• 『美藤堂はいから奇譚・弐』

  • 古森真朝
    ファンタジー

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    伯母に連れられ、百貨店へやって来た英莉。休憩に訪れた喫茶店で、飛び出してきた女学生・杏珠と鉢合わせる。付き添いだったカイルと再会し、事情を聴いたところ、奥にある特別室で怪現象が起こっているらしく……

第1話

『たちまち朽ちゆく身なれども なほ恋しきは――』


「――さあ、英莉(えり)! ここにある中から好きなもの、全部選んでいいわよ!!」
「…………はい?」

やたらと気合の入った第一声に、話を振られた当人はきょとん、と首を傾げた。
聞こえなかったわけではない。耳に入ってはいるのだが、内容の理解が追い付かないのである。しばし考えた末、失礼は承知ではい、と控えめに片手を挙げてみる。

「ええと、瑠璃子(るりこ)伯母様」
「うん、なあに?」
「あの、今日は確か、お世話になった方への贈り物を探すっておっしゃってたような……」
「ええ、もちろん。だからこうして百貨店まで来てるんですもの、荷物持ち付きで」
「……うすうす勘づいちゃいたが、やっぱりおれはそういう扱いか。母さん」
「だって、休みの日にまで勘助君と銀次君を付き合わせるわけにいかないでしょう? 書生さんはお勉強が第一よ」
「いや、そりゃそうだけどさあ」

あっけらかんと言い返されて、少し後ろで待機していた相手――英莉の従兄である楝汰(おうた)は特大のため息をついて額を押さえた。言っていることは至極真っ当なのだが、問題なのはその方向性である。

「……母さん、さてはその世話になったひとって身内だな? で、別に急ぎじゃないけど、英莉と出かけるために方便が欲しくて建前にしたろ」
「うふふ、半分だけ当たり! さっすが我が子ね、良い勘してるわ~」
「やっぱりか、おい」

うきうき、という表現がぴったりの、まるで女学生みたいなノリで言い切られてしまい、楝汰がじっとり半眼になる。話についていけず、ひたすら目を瞬かせている英莉の肩をぽん、と叩いて、

「うん、まあ、とりあえずあきらめろ。お前の……えーと、問題が解決したって聞いた一時間後には、いつどこの店に買い物に行くか計画立て始めてたから」
「早い!?」
「当たり前よ、可愛い可愛い姪っ子だもの! せっかくお出かけ解禁になったんだから、どんどんお洒落していろんなとこを連れ回……もとい、いろんな人に会って良いご縁を見つけなくちゃね!
というわけで皆さん、うちの子のために協力して下さいな。まずあそこの浅葱色の紗を見せていただける?」
「はい! 勿論でございます、奥様!!」

(お、伯母様ー!! それ今年の新作で一点もの、って書いてありますよー!?)

よりにもよって一番値が張りそうな反物を迷わず指さした伯母と、元気よく飛んでいく店の従業員の姿に、英莉は恐れおののくしかなかったのだった。
……買い物総額、見た瞬間にぶっ倒れるような数字になったら、どうしよう。

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東洋に浮かぶ島国、桜華国。

つい先頃、長きに渡った鎖国を解き、諸外国との貿易によって着々と近代化が進んでいる極東の小国である。流れ込む諸々の文物の影響により、国の中心である帝都には煉瓦造りの建造物が並び、洋装に身を包んだ人々が道を行き交うなど、モダンな雰囲気を醸し出すようになった。

英莉はそんな国の、まさしく帝都に住まう身だ。さぞや文明開化の恩寵に浸っていることだろう――という大方の予想を裏切って、彼女はいたって質素だった。

「……ううう、疲れたぁ……」

呉服屋での一件から、約二時間後。百貨店にほど近い喫茶店、その奥まった一席にて、げっそりした風情でテーブルに突っ伏す英莉の姿があった。行儀が悪いとは思うのだが、すでに身を起こす気力も残っていなかったりする。

あの後、元からやる気に満ち満ちていた伯母と、そのやる気が伝染してにわかに活気づいた百貨店・呉服部門の人々が総力を結集。その結果、さんざん着せ替え人形となった挙句、結構かなり大量の品物をお買い上げしてしまった英莉である。

中には今から仕立てに出すとか、さらに予定にはなかったが『あら、これも素敵ね!』と急遽一揃い購入を決めた、とかいう品も何点かあったりして、もはや確実に予算を飛び越しているはずだ。大人買い怖い。

そして今現在、瑠璃子伯母は楝汰を連れて別行動中。おそらくこっちが、出発前に言っていた贈り物の購入だろう。先に済ませてくれていいのにと思ったものだが、今となっては後回しにしてもらったのがありがたい。ちょっとしばらく動けそうにないから。

「失礼致します。お客様、ご注文のレモネードでございます」
「あっはい、ありがとうございます!」

そっとかかった声に慌てて身を起こす。律儀に礼を言う英莉に、注文の品を運んできた給仕の青年はにっこり微笑んで一礼すると、静かに下がっていった。その後ろ姿を見送ってから、細いグラスを持ち上げてそっと口に含む。炭酸がぱちぱち、とはぜる感触と、甘酸っぱいレモンの風味が爽やかだ。

「……えへ、おいしい」

周りの席に人気がないのを確認して、こっそり呟いてみる。自然にふにゃ、と頬がゆるんだ。
いつでも自由に外を出歩ける、例えば瑠璃子伯母のような行動派のご婦人なら、好きな時に飲めるのだろうけれど。こういう何てことのない体験のひとつひとつが、つい最近まで家に籠っていた英莉には、とても新鮮で楽しいものだった。
逆を言うと、だからこそ伯母は張り切りすぎてしまったというきらいが無きにしもあらず、と見ることもできるわけで……

「せっかく連れてきてもらったんだし。伯母さんが満足するまで、がんばろっと」

ただ、もうあんまり散財しすぎないでほしいが。そんなことを思いつつ、再びグラスを口元に運んで、

「――うや~~~~~~~っっ!?!」
突如奥から飛んできた、珍妙な悲鳴(?)に盛大にむせ返った。

第2話

午後も遅い時間帯だったおかげか、幸いにも店内には英莉(えり)以外に人影はない。慌てて懐から手巾を取り出していると、ばたばたばたっとにぎやかな足音が聞こえた。その直後、奥にあった扉が勢いよく開け放たれる。

「で、で、ででで出たー!! ――ふぎゃっっ」

叫びながら飛び出してきたのは、ちょうど英莉と同じ年頃――十五、六歳といったところだろうか、とにかくうら若いお嬢さんだった。西洋人形みたいに品よく整った顔立ちで、ぱっちりとした大きな瞳が可愛らしい。洋風に編んだ髪に大きなリボン、矢絣の着物に海老茶の袴という恰好からすると、学生さんだろうか。

しかし、のん気に観察していられたのはその辺までだった。突如現れたモダンな美少女、履いていた洋靴(ブーツ)が床の絨毯に引っかかり、足がもつれた拍子に思いっきりすっ転んだのだ。よりにもよって顔から床に倒れこむという見事な転びっぷりに、見ていた英莉の方が青くなった。い、痛そう……!

「あ、あの、大丈夫ですか!?」

「うううう、誰だか知らぬがありがとうの……わらわはもうだめじゃ、邸の衣装箪笥に入っておるもの、全部まいべすとふれんどに渡してたもれ~……」

「遺産分け!? ていうかべすとふれんどって!?」

「五月晴れ、小暗き木陰ぞ涼しけれ、……うーんと」

「辞世の句っ!? 待って待って、ちょっとおでこ打っただけです、傷は浅いですからー!!」

早々とこの世に別れを告げようとする相手に、思わず駆け寄って抱き起した英莉の方が必死である。揺すったり叩いたりするわけにもいかず、とにかく励ましていたところ、奥の方からもう一つ足音が近づいてくるのが聞こえた。早歩きだが間隔に余裕があって、どうやら歩幅の広い男性のもののようだ――

(あん)(じゅ)さん、落ち着いて! 店の中で走ると危ないから――って、あれ? 英莉さん?」

「カイルさん!?」

奥からひょっこり現れた人物――つい最近知り合ったばかりの相手と顔を見合わせて、お互いの目が点になった。


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――ああ、またやってしまった。

走り去る後ろ姿を見送って、しょんぼりを首を垂れる。申し訳なさで胸がいっぱいだった。

本当に、ここでは迷惑ばかりかけてしまっている。だからとて、自らこの場を離れていくこともできない。なすすべもないとは、まさにこのことだ。

そうなると、残る手段はただひとつ。時が解決してくれるのを、ひたすら待つより他にない。……どれほどかかるかは、己にすらわからないが。

出来る限り気を付ける。だからせめて、その時までは――

初夏の陽気には不釣り合いな、細くわびしい風の音がする。それ最後に、ふっと気配が掻き消えた。


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「いやあ、まさかこんなところで出くわすとは思ってなかったなぁ。驚かせてごめんね、英莉さん」

「い、いいえ! カイルさんがお元気そうでよかったです、はい」

「はは、ありがとう。おれは健康なのが取りえだからさ」

いろいろと衝撃の展開があってから、時は流れて十数分後。とりあえずの後始末を済ませた上で、喫茶店の同じテーブルについて会話を交わす英莉たちがいた。

労わられて逆に焦る英莉の向かい側で、のほほんと笑っている青年。驚くほど流暢な桜華語で話しているが、短く整えた灰褐色の髪にハシバミ色の瞳、彫りの深い端正な顔立ち。白皙の容姿は、明らかに外つ国のひとのものだ。

彼にはつい先日、それはもう言葉に出来ないほどお世話になった。こうやって今日、普通に出かけられているのもそのおかげである。……なのだが、しかし。

「ところで英莉さん、今日もひとりで?」

「ええと、伯母とおーちゃん、いえ従兄が一緒で……今はちょうどいなくて、よかったですけど」

「うーん、まあ、そうとも言えるかな……」

ひっそり付け加えたところ、相変わらず穏やかなカイルの笑みがやや苦くなった気がした。明るい色合いの瞳が気まずそうに泳いでいる。

……実は初対面の際、親切にも目的地まで道案内を買って出てくれたのだが、そのことを知らずに後を追いかけてきた楝汰(おうた)に誘拐犯扱いされてしまったのである。どうにか誤解は解いたものの、事情の説明もあわせて多大なる労力を費やしたのだから、しばらくは距離を取りたくなっても致し方あるまい。うちの従兄がすみません。

と、

「のう、先生。二人が知り合いなのはよーく分かったが、そろそろわらわにも自己紹介させてくれんかの?」

「ああ、ごめんごめん。杏珠さんはまだ頭が痛いかと思って……大丈夫? コブになってない?」

「ちょっとびっくりはしたが、もう平気じゃ。下は絨毯でふかふかじゃし、給仕の人がすぐ氷を持ってきてくれたしのぅ」

「……えっ? あの、先生って」

二人から見て、ちょうどテーブルの真横に座っている人がおもむろに口をはさんだ。さっき見事なまでにすっ転んでいた、あの可愛らしい女学生さんである。もらった氷を包んで額に当てていた手巾を下してから、目をぱちぱちさせている英莉に視線を合わせてにっこり笑う。

「騒がしくしてすまなんだな。わらわは(べに)小路(こうじ) (あん)(じゅ)、居留地にある(ほう)()女学院の生徒じゃ。そこなミスター・アイビーバーグの教え子が一人だの」

第3話 coming soon