて、ナンタラほざいている。
 余裕ぶっこきやがって!

「パン!」
 クソ! もう弾丸のスピードうわまってんだっけ。
「ジョーカーが、お子さんをさらったのだ」
「あん! ジョーカーってのが、やったわけ?」
「われわれトランプは、ジョーカーと組みしてはならない。世界が滅亡するからだ。しかし、スペードのキングが動いた。君を銀の首輪で管理している人物だ」
 スペードのキング? お父さんのこと?
「スペードのキングが君からマークを外すのを待ち、君に接触するつもりでいた。それが今というわけだ。スペードのキングは、ジョーカーと組みしようとしている。それを阻止するため、ハートのエースがスペードのジャックと戦闘している。今の我々みたいに。悲しいと思わないか? 我々トランプ同士が戦うなど」

「なに? トランプ? もう、大統領じゃねーだろ! スペードだろうが! ジョーカーだろうが! ティラミスに手を出したヤツは、ぶっ殺す!」
「自分をおさえるのだ。クイーン。君は、あのお子さんと血縁関係にない。まして母を名乗るには、若すぎる。真に母の慈愛をもっているなら、その慈愛は世界の滅亡を望まない。  
君が今、その胸に抱いているのは、慈愛ではなくエゴ。とても母とはいえない。そのエゴでお子さんが生きるこの世界を滅ぼすつもりか?」
「わたしは、ティラミスの母親になるって決めたんだ! だから、わたしがこの世界でたった一人のティラミスの母親なんだ!」

『母親じゃない』
 それを踏んだら。
「ドカン!」地雷なんだよ。爆発して、とぐろ巻いた火炎の大蛇が全身つつみはじめる。
「あつい!  あつい!」
 この熱で、邪魔する角刈り野郎を焼きつくてしまいたい。
「やはり覚醒したな。最近具合が悪かったろ? 血が騒ぐか? 吸血キィーの?」
 毛穴という毛穴から、火炎が噴き出した。
 全身弾丸、赤い獣になって、とびかかってゆく。
「君は吸血キィーハンター、トランプ。ハートのクイーンだ。同時にそれは、覚醒者の吸血キィーであることを意味する。ジョーカーの手が伸びた以上、お子さんをとりもどすことは今はできない。わたしが交渉の窓口となる。だから、これ以上、ジョーカーに近づくな。詳細は、シェルターで伝える。そこで首輪を外す」
「首輪が?」
 ずっと、わたしを拘束してきたこの銀の首輪が、外せる?
「わたしが、またがっているこの乗り物がなにか、わかるか?」
「ダセーおっさんのおもちゃだろ」
「ちがう。これは君の首輪を管理していた衛星だ。すでに破壊した」
「え!?」

 風風風風風!! 
 わたしの炎をかき消して、 両脇を吹きすさんでいった。
 一つは赤い風、もう一つは黒い風。
 二つの風が入乱れて、スピードの彼方に溶け込んでゆく。
「黒いほうがスペードのジャック。赤いほうがハートのエース。見たくなかった光景だ」
 もう、なにがなんだかわかんない。
 けどね、邪魔するってえんなら、しかたないわ。
 風だろうが、衛星だろうが!
 バイクの車輪が、宙に浮かんだ。ピストルの銃口を角刈りに向ける。
 わたし、なにをとらわれてたんだろう? 
 これって、憎悪を飛ばす道具じゃん。
 イメージ!
 銃口が、透明の大蛇みたいにとぐろを巻きはじめる。
 これを、撃て! 光よりも速く。

「もはや、説得する猶予がない。君を捕獲せざるをえなくなった」
 とつぜん高速道路が、真っ白けっけ。
 前が、ぜんぜん見えましぇーん。
 これじゃ、どこ撃ちゃいいかわかんないじゃないの! しかも!
「げ? 空気が?」
 息できなあーいい! 死んだ・・・・・・。

 しんとして、あたりを覆う霧は、体にまといついて重い。
 マッハの乗り物がラクダみたいにトロく感じる。体がやけにけだるい。
 自分が、何者だかわからなくなる。
 霧は、そんな効果をわたしにもたらしてくる。
 でも、わたしはここで、自分を見失うわけにはいかない。
 ティラミスがジョーカーとかいう、おそろしいヤツの手にかかって、今この瞬間もおびえている。

 霧に思い描くと、気が気じゃいられない。
 濃霧の中から、ティラミスが助けを求めて、わたしに手をのばしてくる。
 マッハでぶっとばしているはずなのに、まったく速度感がない。
 速度が消えてしまったよう。空気抵抗も感じない。
 いったいどこにいるんだろう? どこに向かってるんだろう?
 フルフェイスにシステムも写らない。

 ここは、どこなの?
 薄暗い森。あの人を来る日も来る日も待った。
 まだ、カンパニーでお父さんから死ぬほど厳しいトレーニングを受けていた頃。
 あの人は、身も心もボロボロのわたしを手当てしてくれた。世界一暖かくて優しい手。
 その手で、ある日突然ティラミスを託された。
 どうして! どうして、戻ってきてくれないの?

 我に返ると、進むべき方向を失ないながら、ひたすら走っている。
 速度だけがひたすら時間軸を進んでゆく。そこに心はない。深さもない。ただ、点と線だけの空間に消滅してゆく。
「ママ!」
「ティラミス!」
 目覚めると、わたしは白い天井を見つめていた。

第3話 泣いちゃうんだから。

「よく眠れましたですか?」
 ホッ。わたしは、一安心。
「ああ、ティラミス。ママ、なんか悪夢にうなされてたみたい。あなたが誘拐されるひどい悪夢」

 わたしの全世界、ティラミスを抱きしめる。
 ティラミス。あの人が、わたしに託してくれた、世界のすべて。
 ティラミスの髪の匂いをかぐと、あの人のもの憂げな眼差しを思い出す。
「ママ、どうしたのですか?」
「ううん、なんでもないの。晩ごはんのこと、考えていただけ。ティラミスの好きなすいとん、作ってあげようと思って」
「ママ、きいてほしいことがあるのです」
「なあに? ティラミス」
「じつは、ママは吸血キィーになったのです」
「わたしが? ティラミス、逆、逆。わたしはちゃんとした裏国家資格を持つ、吸血キィィィー! ハンターよ」
「ホラです。もういっかい、吸血鬼って、いってみてくださいなのです」
「え!? 吸血キィィィー!」
「吸血キィーは、吸血鬼になれず人間でもなくなった、かわいそうな生き物たちなのです。だから、吸血鬼っていうまえに、ヒステリーおこして吸血キィー!ってなっちゃうのです」
「んな、アホな。わたしは吸血キィィィー! でもなく、吸血キィィィー! ハンター。あれ?」
「ママは、こないだQカンパニーから、Q型血液を輸血してもらいましたです」
「あれは、健康診断でひっかかちゃったの。血の病気だからって。ママはティラミスとの生活のために、血の病気になんか負けてらんないの。吸血キィィィー! を捕獲しないとだから」

「ちがうのです。ママは、Q型血液を輸血しないと。もう生きてゆけない吸血キィーにされてしまったのです」
「・・・・・・・」
「ママは、事情があってそのことをかくされていたのです。今のママは、吸血キィーの力が覚醒した吸血キィーハンター、トランプなのです」
「それ、どっかで、きいたような?」
 部屋になにか武器がないか探す。
 ママモードが解けてゆくわたし。ただ、真っ白いだけの病室みたいな部屋。
 要するに女子力ゼロ。
「ママは、吸血キィーハンター、トランプ。ハート列のクイーンなのです」
「ねえ、いくらティラミスの幻とはいえ、それが、ティラミスの姿をしているかぎり、わたしは愛す。だって、この世界でたった一人のティラミスの母親ですもの」

「ジョーカーが動きだしたのです。ジョーカーは吸血キィーに、Q型血液を提供する血の持ち主。唯一の存在。この世界で、唯一の吸血鬼なのです」
「ただね、ティラミスの姿をしているものは、なんでも愛せるけど、それを操っているヤツは!」
 シーツを剥いで、パンティールックになりながら、天井に放りなげる。
 シーツにくるまって天井から落下してきたそいつを、踏みつけ地獄!
「ち! どこトンズラしやがった! そんなに、わたしとかくんれぼしたーい? ティラミスなら見つけて、キスしちゃうけど。ティラミスの幻でわたしたち母子愚弄したトンズラ野郎は、足でも食らいな!」
 壁、壁、壁、壁へマシンガンキック。

「お待ちください。クイーン。僕はハートのジャック。どうかお子様の姿を借りて惑わした無礼を、お許しください。こうでもしないと、あなたは僕の話しに耳を傾けてくれなかったでしょう」
「そうだよ! 顔なし! 一秒でも早く、本物のティラミスだせ! でないと」
 辺りの空気が気流を巻き始める。
 自分で「なにこれ?」状態になりつつ、体から湧いてくる力に身を任せる。
「いけません。我々にその力を使っては、いけません。クイーン。あなたはまだ、覚醒したばかりだ。力を制御できない」
 また、ティラミスの幻が現れた。
「ママ、また遊園地つれていってくださいなのです。ママといっしょにメロンソーダがのみたいなのです。ママはイヤなのですか?」
「い、いやじゃないよ。ティラミス。でも、やめろっつうの! このトンズラ野郎!」
「この世界が滅びてしまったら、また、遊園地にいけないのです」

 涙があふれてくる。
 ティラミスの幻とわかっていても。
「だから、世界とかどうでもいいから! わたしのティラミスを返して。世界とかどうでもいいから、保育園の帰り道、いっしょに歩いて見る。静かに沈んでゆく夕日を返して。世界とかどうでもいいから、あの子に縫ってあげた浴衣を着せて、いっしょに見る花火を返して。世界とかどうでもいいから、ほっぺた膨らませて、おいしい、おいしいって、わたしの作ったオムレツ食べてくれるティラミスを返して!」

「クイーン、あなたの気持ちはわかります」
 幻のティラミスが言いながら、ふやけたように消えてゆく。その後ろから、バイクのヘルメットを小脇に抱えた男が現れた。
「これは、僕の弟、ハートのエース。つまり、あなたにとってのティラミス」

 男は言いながら、ヘルメットを差し出し、フルフェイスのカバーを上げた。
「クイーン奪還作戦に参加し、高速道路でスペードのジャックに殺られました」
 フルフェイスの中で、ハートのエースの生首は、穏やかに眠って見える。
「我々トランプは、自然神ドラキュラが操る地水火風の力を、それぞれに与えられています。僕の弟は、スペードのジャックと刺し違える形で、鋼鉄をもカットする水のカッターで首を撥ねられました。そして弟も風のカマイタチでジャックの首を撥ねました」

第4話 イケメンなんだから。

長い前髪を揺らし、男はもう、弟の生首の重さに耐えきれない。苦痛の面持ちをして、ガクリと床に膝をついた。
 そうして、ヘルメットの弟に頬ずりしてむせび泣いている。
「クイーン! 僕も返してほしいです。幼かった弟と無邪気にアイスクリームを頬張った世界を。同じ女性を好きになって、張り合った世界を。生首で戻ってきた弟を抱いて泣く母さんの涙を! お子さんはまだ、こうなったわけじゃない。クイーンはまだ、取り戻せるはずです。世界を」

「わかった。ごめんなさい」
 我に返る。
 床に涙をしたたらせて訴える、泣きぬれた瞳に手を添えて拭った。
「すべてが急で、パニック起こしちゃってたの。なにか、わたしにできることは?」
「それは、ただ一つ。ハート列としての結束です。ひいては、それがお子さんの奪還につながります。どうかこれからは、一人で動かないでください。一人でジョーカーに立ち向かうことはムリなのです。我らハート列はジョーカーに組みしないことを選びました。スペード列はジョーカーと組みすることを選びました。後に来る世界の覇権を握るため。しかし、我々ハート列が」
「そうはさせない」
 いきなり、イケメン麗わしボイスから、野太いゴリマッチョボイスへ。
「角刈りゴリマッチョ!」
「ひどい言われようだな。クイーン」
「事実じゃないですか?」
 イケメンジャック君は、立ち上がりながら、壁へ退いて言った。

「皮肉るな、ジャック。エースのことはすまなかった。確かに私はひどい。エースよりクイーンの奪還を優先させた」
「いえ、僕がエースだったら、同じようにクイーンの奪還を望んだでしょう。キング、あとはよろしくお願いします。クイーンさえ戻ってくれたのなら、作戦で散った弟も報われる」
 イケメンジャック君は、弟の生首の額と額を合わせて、喜びを分かち合った。
 あの首が、胴体とつながっていた時と同じように仲良く、そしてキラキラとして。
「すまない、ジャック。君には辛い思いをさせてしまった。どうかハートのエースを丁重に弔わせてほしい。心より冥福を祈る」
 ジャック君は、エースの首を胸に抱きしめると、わたしに一礼して部屋を去った。

「クイーン。許してくれ。強引な手法で君をシェルターへ連れてきてしまった。ただし、約束は守ったことは評価してもらいたい」
「約束?」
 首に手をあてる。
 いつも頸動脈を抑えつけている銀の首輪がなーい!
「うそ! 女子力アップ!」
「これで、スペードのキングの支配から君は外れた」
「ニヤー、あのハゲ! 金玉握りつぶして、ほえ面かかしてやる!」
「待て! クイーン。君はバカなのか?」
 ゴリマッチョは、ムキムキの腕を遮断機にして遮った。

「なーんちゃって、今度の上司はどんな風か知りたかっただけー」
「前の上司みたいに、首輪で締めつけたりしない。わたしは君のお父さんと違う」
「そうね。犬みたいにヒイヒイ言わせて、女子力を下げなかったわ」
「ハートのセブンが首輪を外してくれた。ひどく難解な作業だったそうだ。少し誤れば刃が飛び出し、首を撥ねる対吸血キィー使用だったと言う」
「イヤんなっちゃう。ぜんぶ、当事者の知らないとこで転がしちゃってくれて」
「君の立場は察する。とにかく、君は首輪から解放された。自由だ。そのことは評価してほしい」
「自由? Q型血液がないと、狂暴化して暴走する吸血キィーの、なにが自由なのさ。それで? 上司さん。銀の首輪の代わりにかせられた新しい首輪は?」
「上司でなく、同士だ。我々ハート列は、ジョーカーに組みするスペード列を阻まねばならない。それが新しい君の首輪だ」
「ええと? トランプだっけ? ティラミスとババ抜きやって以来なんだけど。ほかのダイヤとかクローバーは? どこで居眠りぶっこいてんの?」
「ダイヤとクローバーは、今のところ参戦しない」
「ヒヨリミな連中?」
「すべてのトランプが参戦すれば世界は滅びるからだ。彼らには中立を保ってほしいものだ。既に、ハートとスペードの間で戦死者が出てしまった」
「頼んでもいない、わたしの奪還作戦とやらで」
「隠しはしない。君がそれだけ値打ちのある切り札だということ」
「切り札に、いつまでパンツ姿でいさせるつもり? お金とるわよ!」
「これは、失礼。ちょうど、Q型血液の輸血を終えたばかりだったものでね」

 透明人間が服を着ているように、服だけ部屋へ入ってくる。
「見ないで! てか、もう遅いか」
 わたしは急いでお着替え。
「ほんと、不思議よね? あのイケメンジャック君といい、これが覚醒者の力?」
「もちろん、君にもある」
「女子力下げまくってたマイ衛星落としてくれたのも、この力?」
「風の力で、宇宙の渚を作り、絡め落としたのだ」
「すごいじゃん。その力ですぐにティラミス奪い返してよ」
「我々はまだ、その段階にはいない。その前に、クイーン、力を操れるようにトレーニングしなければ」
「なーんとなくだけど、さっき、ジャック君の相手している時、感覚でつかんじゃった。けっこうえげつない能力じゃない?」
「私がいうのもなんだが、かなり。敵には回したくない能力だ。スペードもそれを恐れている」
「キング! もう、スペードにシェルター、嗅ぎつけられちゃいました!」
 いきなり、ブロンドのフランス人形みたい。
 女子力半端ない子が飛び入りー。

第5話 覗き魔なんだから。

「シェルターの周りを、水で囲まれています!」
「だいじょうぶ。だいじょうぶ。水がこようが火がこようが。オヤジキングのパワーで、ぜんぶ解決ー」
「あんたさあ。うっかりミスったって、ことにしてえ。首撥ねときゃあ、よかったんだよ! 後悔してんだけど」
 つぶらな瞳のフランス人形ちゃんが、悪魔顔に豹変。
「なに? こわいんですけど」
「あんたのせいで、エースが死んだんだよ! コラ! みんながテメエごときに命捧げるとか、勘ちがいしてんじゃねえぞ」

「やめるんだ。セブン。今は内輪もめしている場合ではない。この活火山に沼を作ったということはスペードのスリーの力」
「げ! なんちゅう女子力ゼロな場所にわたしを拉致して」
「既にマグマを冷まして、溶岩でシェルターを封じられてしまった。次に来るのは」
「ズドン!」
 凄まじい衝撃がシェルター内に伝播して、上も下もわからず、とにかくどこかへ飛んでいる?

「来たぞ、水蒸気爆発だ。他のハートたちはまだ戻っていない」
「マグマに閉じこめられた、キング! ひい、わたじ、閉所恐怖症なんですうー」
「落ち着け、セブン。スペードのスリーがここに襲来したということは、マークにつかせていたハートのファイブが殺されたということ。そして、拷問を受け我々の居場所を吐かされた。これは、あるまじき事態だ。スペード! どこまで悪魔へと落ちてゆく!?」
「ぶっ飛びながら、哲学ぶってる場合? なんとかしてよ、オヤジキング」
「すぐに宇宙に達する。しばらくは、スリーの力は及ぶまい。それよりも、覚悟だ。わたしには覚悟が足りなかった。かつての盟友たちが、ここまでする覚悟があったとは。私にも覚悟が必要なのだ。クイーン」
 ゴリマッチョが、筋肉膨張させると、蛆虫みたいな青筋這わせて阿修羅の形相に。怒れる筋肉の塊だ。

「かつて、盃を酌み交わした者たち。かつて、吸血キィーたちを相手に、苦楽を共にした者たち。かつて、切磋琢磨し、互いを高め合った者たち。かつて」
「もういいっつうの! 息ぐるしい! 宇宙までぶっ飛ばされたんじゃない。とっとと、なんとかしちゃってよ」
「かつて、かつて、この手に、手をとって、分かち合った、盟友トランプが、かつて・・・・・・」
「キング! しっかりしてください。こんな時に殻に閉じこもったら?」
「殻ってなに?」
「あん? コラ! てめえなんだよ。ぜんぶ、テメエが原因でこんなんなってんだろが!」
 また、セブンのフランソワちゃんが、悪魔に豹変。どぎついガン飛ばしまくって迫りくる。

「なんだか、わかんないけど。まずいってことはわかっちゃった。オヤジキング。ショックで殻に引きこもっちゃってんの?」
「そうに決まってんだろが! このアバズレ! 下の敵はキングの実の息子なんだよ」
「はい?!」
「聖なるキングは、悪魔のスペードみたいに割り切れない。今、殻の中で葛藤しながら瞑想状態に入ってしまった」
「こんな時に! て。わかるわかる。わたしのティラミスがいきなり、反抗期になったようなものよね」
「いつまで寝言ほざいてんじゃねえぞ! このうすらトンチキ! テメエみたいにキングは、お気楽じゃねえんだよ」
「あんたも、お気楽よね。閉所恐怖症じゃなかったの? しかも宇宙で」
「ひょ、えええ!」
「それよか、なんで息できて重力あんのか不思議なんだけど」
 宇宙空間で、彫刻みたいに固まっているオヤジキングを見た。
 たぶん、オヤジキングがわたしの衛星を引っ張り戻した力で、空気をここまで運んでいる。
 けれど、それにもバーゲンセールみたいに制限時間がある。
 ほんと宇宙なんて、女子力ゼロ。
「どうして、こうもまあ、女子力無なところばっか、わたし、ご縁があるのかしら?」

「クイーン! キングが瞑想に入ってしまった。ここもやがて、空気が尽きる。スペードのスリーは、それを下で待ち構えている」
 どっろどろの女泥仕合に割って入ってきてくれた、清涼飲料水のイケメンジャック君。
「ナイス登場! ジャック君。それで、わたしが今、知りたいこと、何かおわかり?」
「クイーンが知りたいこと?」
「そう、たとえばジャック君のお誕生日とか。地上に戻ったらプレゼントあげちゃおっかなあ」
「んだ、てんめえ! エースの次はジャックかコラ!」
 攻めよってくるセブンちゃんをかわして。
「教えてよ。プレゼント、どっち? あっちかな? こっちかな?」
「プレゼントは、後にして、とにかく地上に、ハッ! クイーン! プレゼントは、いいですか? あちらの方向にあります」
 イケメンジャック君は、ベッドの足元を指さしている。
「溶岩に包まれちゃって、わかんなくなっちった。ほんじゃ、プレゼント、そこに放るから。ジャック君。弟ちゃん、やっぱり、地球に返してあげないとね」

 髪の毛が逆立つ。吸血キィーの血だ。真っ赤に煮えたぎる。
「ボ!」
 吸血キィーの血がたぎって毛穴から火を噴いた。
「でも、なんか調子出ない。銃なーい?」
「クイーン! キングから力のトレーニングを受けたのですか?」
「銃出せ、コラ! 血がたぎってんだよ!」
「ジャック、こわーい」
 セブンちゃんが、ここぞとばかりにジャック君の胸にすがりつく。
「ぶ、ブチギレちゃってごめんなさーい。でも、血が、血がたぎるー!」
「せ、セブン。銃をクイーンに」
「たく、しようがねえな、このメスブタが!」

 セブンちゃんが両手を広げると、魔法少女みたいに周囲から物質が集まって、銃の形に結晶した。
「サンキュー! てこれ、射的の空気銃」
「あんたにぴったり」
「いや、案外ちょうどいいかも」
 わたしは、ジャック君の指差す方向に向けて、空気銃を向ける。
 そう、憎悪を飛ばせさえすれば、空気銃だって豆鉄砲だって、なんだっていい。
「クイーン! 力が暴走するかもしれない。やはりトレーニングを受けてからのほうが」
「トレーニング? 実践が一番のトレーニング! あとは女子力!」
 そして観念の世界へ落ちてゆく。
 これは、シェルターという弾丸。
 弾丸で、地上から水を操っている、鎌首もたげてウチらが戻ってくるのを待っている。
 スペードのスリーとかいう地球の覗き魔へ、シェルターの弾丸、ぶち込んでやる!
「ジャック君、方向だけは、まちがえないでちょうだいね。じゃないと、この憎悪の塊。この真空を、あの覗き魔にぶちかませないんだから!」
 なんつう女子力ゼロ! てな攻撃で、真空の宇宙空間からシェルターを発射!

「なんだ! このスピードは! これじゃ、大気圏で燃え尽きます、クイーン!」
「いいのよ、いいの。とりあえず溶岩燃やすんだから。それより、コンセントレーション! 地球の覗き魔! そんなにお風呂の水、ぶっかけられたーい?」

第6話 ぶちこんじゃうんだから。

「ちょっと! マジ、こわいんだけど。この化け物風、シェルター包む溶岩を摩擦熱で溶かしちゃった!」
 また、どさくさに紛れてジャック君に抱き着くセブンちゃんに。
「でも、これならセブン、視界が確保できた」
「わかってます! 全方向展開」 
 また、魔法少女のセブンちゃんが手を広げて、壁に向かい命じると、壁がパネルと化して地球が丸見えに。

 ああ、なんて美しい青いビー玉。
「化け物風! ぶっ壊さないでよ。わたしたちの地球」
 ベッド越しの壁に映る地上がぐんぐん近づいてくる。
 わたしに提供されていたシステムと同じだ。禿げ頭にでもなんにでも、反射物に映像を映しだす。
「これって、セブンちゃんが作ったシステムなのね?」
「スペードに管理されてた雌犬システムといっしょにすんな!」
「じゃ、向こうも全方向展開で見てんでしょ。ちょうど、いいじゃない。地球の覗き魔、自分にぶっ飛んでくる、隕石にちびって逃げ出すわよ」

「きのこ雲だあああ!」
 ジャック君がイケメン忘れて絶叫キャラに。
 成層圏から地上へ突っ込んでゆく空から、きのこ雲が、わたしの弾丸発射したシェルターに向かってくる。
「まずい! あれはスペードのスリーのきのこ雲パンチ! 水蒸気を集めて、熱しきったシェルターの弾丸を、雨の壁で冷やし破壊するつもりだ」
「なんか、壮大すぎて、やってるわたしもついてけなーい。ようするに、拳骨と拳骨の女子力ゼロなぶつかり合いね」
「まあ、そういうことに」
「やだ、イケメンジャック君たら、おちんちんついてるのかしら? ビビっちゃって」
「このアバズレ! わたしらまで、狂った脳みそといっしょに心中させんじゃねえぞ、コラ!」
 セブンちゃんが、付けまつげ級の美しいお目々かっぴらいて、寸手に迫るきのこ雲パンチに慌てふためいた。

 シェルターが大気圏を、流星になってつきぬける。
「クイーン、溶岩すら溶かす、これだけ熱を帯びた状態で、きのこ雲パンチを食らえば、いっきに冷えたシェルターは木端微塵になってしまう」
「ぶっ飛んじゃうって?」
「既に、このアバズレ、ぶっとんでんだよ! ひいい! 木端微塵になって死ぬはイヤああああ! また、彼氏とデートしたーい!」
 狭いシェルターに、セブンちゃんの悲鳴が響き渡り、やけに静かな沈黙が流れる。
「セブン、エースはもういない」
 静かにジャック君がいった。
「そんなの、わかってるし」
 セブンちゃんが、がっくり内股に膝を落として、真っ白なお手々で顔を覆い、嗚咽し始める。
 エースとセブンちゃんの関係って、そういうことだったんだ。だから、わたしを恨んで。
「エースは! こんなとち狂ったアバズレに命捧げて! 今度はわたしたちまで。なんでなの、ジャック!」
「世界を守るためだ、セブン。みんなの涙の上に成り立っていること、クイーン、どうか理解してください。我々ハート列が崩壊したら、残るトランプたちは、ジョーカーと組みするかもしれない」
「見て見てえー! すんごいきのこ雲! だいじょうぶだから、セブンちゃん」

 セブンちゃんが、全方向画面に目を向ける。
 シェルターが、きのこ雲パンチを引き裂きつつ、地上へ落下している。
「これ、どういうこと?」
「シェルターの周囲を真空で囲んでいるから、空気摩擦がない。そうよ、ここは女子力ゼロな宇宙にいるのとおんなじー」
「生き、られるの?」
「生きられる! セブン、弟の。いや、君のフィアンセを弔いに、クイーンを信じて行ってみよう」
「加速!」
 吸血キィーの血が大爆発して、あたりを真っ赤な炎で包んだ。
「熱い! 熱い! 体が、燃える!」
 正気を保てず、暴走する一歩手前の横断歩道で、ティラミスが立っている。
「ママ、ママ、負けないで。わるい人から、たすけて」
「たずげるから! まってでえ! ティラミス!」

 弾丸シェルターが、きのこ雲パンチの拳骨粉砕!
 拳骨シェルターが、スペードのスリーとか言う覗き魔のほえ面を捉える。
 真下で、拳骨シェルターを茫然自失と見守る顔は、痩せっぽちなハートのキングのよう。
 うんうん、確かに親子だ。なんか複雑な気分。
「だいじょうぶ。あっと言うま。痛みすら感じないんだから!」
 マントルまで破壊する勢いで突っ込んだのに。
 スペードのスリーの眼前で、拳骨シェルターがピタリと寸止めに。
「え、なんなの? 化け物風!」
 セブンちゃんが、グラマラスなお尻向けて頭かかえながら、びっくりお目々でわたしのこと、ガン見している。
 当事者のわたしも。
「なにが、なんだか、わかりましぇーん!」

「キング!」
 ジャック君が、殻に閉じこもっていたキングに詰め寄る。
「覚悟だ。私には、覚悟が足りなかった」
「弟は! エースの死をムダにするのですか?!」
「オヤジキング、今さら出てきて、不良息子守るんだ?」
 なんかしらけた。ま、どうでもいいけど。
 オヤジキングは、全方向展開されるスペードのスリー、冷や汗だらっだらの九死に一生顔を見守り、サングラスを外した。
「スペードのスリーよ。よくぞ、ここまで力を磨いた。まだ、私がついてやっていたころ、綿菓子程度だった雲から、よくぞあそこまでのきのこ雲を。おまえは、この世界で二番目に尊い『努力』をした」
「父さん、僕だって、こんなの望んでいないんだ。でも、ジョーカーが! ジョーカーが動きだしてしまった。トランプに参加せざるをえないじゃないか。いずれにせよ、トランプの誰かが、世界の覇権を握るか、滅亡へと導く。もう、僕らは今までのトランプじゃ、いられなくなってしまったんだ。スペードのキングが、この世界を正しいほうへ導く。父さん、わかってほしい」
 キングの息子は涙ながらに、父親へ訴えた。
「そうだ。努力よりもかけがえのないものを、おまえは知った。それは『使命』!」
 キングがその岩石みたいに厳つい手で、指「パッチン!」
 全方向展開の視界が砂嵐になって吹っ飛んだ。

「下りよう」
 キングは、ゴリマッチョな肉体とは、まるで似つかわしくない超お優しい目をしている。
 シェルターを開いて、その優しい瞳をそばめながら、自らが破壊した地上へ降り立った。
 わたしたちも連行状態で、キングのあとに続く。
 活火山の影すらない。
 平たい大地が視界に広がり、地球の果てから吹きすさぶ寂しい風だけ吹いている。
「申し訳ない、クイーン。そして、ジャック、セブン。世界のためだと言いながら、私にも覚悟が足りていなかった。そして、今、この荒野の中、私の中に覚悟が生まれた」
「キング!」
 セブンちゃんが涙を流してキングに抱き付いた。
 空を見上げて弟を思い、嗚咽するイケメンジャック君を、キングはその逞しい腕で抱き寄せる。
「君たちが、私の家族だ」
 キングは何事もなかったようにサングラスをかけると、一滴の涙が荒野へゆっくりと流れ落ちる。
 わたしは、柄にもなく震えがきて、膝から崩れ落ちる。
 自分の手を見つめて、改めて「恐ろしい」
 わたしもこの手で殺る時が来るんだ。
 ティラミスのために。お父さんを。
 スペードのキング。
 かつて、大好きだったわたしのパパを。

第7話 人手不足なんだから。

「んで? 次は水星にでも向かってんの?」
「クイーン、水星でも土星でもない」
 セブンちゃん。全方向展開モニター操作しながら、空飛ぶシェルターを操作している。できるオンナ&女子力抜群の雰囲気を放って。

「話しさえしなければね。ほんと寡黙美女」
「あん! わたしのことほざいてんの?」
「ひとりごと、ほざいちゃってまーす」
 円形のここもまた、真っ白い部屋。会議室らしい円卓を囲って、わたしたち四人は腰かけている。
 ま、いかにもオヤジキングが議長の貫禄放っていますけど。
「今、スペードを含めた我々トランプが陥っている状況は、戦力不足だ」
「ようするに人手不足?」
 わたしは足を組みなおし、両手の平に後頭部をもたげて、モニターに映る雲海を眺める。
 世界ってキレイ。
 なのに、人間の世界だけはどうしたもんか。

「遅ればせながら、紹介しよう。まずは、ハートのジャック」
 オヤジキングがいうと、イケメンジャック君が、その細身で美しい王子顔をわたしへキラリと向けて、白い歯を覗かせる。
「よろしく。クイーン。トランプの紹介は、その能力に尽きます。ご覧の通り、僕は風の力。幻視風で幻を見せ、その者をなびかせる」
「なら、ティラミス! 幻でもいいから、みたーい」
「それは、おすすめできません。幻視風になびけばなびくほど、病みつきになって、やがて現実との見境がつかなくなってしまう」
「こわ。お顔のわりにえげつないのね」
「だから、お子さんとは思い出の中だけでお会いしてください。以上が僕の能力です。お見知りおきを。クイーンのお役にたてたら幸いです」
 急にジャック君は、笑顔をきゅっと結んで、セブンちゃんを見やった。

「はいはい。わたしの番でしょ。わたしの能力は、微風。キャ。化け物風のクイーンに消されちゃいそう。わたしを守ってジャック」
 さりげなくジャック君の胸に顔を埋めなら、わたしをギロリ。
「以上?」
 ジャック君は、呆れ顔しながらセブンを突き放す。
「わーったわよ。微風は微風でも分子レベルに吹き荒ぶ風を吹かせて、分子構造を変え、あらゆる物質から、3Dプリンターみたいに、なんでも組み立てちゃう。わたしの脳にあるイメージ通りにね。ま、あんたの化け物風には、かき消されちゃうか弱い風だから、ぜひ放っておいてくれたら幸いだわ」

「セブンちゃんて、カワイーイ!」
「へ?」
 ふいをつかれたセブンちゃん。思わず、耳を赤らめる。
「やっぱ、カワイーイ! 首から紅潮するタイプ」
「化け物におだてられたって、ちっとも嬉しくありませーん」
「だって、カワイイものはカワイイんだもん。カワイイに理屈なんている?」
「ほっといてよ。化け物!」
 セブンちゃんは全方向モニターの操作に戻ったけれど、真っ赤のまま。
 やっぱ、カワイーイ。
 

 カワイイにまったりしているところへ、野太いゴリマッチョの声が。
「クイーン。改めて歓迎する。私はキング。能力は爆風だ」
「げ! オヤジキング最強だよね? スペードなんか、まとめてぜんぶ吹き飛ばしちゃえば?」
「それほど簡単な話しではないのだ。クイーン。トランプゲームを例に出せばわかるだろう。その手には、それに対する封じ手がある。我々トランプは、そのように拮抗を保ってきた。しかし、ジョーカーが加われば話しは別だ。ジョーカーは全てに勝る」
「ジョーカーを殺す手は?」
 吸血キィーの血がたぎる。
 ジョーカーの野郎! そのうすぎたねえ手で、ティラミスを。
「ぶっ殺す!」
「落ち着くのだ。クイーン」
「こわ! やっぱり、わたしの微風、消されちゃいそう」
 セブンちゃんが、ここぞとばかりにジャック君の胸によりかかる。
「クイーン。ジョーカーを殺す術などありません」
 ジャック君が、セブンちゃんを脇に退けながら言った。
「ジョーカーを殺すことができたら。そもそも、そんなものはジョーカーじゃない」
「んじゃ、ジョーカーじゃなくしちゃえばいいじゃん?」
 一同、顔を見合わせる。合コンで、真っ先にイケメンに飛びついて引かれた空気が流れる。

「そして、クイーン。君の能力は真空だ。私もトランプ全ての能力を見てきたが、クイーンは稀有だ」
「もしかすると、クイーンがジョーカーに対抗できるという情報は?」
「早合点するな。ジャック。トランプは奥が深い。どんな手を使おうと、ジョーカーの唯一性に変わりはない。何度も確認したように方法は一つ。スペード列がジョーカーと組みすることを阻む。それに尽きる」
「幻視風ゆえに変な幻を抱いてしまいました。お許しください。とにかく、クイーン。ジョーカーを殺すことは不可能ですが、スペード列を殲滅して、刷新することは可能です」
 言われて、ゾッとする。
 あーあ、お父さんを殺すのか。
 うふふ。 
 どんな風に殺したろ?

「クイーン、話しを戻すが今は、戦力の補充を優先する」
「はいはい、人手不足」
「それは、スペードも同じだ。なぜなら、トランプは一列に13までカードがあるが、我々吸血キィーハンター、トランプはいつでも全てのカードが揃っているわけではない」
「それだけ、死んでる?」
 キングは、わたしの問題発現をサングラスの奥の瞳に呑み込んだ。
「内訳をいおう。ハートのツー、スリー、フォー、エイト、ナインのポジションは不在だ。クイーンも不在だった。が、君の覚醒によって、そのポジションが埋まった。そしてファイブとエースが殉死し、現在7つものポジションが不在となっている。スペードもさしてかわらない」
「駒が少ないうち、とっととぶっ潰しちまえ! 的なのって、やっぱ女子力ゼロかしら?」
「今ここで、討ち合い、スペードのせん滅を狙うことは、ハートのせん滅にもつながりかねない。これ以上犠牲者を出したくはない」
「でも、ごちゃごちゃやっているうちに、ダイヤとかクラブが入ってきたら、厄介じゃなーい? もつれあう男女の四角関係、ドロ沼になっちゃう」
「その可能性も否定できないことは確かだ。ハート列がせん滅されれば、その四角関係はスペードに偏る。それでも今は、これ以上犠牲をだしたくない。クイーン。理解してくれ」
 その横顔が、爆風で吹き飛ばしたキングの息子と重なると、もう何も言えましぇーん。
 一刻も早くティラミス奪い返したいのだけど、中年のダンディズムに敗北。

「ということで、クイーン。現在、ハート列は僕ジャック、セブン、あなたクイーン、キング。そして、今はシェルターにいませんが、外部でシックスとテンが活動しています」
「え? それらも、イケメン男子たち?」
「ぷ!」
 なぜか、セブンちゃんが吹いた。
「おいおいわかってくることです。紹介は、本人を前にすることがマナーなので」
「着いたわ」
 セブンちゃんが、フランソワなブロンドソバージュをかき分けて言った。
 キレイ! きゃ、見放題。

 どんなイケメンたちがたむろするお城かと思いきや、シェルターは殺伐とした薄暗い森へ下降してゆく。
「この区域に、覚醒者の吸血キィーがいるのだな? セブン」
「テンからこの区域で、ハート適正の覚醒者の匂いがすると。確かに半径10km圏内に吸血キィーがいます」
「距離をとって正解ね」
 こんな宇宙までぶっ飛んじゃうシェルターでいきなり登場したら、逃げたくなるわ。
 わたしを捕獲した時みたいに。

「でも、セブンちゃん。なんでわかんの?」
「QカンパニーのQ型輸血情報からよ。Q型血液は、暗号化されていて、吸血キィー一人につき、世界にたった一つ」
「じゃ、わたしの血液足りなくなっても、カワイイセブンちゃんから、輸血してもらえないんだ?」
「そうね。する気もないし」
「なるほど。あ? でも、それって、スペードにもわかるんじゃ?」
「ま、Qカンパニーの血液情報にアクセスして、吸血キィー個人を特定することは可能ね。でも、覚醒者をかぎ分けるのは、ハートのテンの嗅覚にしかわからない」
「そうなの?! ハートのテンも、ジャック君みたいな嗅覚抜群の王子様?」
「ま、とにかくスペードとかち合わないことを祈るわ。化け物ちゃん」
「はい? なんで、わたしが行く前提?」

第8話 探しちゃうんだから。

「クイーン、君はまだトランプの世界をわかっていない。これはいい機会だ。ジャックと連れ立ち、エイトを連れてきて欲しい。君が我々に迎えられたように」
「ジャックと」と聞いて、セブンちゃんのガン見炸裂!
「セブンちゃんもおいでよ。わたしにとっては、イケメンもカワイイもおんなじなんだから。両手に花ね」
「わたし、行かない」
「いきなり、そっけなーい」
「だって、インドアだし、日に焼けるし、ゲーマーだし」
「引きこもりか!」
「セブン、とりあえず乗り物だけは用意してくれないか?」
 キングがいうと、セブンちゃんかなりだるそうに。
「わかりましたー」
 セブンちゃんにおぞましい目で見られながら、開いたシェルターの出口から、暗い森の地面へ下り立つ。
 すると、セブンちゃんは、辺りの自然とお話しするように瞳を閉ざして、両手を広げた。
「コネクト!」
 両手を広げるセブンちゃんの前に、細かいチリ芥が舞い散る。
 最初それらはボヤけていたのに、どんどんと形なしてゆき。
「わたしのマイバイク、ナギナタ! セブンちゃんすご! しかもカワイーイ」
「ハートの子飼いとして、面倒みてやっただけよ。ふん! もう一丁」
 そしてナギナタの脇に、森の自然物からもう一台! バイクを作り上げる。
「セブンちゃん、天才! しかもカワイーイ!」
「いいから、早く行って! とっとと覚醒者を、とっ捕まえてくるのよ」
「ヤダ、セブンちゃんたらもう! 首真っ赤にして、カワイイことこの上なし。ほんと、わたしファンになるから」
 
 久しぶりにナギナタに跨る。ヒップに、やっと収まりのいい自分のマシンに乗った感覚が。
「シェルターでかすぎ、いかつすぎー。女子力ゼロな乗り物だわ」
「なんか、文句ある? わたしが作った引きこもりシェルター」
「これも、セブンちゃん制作?」
「溶岩にも溶けないし、化け物のメチャクチャ飛行で大気圏でも分解しなかったんだから。ついでに迷惑営業もお断り」
「これ見たら、逃げるっしょ。ふつう」

 奥深い森を、ナギナタでかっ飛ばしてゆく。
 気持ちいい!
 舗装してないのに、ずいぶんとよく地面に噛みつくもんだ。
「オフロード仕様にしてくれたんだー。さすがセブンちゃん」
「ちゃんと、シェルターから監視してますから。ジャックに手出しは禁物」
 ヘルメットから聞こえてくる。
「んな覗き見してんなら、いっしょにこいや」
 ハッと気付いて、白馬みたいな白バイにまたがった王子ジャック君。
 はるか後方に巻いてしまったと振り返る。
 ジャック君、わたしの後ろにピタリとついて、追随している。
「やるー、白馬のバイク王子」
「クイーン、ターゲットまでもう少しです」
「こんな、樹海に住んでる、吸血キィーって。いったいどんな人?」

 樹海は、奥へ奥へ進むにつれて、暗さを増す。そこらに、本物の吸血鬼が飛び出してきそうな洞窟が口を開け、こちらを覗き見ている。
 闇へ呑みこんできそうな洞窟から、黒い塊が、侵入者のわたしたちへ飛びかかってくる。
「コウモリの大群だ!」
「もう! うんちひっかけられたんですけどー」
「クイーン、おかしいと思いませんか?」
「おかしいよ。デート中に、うんちまみれにされちゃってえ。コウモリって、吸血キィーの手下でしょ。ふつう」
「ここは、人が住む場所じゃない」
「再生回数伸ばしたいキャンプ野郎とかじゃない?」
「ちがう! ターゲット発見」

 見つけた途端、ターゲットは、木の枝にロープを張って、首を吊った。
「いきなり!」
 ナギナタでかっさらうつもりが「ボキ!」
 見事に枝が折れて、ターゲットの下敷きに。
「ブヒ!」
「ブタ! なんで樹海にブタが?」
「クイーン、大丈夫ですか?」
 ブタ君といっしょに湿った地面にゴロリン。空転するナギナタの車輪の音だけが、響きわたっている。
「ブタ君が!?」
「クイーン、彼はブタではありません」
 ジーンズにポロシャツ着たブタ君。髪の毛あって、七三分けしている。
「確かに、ブタ君じゃなーい。ごめん、わたしの偏見だった。わたしも化け物扱いされてるから、ごめんねー。ブタ君、こんなところで首吊ったりして、外でイヤなことあった?」
「う、うわーん」
 ブタ君は泣き喚いた。
「よしよし、気がすむまで泣くがよし」
 わたしは、豊満ではないお胸を貸し、ブタ君に好きなだけ泣かせてやる。
「こういう時ってあるある。ティラミスも時々あるんだよねー」
 世界の果てから吹いてくる風のように。理由もなく、とても寂しそうに泣きだすことが。
 そんな時は、ただただ抱きしめてやることしかできない。
 ああ、ティラミス、今頃、泣いていなければいいけど。

「クイーン、もたもたしていると、スペードが来るかもしれません」
「そうだって、ブタ君。今日から君は吸血キィーハンター、トランプになって、行くぞ! えいえいおー!」
「は、離してブヒ!」
 化け物風のわたし、ブタ君からさえ拒否られる。
「とりあえず、行かないか? Q型血液が切れているのだろ? 最後に輸血してから、半年以上が経つ、君はもう限界のはずだ」
「え! こんな肥えてんのに」
「君は、社会に居場所を失った。でも、トランプになら居場所はある。とりあず、僕らといかないか? ハートのエイトとして」
「あんたたち、Qカンパニーの人? Q型血液が切れて、狂暴化するより、死んだほうがマシだブヒ!」
 ジャック君は、潤んだ瞳で白馬の白バイに跨り、同情の眼差しで、ブタ君を見つめている。
「我らは吸血キィーハンター、トランプ。Qカンパニーのピラミッド、頂上部を占める。ラベルを貼られたのだろ? エイト。不適合者としての」
「だって、僕にはムリなんだブヒ!」
「我々も、元は不老不死の検体として、世に送られたサンプルに過ぎなかった。人類が将来、このQ型血液を完成させて、安心安全な不老不死の体を手に入れるための。しかしまだ、Q型血液は欠点まみれだ」
「ぼ、僕は、引きこもっているうち、光が苦手になってきちゃって」
「日光に対する免疫低下。ありがちな不適合者だな。それでQ型血液を差し止めか。Q型輸血者は、とにかく一般の社会生活を求められる。不老不死になった人類が、普通の日常を送れることを想定して」
「でなきゃ、用済みだブヒ。でも、一番は、競争が苦手なんだブヒ。とにかく、争うことがイヤでイヤでたまんなくて、ストレスでどんどん、太っちゃうんだブヒ」
「事情は、シェルターで聞く。が、君は『聖』を象徴するハート列の属性。しかも覚醒者だ。『死』を象徴するスペードに捕まれば、属性でない連中にじっくり調教されて、イヤな仕事を奴隷然とやらされるんだぞ。ここにいるクイーンのように」
「え! わたしってば、そんな可哀想な人だったの?」
「争いごとに巻き込まれて、これ以上太るなら、死んだほうがマシだブヒ!」
「もう、だいじょうぶ。君はトランプとして、Q型血液の輸血が約束される」
「もう、いらないブヒ! こんな姿がイヤだから、死にに来たのに、放っておいてブヒ!」
 周囲を見渡すとブタ君のあまりの巨漢ぶりで、首を吊って折れたであろう木々が、あちこちでなぎ倒されている。

「ブタ君。死にたいなら、首つりじゃないほうが」
「クイーン、自殺を促してどうするのですか? 彼にはハートとして、スペードを阻む使命があるのです」
「楽にしてあげるのも、人としての使命じゃん?」
「なにを言っているのですか? 彼はただ、容貌が太っているだけで、世界を滅亡から救う使命を放棄しているのですよ」
「ジャック君のダメなとこ、みっけ。わたし、何度も死にたいって思ったけど、銀の首輪で管理されちゃってて、自分で死ぬことさえできなかったもん。それって、人権無視の超女子力はく奪行為なわけ」

「また、首輪、はめに来てあげましたわ」
 声がして、辺りを見回すと、いつの間に深い霧に包まれている。
「もう、スペードが!」
 ジャック君が白馬の白バイから下りて、辺りをキリリと、見回す。
 かっこいい。

第9話 女王様なんだから

「わたくしは、スペードのクイーンです。そこのブタの彼氏君は、本当に覚醒者なのですか?」
「スペードのクイーン。無駄足を運びましたね。彼は、ハートのエイトとして、我々が迎えにあがりました。僕はハートのジャック。お見知りおきを」
「よろしく、ハートのジャック様。わたくし好みのイケメンですわね」
「しかし女王の割りに卑屈だ。そちらからは、よく見えているようですが、こそこそと霧の中に姿を隠して」
「自分のルックスに、自信ないんじゃん」
「ハートのクイーン。同じクイーンでも、わたくしはあなたより、バストもウェストも股下も全部ハイグレードの女王ルック。お見せできないのが、残念ですわ。なぜなら、わたくしのビューティフルルックを見たときが、あなたたちが死ぬ時ですから」
「その割には、仕掛けてきませんね。攻撃するつもりなら、もう、とっくにできたはず。攻撃よりも先に話しかけるなんて、戦いよりも交渉がしたいのですか?」
「さすが、ハートのジャック様。鋭いのですね」
「交渉って、ウチらの引き抜き? で、いくらよ?」
「ハートも戦力不足、スペードも然り。ここで、潰しあいはしたくない。しかし、覚醒者は欲しい」
「ここは、平和的に話し合いですわ。そこのブタ、じゃなくて、彼氏君。あなた、どっちにスカウトされたーい? バスト、ウェスト、股下全部ハートのクイーンよりハイスペックなわたくしか? 柴犬の散歩が似合って、正月には巫女さんのアルバイトしてそうな地味クイーンか?」
「誰よそれ!」
「ぼ、ぼくは、もう、争いごとがイヤなんだブヒ! 争い事がストレスで、これ以上、太りたくないんだブヒ! この世界は争い争い、どこへ行っても争い! こんな森の奥でもアリンコ同士争っているブヒ!」
「かなりの過敏症ですわね。たしかに争いは醜い。忘れたいのであれば、この霧の中へ入っておいでなさい。すべてを忘れさせてあげますから」
 その時、ジャック君から激しい歯ぎしりがして、口角から血が流れた。
「ジャック君、どうした?」
「お、弟を! これが、スペードのやり方か! 弟を殺った時、『切断』能力同士をぶつけたように。そして、今、幻術同士をぶつける。なにが平和的に話し合いですか? スペードのクイーン、潰す気まんまんじゃないですか」
 ゴロリ。
 地面にフルフェイスのヘルメットが転がって、カバーが開いた。
 ジャック君の生首弟が、こちらを見ている。
「兄さん、ごめんね、ごめんね、兄さん」
「え、エース」
「僕は使命をまっとうできなかったよ。こんな姿になって、あっけなく終わっちゃうなんて。世界を救うはずだったのに。兄さんと」
「いっしょに、救おう。エースは僕の中で生きている」
「そう言ってもらえると、救われるよ兄さん。セブンのいるこの世界を守ってあげてね」
「セブンは」
「でも、やっぱいいな、兄さんは。まだ、そうやって生きていて。セブンのこと、抱けて」
「抱いてなんかいない! エース、確かに僕らは兄弟で同じ一人の女性を愛してしまった。それでも、セブンが愛したのは、エースじゃないか。二人の婚約を僕が祝福したのを忘れたか?」
「ハラワタ、煮えくりかえるのを、こらえてね」
「そんなんじゃない! 愛するセブンとエースが結ばれて、誰よりも、僕が安堵した。セブンを幸せにできるのは、エースしかいないと。それだけセブンの幸福を願ったんだ。エース以外にはいないんだ。セブンを満たしてあげられるのは」
「満たせるじゃないか。生きている兄さんが、僕の代役。セブンもまんざらじゃ、ないんでしょ? 兄さんの幻視風で、僕に成り代わったりして」
「そうしてやらないと、セブンは死んでしまう。おまえのことを追いかけて」
「だから、ちょうど良かったじゃない。僕が死んで、セブンが兄さんのモノになって」
「セブンはモノなんかじゃない! 我々兄弟愛の結晶だ!」
「ヒュン!」
 ジャック君が涙ながらに訴えた直後、白い濃霧から、死神の大鎌を持った白く長い美腕が、ジャック君の首を一瞬にして撥ね飛ばした。

「その言葉に、偽りはなさそうですわね。なんて、高貴で純粋なお方でしたことでしょう。パチパチパチ」
「ブヒー! イヤだ。もう争い事はイヤだブヒー!」
「てんめえ! よくも、ジャック君をやりやがったな!」
 空気銃から真空を発砲しまくって、スペードのクイーンが潜む濃霧をめった打ちにした。
 そんなモノ、どこ吹く風とばかり。
 背後から、スペードのクイーンが森の湿地を黒いハイヒールで踏みつけながら、登場。
 スケスケの黒いドレスに身を包んで、確かにその姿は禍々しいまでの美貌に黒光りしている。
「あなたが、そんな戯言ほざいていられますのも、キングからあなたを連れ戻すよう、お願いされたからです。帰って、柴犬の散歩、しましょう。スペードでは、クイーンじゃなく巫女さんですけど。おーほっほっほっほ!」
「銀の首輪!」
 いつのまにか、わたしの首に巻きついている。
「あんた、ブタ君じゃなく、最初からわたしが狙いだったのね」
「ブタの彼氏君は、わたしくの好みではありません。あんなのを調教したところで、ただの肉の塊。保存食にもなりませんわ。さ、キングの所へ帰りましょ。わたくしの犬ちゃん」
 女王様に銀の首輪を締めつけられて、四つん這いの屈服状態に。
 キィー、久しぶりの屈服ー。これが、ぜんぜん! 逃れられないんだなー。
 またまた、お父さんの手下に逆戻りか。
 そう思って、泣き出しそうな吠え面を、撫でる風が吹きすさんだ。

「これが、スペードのクイーンの抗えない欲求ですか? こんなものが? だとしたら、スペードのクイーンも、まるで大したことはない。我ら、世界を背負って戦うハートが恐れるに足らず。あなたは、ただの我欲まみれのエゴ女王にすぎず」
「あら、ジャック様、生きてらっしゃいました?」
「そうです。あなたの幻術に対して、こちらは、あなたの願う幻視風でなびかせていました。そんなにも、スペードのキングに承認欲求を満たしてもらいたいですか?」
「あ、あなたが、セブンに魅了されているような、恋愛おままごとと、同じにしないますな!」
「僕がセブンに魅了されている? 本当にそうだとしたら、僕はとっくにあなたの幻術の中で、首を撥ねられていたでしょう。幻術使いならわかるでしょ?」
「おやめなさい! この女王に上から物申すモノは、許しません。何人たりとも」
「クイーン。捨てたのですよ、とっくに。幻術は、その者が渇愛するものを現して惑わす」
「知れたことですわ!」

 再び白い濃霧が辺りを五里霧中に。
 セブンちゃんが霧の中から現れて、ジャック君と抱き合う。
 それを鎌首もたげて、待ち構えていたスぺードのクイーン、今度は二人もろとも首を撥ね飛ばした。
 しかしジャック君が、そんな白い濃霧を幻視風で吹き飛ばすと、スぺードのキングが現われて、女王様はキングの前に跪く。
 そんな二人もろとも、ジャック君は袖から真横に飛び出した鎌で切り裂きジャック!
 そして、またそんな切り裂きジャック君を、スペードのクイーンが切り裂いてって。
「いいかげんにしろー! 堂々巡り、勝負つきませーん!」
「ハア、ハア、ハア、ハア」
 暗い樹海の中、二人の荒息だけが響き合い呼応している。
「やはり、女王、あなたも本物の幻術使いですね」
「おほほ、ジャック様こそ」
『捨てねば、ならない』
 同時に同じセリフを吐いて、一方は霧の中に、もう一方は吹きすさぶ風の中に消えた。
「渇愛して、止まない。人は、どうしてもそれを手に入れたい」
「そうですわ。手に入らなければ、入らないほど」
「そこを幻術使いは、読み取って甘い幻を見せ、翻弄する」
「ジャック様は、幻視風に。わたくしは霧に。わたくしたちは常に渇愛を見て、幻を描いてしまう」
「だから、幻術使いは、真っ先に捨てなければなりません。愛する者を。敵とは言え、それができたスぺードのクイーン。あなたを敬愛します」
『全ては、愛する者のために!』
 また、二人の声が一つになって重なった。
「もう辛いから、やめろっつうの!」
 真空で、この闘いを差し止め。
 辺りを、濃霧と幻視風もろとも、真空の無で吹き飛ばす。

「おーほっほっほっほ! 楽しかったですわ。ジャック様、久しぶりに分かり合えて」
「僕もですよ。クイーン」
 スペードのクイーンがドロンすると、毅然としていたジャック君が、ドサリと倒れた。

最終話 最終話なんだから。

「ジャック君! だいじょうぶ?」
 ジャック君は、苦しそうに息している。なんとか、息だけしている感じ。
「く、クイーンこそ、だいじょうぶ、ですか?」
「こんな時に人の心配してる場合か! あんな切なーい戦い、見せつけちゃって。ホントはジャック君。冷たくあしらってるけど、大好きなんだね。セブンちゃんのこと」
「そ、それは、ぜったい、言わない、で」
「ジャック君!」
「もう、ムリですブヒ! 首が半分切られてるブヒ」
「それだけ、女王様の幻、ガチリアルだったんだよ。ジャック君、顔に出さなかったけど、セブンちゃんの幻に一瞬心許しちゃったのね、うえーん! ジャック君可哀そう。セブンちゃんも切ないよー」

 すると糸の切れた、ぐったり操り人形みたいなジャック君の体が張りを帯びて、立ち上がる。
 当のジャック君は、目を閉ざしたまま。
 操り人形の切断された糸が修復されてゆくみたい。ジャック君の半分に切断された首がどんどん塞がってゆく。
 よく見たら、辺りの落ち葉を舞わせ、ジャック君の周りを気流が描いている。
「風?」
「ぶうううー!!」
 隣で苦しそうに喘ぎながら、息しているブタ君を見てビックリ!
 その口から吐き出す息がジャック君へと吹きすさび、その風がジャック君の切断された首を治癒している。
 しかも、有害なガスが溜まって膨らんでいたように、体内の風を放出するうち、ブタ君はどんどんスリムなハンサムガイに変身。
 ブタ君が最後の息まで吐き終えると、どさっと倒れたジャック君が、嫌な夢から目覚めたように目を開いた。

「ジャック君! だいじょうぶ?」
 切断されかけた首に気をつけて、ジャック君の頭を膝枕する。
「こ、これは?」
「ブタ君が治してくれたの! 不思議な風で。もうびっくりよ」
「そうか、これがエイトの能力。あれだけエイトを叱責しておきながら情けない。最初の攻撃で、僕は首半分持っていかれてしまったんです」
「そんな状態で、よく、は!」
 ぜんぶ、遠隔でセブンちゃんに聞かれていることに気がついた。
 弟君の幻視風吹かせて、セブンちゃんを操っていること。
 エースの幻を見せないと死ぬ、とかジャック君言ってなかったっけ? ヤバ。
 足元に転がる通信ヘルメットをおそるおそる見下ろす。
「え! そうだったのね?!」
 案の定、ヘルメットからセブンちゃんの悲鳴が。
「クイーン! 早く戻ってきて!」

「セブンちゃん、操られてた気持ちはわかるよ。わたしも首輪でお父さんに操られてたから。でも、あのサドオヤジと違って、セブンちゃんの場合、ジャック君の愛からなんだよ。そこらへんとこ理解してあげて」
「クイーン! お子さんに繋がる情報が見つかったの。早く戻ってきて」
「なんですって? ティラミス!」
 さっきまで心配していたセブンちゃんの声が、逆にわたしを心配している。
 その暗い声のトーンに、ジョーカーが見え隠れして、急いでナギナタに舞い乗った。
「エイト、行くぞ」
 ジャック君が、ハンサムガイになったブタ君を引っ張り、後部シートに乗せてわたしに続いた。
 
 ぬめる湿地をえぐりながら、急いでシェルターへ舞い戻ると、入り口の前でセブンちゃんが、心配そうにわたしたちの帰りを出迎えてくれた。
 セブンちゃんの心配する眼差しの先で、漆黒のワゴン車が静かにアイドリングしている。
 運転席で、シルクハットを被った男が、帽子のつばに隠れてもなお、ギラつく鋭い眼光でこちらを射抜いてくる。
 お父さんの車。
 お父さんが入ったであろうシェルターが、恐ろしい牙城に見えて立ちすくんだ。
 が、苦痛で徹底的に仕込まれた首輪は、今外れている。
「お父さんが、待ってる」
 セブンちゃんが今までにない、令嬢でも迎える対応でわたしを中へ促した。

「待て! セブン」
 後ろからブタ君をのせたジャック君が追いついて、わたしの元へ駆けつける。
「クイーン、不用意に入らないほうがいい。みんなスペードに操られているかもしれない。例の薄汚い方法で」
 ジャック君は言いながら、内ポケットに忍ばせたナイフをワゴン車の後部にかかった靄に投じる。すると、靄からナイフがわたしに反射して危うくよけた。
「おーほっほっほ!」
 スペードのクイーンが、靄をクリアにして、その美貌を露わに登場。
「まったく、とんだ恥さらしですわ。キングに直接足を運ばせてしまいました」
「それで、雲隠れ、じゃなく、霧隠れですか?」
 ジャック君は、クイーンに切断されかけた首をさすりながら皮肉った。
「だから、争いはやめようよ! また、太るから」
「あら」
 セブンちゃんが、バイクのリアシートに跨る、ハンサムガイのブタ君を見て目を輝かせたのも束の間、暗い眼差しをわたしに向けて言った。
「クイーン、中でお父さんとキングが待ってるから」
 それだけ言い残して、シェルターの奥へ寂しい背中を向けて立ち去った。
 その寂寥が、エースの幻にかどわかされていたことにあるのか、わたしの境遇にあるのか。
 わたしは、その理由が前者であることを願う。
 胸を吹きすさぶ、この妙な胸騒ぎはなんだろう?
「ティラミス!」
 わたしは、駆けってセブンちゃんの後を追った。
「クイーン! みんな操られているかもしれない」
 背後からジャック君にたしなめられた。
「真実を前にたじろいだりして。それでもあなた、真実さえ跪くクイーンなのかしら?」
 スペードのクイーンが、その美しい横顔に冷笑を浮かべたその時だ。

 ティラミスのお父さん。
 あの人が、いきなり現われた。
 車椅子に座しながら、虚空を見つめるあの人を、突然目の前にしたわたし。
 柄を握って、車椅子を転がしているのは、わたしのお父さんだ。その隣に、憂いの表情を浮かべたキングも立っている。
 わたしのあの人、夢にまで見た馬場さんだけれど。
 わたしにさえ気づいていないような虚ろな目をして、呆然と座っている。
「紹介しよう。我々が最も恐れていた人物。彼がジョーカー、いや、正確にはジョーカーだった人物だ」
「久しぶりですね。我が愛娘。吸血鬼というものも、こうして死ぬとは」
 お父さんが、いつもの皮肉めいた口調で、わたしに見向きもしないで言った。
「馬場さん!」
 わたしは、ステップを踏み飛ばして愛しの馬場さんにしがみつく。

 白い病室、ベッドで横たわっているしかない体で、来る日も来る日も待った。
 窓の奥に広がる暗い森に、馬場さんの姿を映しだして待った。

「必ず、迎えにくるから」
 馬場さんは、ティラミスをわたしに託して去っていった。
 血の病気があるからと、わたしに輸血をすすめたのは馬場さんだ。
 記憶の点と点が結びついてゆく、この感覚の奥にある真実の塊をわたしは見たくない。
 わたしは馬場さんによって、吸血キィーにされた。 

「彼はQカンパニーの医師として、我々組織の中に紛れ込んでいた。ジョーカーは、トランプの何者にも化けられるということだ。Qカンパニーのボスを傀儡にして、輸血用血液を吸血キィーに提供していたのだ」
 サングラスよりも固く、眉間にシワを寄せながらキングが言う。
 その眉間の深いシワに、ここにいたるまでどれほどの仲間たちの犠牲があったか刻み込まれている。
 殉死した仲間たちの魂を背負い、ジョーカーの支配を阻止するべく立ちはだかるキング。
 ジョーカーを得て、世界の覇権を握ろうとするお父さん。
 この二人に挟まれ、すさまじい情念が交差する狭間に、わたしと馬場さんはいる。
 そんな濁流の最中にあっても、虚ろな馬場さんとわたしの思いは、たった一つ。
 ロウソクの最後の灯りが消えたようにがっくり、馬場さんはうなだれた。
 わたしに最後のメッセージを残して。

「おもしろいものですね。不老不死の吸血鬼が、人を愛すと死ぬことになるとは。それで、ジョーカーの遺言は?」
 ワゴン車の運転席から、シルクハットの男が透明人間みたいにドアを通りぬけて、地面に降り立ち、鋭い眼光でわたしを射ると、金縛り状態に。
「ここで、やるつもりなのか? スペードたちよ」
 聖なるキングがサングラスを外すと、森がざわめき、木々が波うつ。

「死に際、音ではないメッセージで残したのは、ジョーカーの後継者である子供の居場所。つまり、この世界で唯一現存するジョーカーの居場所です」
 体内の真空をいっきに炸裂させると、シェルターが八つ裂きになって割れた。
「ごめん! セブンちゃん!」
 ナギナタに飛び乗って、ただただ逃げる。
 いや、あの人と約束した。
 ティラミスを取りもどしに向かうのだ。
 
 爆風で真空をかわそうとしたキングだが、真空の性質を許し、体に傷を負って跪いている。
 ごめん、ごめん、ほんと、みんなごめん!
 お父さんは、粉みじんに刻まれて、地べたの上で、溶けると、シルクハットの男が、お父さんになる。
 スペードのクイーンは、滑らかな白い頬につけられた傷の血を舐めると、蛇の目でわたしを呪い、ジャック君が白バイで猛追してくる。
 それでも、わたしは向かう。
 愛するティラミスの元へ。
 わたしの世界のすべてが、そこにあるのだから。

ー完ー