『おばちゃんですが、この度若い娘さんに転生しました!』
星野☆明美著
その他
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おばちゃんはね、おばちゃんになりたくておばちゃんになるんじゃないの。でもあれれ?50歳の誕生日に奇跡が起きた!?目 次
第一話
プロローグ
もうすぐ50代。バツイチ、子どもなし、生活は中の下。
ここのところネガティブなことを考えてしまう。更年期障害?
どんなに頑張って財を成しても、子どもがいないのよ!私が死んだらなんにも残らない!
布団にすがりつき、おいおい泣く日々。
そして、誕生日の朝事件は起こった。
せんべい布団に寝ていたはずが、品の良いベッド。立ち上がっても膝の痛みはなく、身体が心なし軽い。
鏡を探して洗面所へ行く。
「これが……私?」
映ってるのは美人というよりは平凡な感じの、笑うと可愛らしい女の子!
「しずく。またなんとかごっこしてるの?」
だだだ誰?
若い男。上半身裸で、下はスェットを穿いている。
思わず鼻血がたらり。
「あんた誰?」
「はあ?」
「だから、どちら様?」
「お前の兄ちゃんだー!!!」
ぐしゃぐしゃぐしゃぐしゃ。髪をかき回される。
「わ!ばっちい!なんで鼻血出てんの?」
「いいから早く服を着ろ!」
「なんで兄弟で興奮するかなー?」
「ほっとけ!」
私はタオル掛けからフェイスタオルをとると、顔に当てて天井を見た。
これはどうしたことだろう?
流行りの転生しちゃったかしら。
1☆挙動不審
「健一、どうかしたの?」
「母さん!しずくが、おかしいんだ」
「どんな風に?」
「名前を聞いてきて、今更なんで自分の兄貴の名前聞くのかもおかしいけど、『ケンイチ!ケンイチうじどの!拙者忍びの者でござる。ニンニン、』とか言い出して……」
「ああそれ、藤子不二雄の忍者ハットリくんだわ。懐かしい」
「なんで母さんの懐かしいものをしずくが知ってるんだよ!?」
「あらそーいえばそーね。でも最近では昔の番組配信してるところもあるし」
「朝っぱらから俺の裸見て鼻血吹いたんだぜ?」
「裸って、下も穿いてなかったの?」
「ばっ」
健一は真っ赤になった。
「穿いてたよ」
「じゃあいいじゃない」
しずく、つまり私は兄と母のやりとりをこっそり見ていた。
「おい、しずく」
兄から声をかけられて、かさかさかさと逃げようと思った。(ゴキブリか?!)
「早く支度しろよ!学校行くぞ」
「えっ?一緒に行くの?」
「お前、対人恐怖症だろ」
知らない知らない。
慌てて部屋へ行き、学生カバンを開けて中を見てギョッとする。空っぽだ。教科書もノートもない。
学習机の引き出しにはアイドル歌手の切り抜きがわんさか入っているし、参考書もない。
使っていないため新品同様の英語の辞書と国語辞典をとりあえずカバンに放り込む。
制服は紺のブレザーにエンジのリボン。
「お待たせ」
「……今日は早いんだな」
「えっ?」
「いつも遅刻ギリギリまで髪型が決まらないだろう?」
お湯で湿らせたタオルでついた鼻血を拭いて、ただ櫛でとかしただけだった。
「スカートも丈が長い」
だって、せっかく似合うようにオーダーメイドで作ってあるのにわざわざたくし上げなくてもいいじゃない。
「ま、いっか。行くぞ」
「はい。ケンイチさん」
ぶっ。健一が思わず吹き出した。
「あのう、なんてお呼びすれば?」
「お兄ちゃん、で良いだろ」
「はい。お兄ちゃん」
なんか、嬉しかった。
2☆さらに挙動不審
電車に揺られて二駅。健一が降りたのでついていく。
カバンにぶら下げた定期入れで改札を抜ける。
「ちょっと待て」
いきなり立ち止まるので背中に追突する。
「どうしたの?お兄ちゃん」
「お前の学校はあっち。俺はこっち」
えー、道わからなーい!
まごまごしている間健一は待っててくれる。
「人見知り激しいからなぁ。大丈夫か?」
そうじゃないんだけど、上目遣いで健一を見る。
「私もお兄ちゃんの学校に行きたい」
「えっ?」
「お兄ちゃんの彼女とか見てみたい」
「ばっかいえ!彼女なんていないぞ!俺んとこ男子校なのにいたら大変だ!」
「まーまーまー、お兄さん。それじゃ私をそのワンダーランドに連れて行って妹じゃなくて彼女だと紹介してみませんか」
「マジか!?頭どうかしちまったのかよ!」
「じょーだん、じょーだん」
半ば本気だった。健一も見た目平凡な感じなんだけど、笑うと可愛いのだ。どんな学校生活か興味深々だった。
「馬鹿言ってないで、行ってこい」
ここら辺、ほんとうにお兄ちゃんだなあ。
「は!了解しました。軍曹殿」
敬礼してくるりと回れ右。
要は同じ制服の女の子について行けば学校までたどり着くって寸法だ。
女子校かな?共学かな?どっちにしてもかわいい子いっぱいいそうでワクワクする。
人生で1番いい時期じゃない。
空を見上げる。風が髪をなぶる。
忘れてた。私もそんな季節を送ってたこと。
お、紺のブレザーにエンジのリボンみっけ!
突撃開始!
3☆あちらが挙動不審
変だな〜尾行してる女の子、人波から外れて閑散とした通りに出た。
これは、学校にたどり着けない予感。
しかし、彼女はどこへ向かってるんだ?
やがてビルの一角の喫茶店に入って行った。
私も入るか?いや、所持金が乏しいからやめとこ。
「おい」
きゃっ!
振り向くと、
「お兄ちゃん!なんで?」
「ただでさえ心配なのに、今日はメガトン級におかしいから後をつけてみれば、やっぱりなんかおかしいし」
はー。大きなため息。
「あのね、同じ制服の女の子の後をつけたらここの喫茶店に入ってった」
「ここ?」
「うん」
さっと電信柱の陰に引っ張られる。
話し声。
さっきの女の子と知らないおじさん。って、女の子の方も知らないんだけど。
おじさんが財布から万札5〜6枚出して女の子に渡す。
「もしかして援助交際?」
「かもな」
お兄ちゃんとこそこそ話す。
「どうする?」
「邪魔する」
「オッケー」
おじさんと女の子に追いつくと、私が女の子の手を取り引っ張っておじさんから引き離す。
「彩菜ちゃん、その子誰?」
おじさんが追い縋ってくる。
「おっさん、待てよ!若い女に金で言うこと聞かせて恥ずかしくねーのか?」
お兄ちゃんがおじさんの行手を阻む。
「彩菜ちゃん、どういうことだい?」
おじさんはお兄ちゃんを無視しようとした。途端に右ストレート顔面ヒット。お兄ちゃんやるぅ。
「きゃー!坂崎さん!」
彩菜ちゃんは私を振り切っておじさんの元へ。あり?
「君たちなんなんだい」
おじさんが顔を押さえてわめいた。
「えっと、援助交際かと思って……」
「違います!この人は弁護士さんで、離婚した両親からの仕送りを届けてくれたんです!」
あちゃー。 私とお兄ちゃんはコメツキバッタのように謝った。
第2話
4☆やっぱり挙動不審
「でも、仕送りを手渡すのに財布からむき出しで数万円って変ですね?ふつー封筒とかに入れて渡すでしょ」
私が素朴な疑問を口にすると、彩奈ちゃんと坂崎さんがあからさまに動揺した。
「それに、仕送りなら彩奈ちゃんの口座に振り込んで貰えばいいわけだし、なんで手渡しなんですか?」
「それは、あのその……」
「警察に行きましょう。うちのお兄ちゃんも傷害罪だし、そちらも叩くとホコリが出そうだし」
私がそう言うとみんな真っ青になった。
「すみません。援助交際してました。見逃してください」
彩奈ちゃんと坂崎さんが土下座までして謝った。
「んーどーしよっかなー」
ふふふふん。
「お兄ちゃんの暴力はこの場合、正当ですよね?じゃあ、見逃す代わりにこれください」
指でお金のジェスチャーする。
「全額くださいとは言いません。口止め料に2万円」
わー。彩奈ちゃんと坂崎さんがお金を押しやると脱兎のごとく逃げ去った。
「はい、お兄ちゃん。半分」
「し、しずく……」
お兄ちゃんは蒼白のままやっとそう言った。
「これで私も共犯!彩奈ちゃんて娘は同じ学校らしいから利用価値が……ゴニョゴニョ」
「お前いつからそんな性格になったんだ?!」
亀の甲より年の功?
くすくす。
「こえーよーかーちゃーん」
お兄ちゃんがひろひろしながら握らせた一万円札に目をとめて、うへへへへ。と笑った。壊れたな。
「それより、ここどこ?」
学校は?
5☆こちらも挙動不審
「うーん」
「どうかしたのか、しずく」
「犯罪に手を染めてしまった」
「後悔、してんの?」
「うん」
「そっか。だがこういうあぶく銭はぱあっと使ってこそ浮かばれると、兄ちゃんは思う」
あんたも性格変わっとりゃせんかい?
お兄ちゃんはゲーセンでクレーンゲームがしたいと主張した。
2人で市街地のアーケード街をぶらぶら歩く。
「君たち、高校生だよね?学校は?」
わ。補導だ。大人が数人で私たちを囲い込む。
「いろいろあって今日はまだ行ってません」
「もうすぐお昼だけど、午後から行くの?」
「行ければ行きます」
「行けない理由があるの?」
「行こうとすると、今日に限って邪魔が入るんです」
「カバンの中見せてくれる?」
「はい」
私のカバンの中には英語の辞書と国語辞典が入っているので、大人は鼻白む。
お兄ちゃんのカバンはぺったんこ。
「最近の若い子は教科書みんな学校に置いていてろくに勉強しないんだよな」
そうか、それで家に教科書がなかったのか。
「なんで辞書持ち歩いてるの?」
「勉強しようと思って」
ボリボリボリ。おじさんが頭をかきむしる。
「こっちの男の子ふつーだから特になんてないんだけど、こっちの女の子、どうもひっかかる」
「なんで?!」
逆じゃないの?
「私……用事があるんです」
「逃げない逃げない」
「そうじゃなくて、そこの教会にお祈りに」
「星学ってカトリックだっけ?」
星学って高校の名前かな?
「そうじゃないです。でも、懺悔に行かないと、この胸が罪の意識でつぶれてしまいそう」
「はあ?」
「学校に行きたい!でも行けない!私の存在自体が罪」
おかしなこと言って逃れるつもりか?という意見とこの子やばいんじゃ?という意見でざわつく。
「まあ!あそこに黄色い小鳥がいる」
本物の不良集団に鉢合わせた。
脱色した髪が薄い黄色。集団で移動。改造制服。
どうする?あっちが優先!補導員たちはわらわらと向こうに走って行った。
ギャーギャー大騒ぎ。
その隙にお兄ちゃんとこそこそ逃げ出した。
「本当に教会に懺悔に行くの?」
「なんの話?」
「そりゃそーだよな」
「お腹すいた。なんか食べよう」
「そうだな。しずく、いつも1日500円玉一枚のお小遣いで食費もそこから工面してるから、たまには豪華にいくか」
「うん」
ビルの3階の焼肉屋さんに入った。
6☆そちらも挙動不審
じゅうじゅう。特上カルビが焼ける。
お兄ちゃんがトングでひっくり返す。
「死んだ父さんに食わせてやりたかったなぁ」
「えっ」
お父さんいないの?
ポロポロ。不憫で涙が流れた。
「……お前、ほんっとーにどーしちゃったの?」
「だって、えぐ。お父さん亡くなったって、ぐすん」
「昨日酔っ払って帰ってきた男は誰なんだよ」
「だましたなー」
ぷんぷん。
お兄ちゃんがじっと私のことを見つめた。
「お前、誰だ」
「……しずく」
「そうじゃないだろう。俺の知っている妹は気弱で、おどおどしていて、やっとこさ生きてたんだ」
「わ、私、やっとこさ生きてる!」
「嘘こけ!それに知っているはずのこといろいろ知らないし、もしかして」
「もしかして?」
ごくり。
「記憶喪失か?」
「あははは」
もっともらしい結論に思わず笑っちゃった。
「おかしくない!」
「ほら、お肉焦げてるよ」
「おっとっと」
「実はね、転生したの」
「小説の話か?」
「ほんとうだよ。本当は50歳のおばちゃんです」
「ふざけるのも大概にしろ!」
あーあ、怒っちゃった。
「ねー、お兄ちゃん」
「なんだよ」
「お肉美味しいね」
「……」
「おばちゃん、今日転生したばっかりで、何にも知らないのよ。健一くん、いろいろ教えてください」
「何が狙いだ?」
「この人生を有意義に生きること」
「妹を返せ」
「私の中の奥底で丸まって眠っているの。いつかしずくちゃんに勇気が湧いたらいつでも私は出ていくから。それまで、できる限り人生を謳歌したいの」
お兄ちゃんは渋面で無言でお肉を食べた。
会計の後、両肩に手を置いて私と向き合うと、「犯罪だけはダメだ。今回は目をつむるけど、しずくが戻った時困らないようにしてやってくれ」と言った。
「もちろん」
私はうなづいた。
7☆無視
翌日。
お兄ちゃんに駅から星川学園大学附属高校までの地図をスマホで出してもらって、なんだこの手があったか!と額を叩く。
大丈夫か?と心配そうだったけど、にかっと笑って「グッドラック!」と言って別れた。
学校に着く。共学だ!青春だ!あ、でも、お兄ちゃんから「間違っても傷物にするなよ」と念をおされているので、恋愛に没頭するわけにいかないんだなこれが。
プラトニック……。いいんでないかい?
1年3組の出席番号3番。卯月しずく。
靴箱を探す。蓋を開けて上履きを出すと、なにか落ちた。
手紙
差出人の名前はなし。3日後の放課後屋上で待つ、とだけ。
んー、どーしよーかなー?
これがラブレターならしめたもんなんだけど、果し状の場合は厄介だ。
「様子見かな?」
にっこり。相手の出方を見てみましょ。
3階の教室のドアを開く。
「おはよー!」
教室の中にいた数人が固まった。
ん?
だれもおはようって言わない
「やーねー、おはようは?」
「お、おはよう」 メガネくんがやっと返事してくれる。他はみんな無視。……なんかあったのかな?しずくちゃん?だから閉じこもってしまったの?
第3話
8☆職員室
「卯月、ホームルームの前に職員室に来いって」
「あ、はい」
なんだろう?
校舎のど真ん中に職員室。二階に降りて、1年の棟から2年の棟へ渡り廊下を渡る。
わあ、私、女子高生だわ!キャピキャピしたくなる。こんな感じ、何十年も忘れていた。
「おはようございます!」
大声で挨拶して、お辞儀してから職員室へ入る。
「卯月、こっちだ」
バーコード禿げの先生に呼ばれる。担任らしい。机に1年3組副担と紙が貼ってある。吉岡先生だ。
「おはようございます」
「おはよう。卯月、さっそくなんだがなぁ、昨日なんで学校休んだんだ?」
「えと、病院に行ってました」
「具合悪いのか?」
「ええまあ」
「その時にだ。街で補導されんかったか?」
あちゃー。あれか。制服に名札と校章のバッジとクラスのバッジつけっぱなしだったから目ざとい人が覚えていて学校に連絡したんだろう。
「されました」
「他校の男子生徒と一緒だったか?」
「兄のことですか?」
「兄?ほんとにお兄さんか?」
「嘘言ってどーするんです」
「茶屋高は男子校で男女交際禁止なんだろ?」
「何が言いたいんですか?」
「ほんとは彼氏じゃないのか?」
「そんなわけないじゃないですか。せっかく共学なのに、なんでわざわざ他校の男子生徒と付き合わなきゃなんないの?!」
「……。これは先生悪かったな」
「はい」
「行っていいぞ」
「失礼します」
その頃、お兄ちゃんの方も学校で呼び出し食らってた。妹だって証明するために学園祭に呼ぶと言ったらしい。(やったね!)
9☆ニアミス
「昨日はどこへ行ったかと聞いてるんだ!」
おっと。職員室の一角で2年の先生が大声をあげている。ひょこっと覗くと、彩奈ちゃんだあ。
しぼられてるけど、馬耳東風って感じ。
「昨日は病院で一緒でしたよ」
「そう、病院、って?!」
彩奈ちゃんと先生の間にちゃっかり居座る。
チャイムが鳴る。
「ホームルームですよ、先生。彩奈先輩解放してあげてください」
「お前はなんだ?」
「通りすがりの者です。ホームルームに遅れるのでこれで!」
すちゃ。右手で挨拶してとっとと職員室から飛び出す。
「ちょっと!」
彩奈ちゃんが追いかけてくる。
「余計なことしなくていい!」
「なんのことやら?」
私はすたたたたと1年の棟へ急いだ。
あの娘もなんか問題抱えてそうだなぁ。援助交際バレたら退学だろうし、ちょっと様子見しよう。
「卯月!急げ」
おっと。イケメンの先生が呼んでる。あれが担任?
教室に飛び込むと、窓際の自分の席に座る。
今日の伝達事項もイケメンが話すとうっとりしちゃう。後ろにバーコードが控えているけど、これはあれだな。新人教育の一環かな。若手が指導して至らないところをベテランが補うってやつ。
そっと周りを見回すと色白の肌ツヤツヤの子ばかり。
ぶ。
「どうした、卯月?」
「はなぢ、でました」
出血大サービス。みんながポケットティッシュカンパしてくれる。
「ずびばぜん」
刺激強すぎ。
10☆壁ドン
選択科目で教室移動だった。三クラス合同で、わけわかんない!
とりあえず1組の教室へ入った。
「おい、しずく」
何?!いきなりの壁ドン。
相手をジロジロ見てみる。
整った顔立ちの男子生徒。自分に自信があるのか積極的。
「きゃー、いやね」
女子から変な目で見られる。これは、よろしくない。
「あんた、誰?」
うまくドスの効いた声が出た。
「誰って……」
思わず及び腰になる男子生徒。名札は1年1組濱口。
「靴箱の手紙見たか?金曜の放課後に屋上」
こいつか。
「行きません」
「なんだって?」
「行かないの」
「そりゃ困る」
「ごしゅーしょーさま」
押しのけていこうとする。
「お前、ほんとにしずく?」
「そうですけど、何か?」
へっ、と言って濱口は教室から出て行った。
「卯月さん、大丈夫?」
おとなしそうな女の子が声をかけて来た。
「あいつ、気の弱い子ばっかり声かけるんだよね」
1組前田さん、か。
「最低だね」
「ほんと、最低!」
しずくちゃん、お友達候補いるじゃない。良かった。
「呼び出しでしょ?行くといろいろ勧誘されそう」
「ほんとう?」
「近づかない方がいいよ」
「うん。ありがとう」
勧誘、勧誘っと。宗教かな?マルチかな?ろくなものじゃないだろうな。
ほへーっと息をついた。
11☆四捨五入
「吉岡せんせーい」
職員室を覗くと、バーコード禿げの吉岡先生がいた。離婚した夫もバーコード禿げだったから、なんか親近感わくのよねー。
「なんだ?卯月」
「数学のわからないところ教えてください」
「おいちょちょちょ。何があった?」
「だからー、わからないところの質問です」
「苦節40年。まともに勉強せんやつばっかり相手してきて、夢でも見とるんかな」
「早くしないと休み時間終わるう」
「わかったわかった」
一通り解説してもらう。
「で、こうなる。Xの値は不等号で示された範囲だから……」
「0、1、2?」
「正解!」
んーなんとなくわかったぞ。
「そーいえば、先生。金曜日の放課後に屋上に呼び出しくらったんですよ」
吉岡先生が眉をひそめる。
「他の娘が言うには、勧誘とかがあるっていうんですけど、ここの学校、宗教勧誘とかマルチ商法とか、大丈夫ですか?」
「そーゆーのは校則で禁じられとる。生徒手帳よく読め」
「じゃあ、何の勧誘?」
「……多分、四捨五入だろう」
「なんのこと?」
「部活をやるには部員が5名以上いないとだめなんだよ」
「部活の勧誘かあ!!」
「誰に誘われた?」
「1組の濱口くん」
「あー。あいつらバンドくみたいって言っとった」
バンド!
なーんだ。
第4話
12☆トイレ
お昼休み売店で競争してやっと買ったチョコチップメロンパン。そして数少ない自販機のコーヒー牛乳。
足りない!!!でもこれで持たせなきゃ一日に五百円もらえるかもらえないかの身分としては、贅沢いってらんない。
しずくちゃん、これじゃ元気出ないよね?へろへろだよね?
理科棟の人気のない女子トイレに行って鏡を見る。青白い顔。唇も薄紫。洗面台で水を両手にすくってごくごく飲む。もちろんばっちくないように洗面台は洗剤で念入りに掃除した。
ここ、人が来なくて居心地いい。
とか言ってたら、人の声が近づいてきた。
トイレのドアが開く前に間一髪個室の一つにこもった。
「前田〜、ほんとに金曜日バンド部員になりに来てくれるの?」
前田?1組の前田さん?
もう一人は誰か知らない女子。
「うん。濱口くんたら、3組の卯月しずくを呼んでるみたいだけど、卯月にその気はなさそうだったし、私が入ってボーカルやるの!」
あーりゃりゃ。お友だち候補だと思ったんだがなぁ。私の目も曇ったかな?
ジャーゴボゴボ。水だけ流して個室から出る。
「そーなの?頑張ってね前田さん」
にかっと笑って手を洗う。
気まずそうな前田さん。
「あの、卯月さん」
「何?」
「ごめんなさい」
いきなりうわーんと泣き出す前田さん。私が泣かしたみたいだ。高校生はデリケートなのか?それともそういう娘?もともとおとなしそうだったし。
「あやまんなくていいよお。前田さんの当然の権利だし、もっと堂々としててよお」
「卯月さんは金曜日どうするの?」
もう一人の娘が聞く。
「私、その日用事あるんだ」
「嘘でしょう?」
「なんで!?」
「屋上で鉢合わせたらどうすんの」
「ほんとに用事!お兄ちゃんとデート」
「え?」
「本当のお兄さん?それとも彼氏いんの?」
2人からすごい剣幕で尋ねられる。
「本当の兄貴!」
「……」
キンコンカンコン
「やっば!遅れる」
3人ともトイレから飛び出していった。
13☆エリザベス・ピー
「あと1時間〜」
よりにもよって体育の授業。校舎の周囲を十周。脳に酸素が足りない……。とにかく陸に上がった魚みたいにぱくぱくしながら深呼吸。走ってるつもりでよたよた歩いてる。しずくちゃん、今度からパン2個は食べようか?背に腹は代えられないし。男子に何周も追い抜かれて悔しい。
お兄ちゃんも五百円でやりくりしてるって言うけど大丈夫かな?
「はあー、しんどい」
座り込んで汗びっしょり。
「!?」
なにか、体育教官室から嫌な視線を感じた。身体中ねめまわすような禍々しい視線。
ぶるるい。悪寒に汗が引く。
「卯月」
視線の主が姿を現す。若い教師。でもいやらしい目で私を見ているのがわかる。
「すいません、むこうで担当の先生呼んでるんで」
ざっと立ち上がり猛ダッシュ。どこに隠れていたこの底力?とにかく、逃げろ!
生徒の群れ。キャピキャピして平和そのもの。ほっとする。
ばさばさばさ。
なにか黄色いものが。
「セキセイインコだ!」
「かわいい」
私、転生するときにセキセイインコ飼ってた。あの子ほったらかしてなんてことだろう。私がいなくなったら死んじゃうかしら?
「卯月さんの方に行った!」
「ぴーちゃん」
右手の人差し指にとまらせて、話しかける。慣れているのかゴニョゴニョ喋りそうな気配。
「鳥かごがあったから取ってきます」
女の体育の先生が教官室まで走っていった。
エリザベス。
なんかそんなふうに聞こえた。
「いやいや、あんたはぴーちゃん」
エリザベス。エリザベス、ピー。
なんちゅう名前だ?!
あはははは!
私は腹から笑った。
14☆痴漢
学校から駅までの道をふらふらよたよた。途中、ひと気のない場所に差しかかる。
ドルルルル……。
排気音。バイクかな?早く追い越してくれればいいのに、のろのろ背後から近づいてくる。
「!?」
一瞬、何かわからなかった。
胸を触られてる!!
バイクの男を見ると、フルフェイスのヘルメットで顔がわからない。
「……っなにすんのよ!」
持っていた鞄で男の背中を一撃。睨みつける。
ゆっくり前に走り出すバイク。
追いかけてって横から蹴り入れたろか!バイク壊れたらいいのに!
待って待って。冷静に。男が逆上したらしずくちゃんが危ない。
次の角から人が来て、男は慌てて逃げてった。
悔しい!
非力な高校生を狙って、最低野郎。
頭に血がのぼる。
駅に着くとしばらくしてからお兄ちゃんが来た。
「今日は大丈夫だったか?」
「それがね、もう踏んだり蹴ったりで」
「大変だったな」
頭をくしゃっと撫でてくれる。健一くんはいいお兄ちゃんだ。
「私、男の人大嫌い!だけど、お兄ちゃんは好き」
「おいおい」
お兄ちゃんは複雑そうな表情だった。
「そういえば、学校にセキセイインコの迷い鳥がいてね、うちで飼っていい?」
「セキセイインコ……。お前喘息持ちだから反対」
「えー」
しずくちゃん。知らなかったよ。
「言葉を喋ってね、とっても可愛いの」
「うん。……でもダメ。我慢しろ」
「わかった。……そういえば、500円玉一枚でどうやってやりくりしてる?」
「友だちにたかってるよ」
「そうよねー。じゃなきゃやってけないよね」
「代わりに使いっ走りとか宿題見せたりとかきついけどな」 そっか。私も頭使わなきゃね。
最終話
18☆おばちゃんとしては
ねえ、どうしてあの子をののしらなかったの?
「しずくちゃん!?」
今まで沈黙していたしずくちゃん本人が喋った。ただし、頭の中だけで。
それに、勉強なんてやるだけ無駄だよ!結局みんな行き着くところは一緒だから。
「私はね、ただ、死ぬまでに何にも知らないのは嫌なだけよ。せっかく生まれてきて、勿体ないじゃない」
じゃあなんで途中で他人に憑依してるのよ?
「憑依……?」
そうよ。生まれ変わったわけじゃなくて憑依。
「転生じゃない!!!」
私は混乱した。
どうする?今なら元に戻れるけど。
「元に戻れる!?」
あの50歳に誕生日からまたやり直して続きができる。
私はその誘惑に胸が高鳴った。でも、このまましずくちゃんをほったらかしにしていいものか思い悩んだ。
余計なお世話よ!
「いいえ。私が納得できるまでしずくちゃんについているわ」
なんで?!
「……」
私は学校へ向かった。
19☆出て行くもの
学校に着くと、職員室に呼ばれた。
「あー、そのなぁ、お前が今日遅れた理由だが……」
「……」
しずくちゃんは黙っている。
ずっしりと、なにがきても動じない感覚。私は誤解していたのかしら?ひ弱で縮こまるしずくちゃんのイメージと、今のしずくちゃんとは別人のようだった。
「交番から連絡があって、痴漢の鈴木先生が捕まったって?で、お前が被害者だって。校長が職員集めて周知されてな。鈴木先生はしばらく自宅謹慎。多分辞職されるだろう」
こくん。
しずくちゃんはただうなづいた。
「それから、2年の赤井。お前たち面識があったろ?」
「赤井?」
「赤井。赤井彩菜」
「ああ」
「自主退学したよ。お前によろしくってね」
「ああ、そう」
「……驚かないのか?」
「ええ」
「……」
「……」
「行っていいぞ」
「はい。失礼します」
なんか飄々として、クールな感じ。
ねえ、今日はお弁当のおかずなに買うの?
「ええと、冷凍した鮭の切り身とキャベツだけど」
ふうん。
「しずくちゃんも料理してみなよ。食わず嫌いで、案外やってみたら性に合ってるかもよ。作ってあげたら喜んでくれる人もいるじゃない?嬉しそうな顔を見たくはない?
んー。考えとく。
「これは進歩だ」
るさい。
「ごめん」
廊下から、くるっと向きを変えて女子トイレへ。ポケットからルージュを取り出すと唇に薄くつける。ちょっと、私びっくりしてしまって息をのむ。
おばちゃんが若い頃、化粧しなかったの?
「全然」
じゃあ、社会に出て1番にそれ困らなかった?
「困ったわ」
今から練習。
「ふわー」
ね、私一人でも大丈夫でしょう?
でも……。
!
私、の主導権がしずくちゃんに移った!
「それでも気になる?」
……。
唖然とする私。
「そう言えば、金曜日、私行くから」
行くってどこへ?
「屋上。ボーカルになるの!」
大胆不敵に微笑むしずくちゃん。
鏡に写っているのは炎のように赤いイメージの女の子。
どうなっちゃうの〜?!
20☆カツ丼
「あ、はまぐちぃ」
木曜日。休み時間にしずくちゃんは1組の濱口(壁ドン男)を探し出した。
「なんか用かよ」
「やっぱり金曜日放課後屋上に行く!」
「マジか?」
「うん、ごめんね。この前虫の居所悪くてイライラしてたの」
「そっか。そうこなくちゃ。伝説のボーカルふたたび!ってか」
「買い被りすぎだよ、てっちゃん」
濱口てっちゃん(笑い)。
それにしても、伝説のボーカルふたたびって???
しずくちゃんはてっちゃんと談笑していた。明らかにてっちゃんの視線がしずくちゃんの唇の赤に釘づけなのがわかる。思ってたより純情な男の子と誘惑する女の子だ。私は本当に誤解していたらしい。
「ボーカル志望で、てっちゃんと同じクラスの前田さんも来るから」
「前田?」
「うん、それでね、……」
何やら耳打ち。
「OK。りょーかいした」
てっちゃんが真面目できりりとした顔になる。うわ、いい男すぎて直視できん。
「部員数は多い方がいいしな」とウインク。
じゃあ、と別れて、一人になる。
「おばちゃん、カツ丼って作れる?」
うん。お惣菜でカツだけ買ってきて溶き卵と玉ねぎと調味料でとじてご飯に乗せればできるよ。
「明日、金曜日、お弁当カツ丼にして」
いいけれど、お兄ちゃんのはどうするの?
「お兄ちゃんのも同じやつで!」
はいはい。
しずくちゃんは「決戦は金曜日」を鼻歌で歌いながら生物室に入って行った。
「しずく!ここんとこどうしてたの?顔見せなかったじゃない」
見知らぬ女の子たち。しずくちゃんが言うには同じ中学校出身の子たちらしく、いつもお昼をここで食べていたそうだ。知らなんだ。
「ちょっとゴタゴタしててね。でももうなんとかなりそうだから安心して」
「あー、しずく、お弁当持ってきてる!お母さん忙しくて作ってくれない、ってパンばっかりだったのに」
「親切なおばちゃんが手配してくれた」
!?私のことかいな?
飄々としてるからどんな気持ちでいるのかわかりにくい。
しかし、友だちもいっぱいいるじゃない。心配して損した。
明日。明日私は見届けてから帰ろう。
21☆金曜日
金曜日放課後。先輩達がドラムセットとキーボードとベースを屋上に運ぶのを手伝う。
「卯月さん!来ないって言ってたのに」
前田さんがしかめっ面で駆け寄ってきた。
「ごめん。気が変わった」
「!……ぶつぶつ」
ギャラリーもほどよく入り、てっちゃんがマイク持って仕切り出した。
「ボーカルに相応しいのは誰だ!?それから、部活に昇進できるのか?乞うご期待」
吉岡先生が「もう始まっとるのか?」と聞きながら、誰か連れて来る。誰か……お兄ちゃん!?
「なんでお兄ちゃんここに?」
「来年から茶屋高が男女共学になるから、今年の学園祭を盛り上げるためによその高校に招待状持って使節を送ってるんだ。俺は妹がいるからって言ったらここに派遣されちゃって……バンド部があるんならうちの学園祭のときにゲストで来てもらおうかって話してたんだけど」
がたがた。
?なんだろう
あ、し。
しずくちゃんの足ががたがた震えてる。
「無理!お兄ちゃんの前で歌えない」
なんじゃそりゃ?大勢の前なら大丈夫だったのにお兄ちゃんの前では無理?どういう理屈。
はっとする。
忘れていたけれど、しずくちゃんは気が弱くてひ弱なんだ。虚勢はって別人になろうとしてるけど、本当の自分をよく知ってるお兄ちゃんの前では本来の弱いところが出てきてしまうのかも。
「じゃあ、1年1組前田ヒロコさんからよろしく。曲は『時を駆ける少女』」
歌が始まる。上手。音程もしっかりしてる。
歌が終わる。
心臓がばくばくしてる。落ち着いてしずくちゃん。
「次は1年3組卯月しずくさん。曲はVowWowの『Don’t leave me now』」
うわ。コテコテのロック!しずくちゃん、ほんとに歌えるの?
震える手でマイク握って、ステージに立つ。
私、心配でずっとついておこうか?と聞く。しずくちゃんは本当に最初接触したとき、世を儚んで泣きじゃくっていた。みんなそうなんだよって慰めて、立ち上がる勇気が欲しい、時間が欲しいって彼女は言った。だから、この一週間私はついていた。守っていた。
しずくちゃん、今こそ立ち上がれ!
マイクをぎゅっと握りしめて、重低音の中歌い始める。魂を込めて一音一音歌い上げる。
ギャラリーが聞き入っている。息を呑んで全身に鳥肌立てている。
サブボーカルに咄嗟に前田さんが入る。
しずくちゃんと前田さんはニッコリ笑いあう。
大丈夫だね。もう心配ないね。
ちらとお兄ちゃんの方を見る。健一くん、しずくちゃんをお願いね。
「すごいじゃないか、しずく!」
「お兄ちゃん!」
お兄ちゃんに抱きつくしずく。
「おばちゃんが、帰っちゃった」
「えっ。……そうか」
ポロポロしずくは涙をこぼした。
エピローグ
「ピーちゃん!ピーちゃんは生きてる?」
開口一番そう叫んで鳥かごの置いてある部屋へ行く。あ、大丈夫だ。元気。
戻ってきたけど、一週間こっちも過ぎていて焦った。
なんか、秘蔵っ子をありがとう、って置き手紙があったんだけど、私がいない間、誰かが家のことちゃんとやってくれてて、私の身体もトイレとかお風呂とかやってある様子だった。
誰かな?
首をひねる。
テレビをつけて、大物ロック歌手の悲報を見る。コメンテイターが、「お孫さんが高校生でロックバンドやってるようですよ」と言ってたが、まさかね?
布団もふかふかのに買い換えてあって、寝心地がいい。至れり尽くせり。
「ピーちゃん、エリザベスピーって知ってる?」
水と餌を替えてあげるときにそう話しかけたら、ピーちゃんが「連れてこい!」と言ってびっくりした。
タブレットでしずくちゃんの住んでる近辺の情報が手に入った。案外近い。これは……。
接触したらいい迷惑かもなあ。でも様子見に行ったろ。
くすくす笑いながら支度をする。そうだ、星学に「エリザベスピーちゃん引き取らせてください」って連絡入れなきゃ。
あとは、何か忘れてないかな?
あ、私は50歳になったけど、なんにも変わらない。ちょっとナーバスだったけど、大丈夫。
私は私。
さあ、いこう。今日という日を精一杯生きよう!
ー完ー