• 『エルフと夢を』

  • 蒼生光希
    ファンタジー

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    キラキラネームの高校生が、世界を襲う災厄に巻き込まれる。そこにエルフの美女が現れて……!?前世の記憶を巡る、現代アクションファンタジー!

第1話 

「千年経っても、あたしじゃダメなんですよね」

崩れ落ちた古い石造りの宮殿。玉座の間に置いた棺の前で、あたしはつぶやく。きっと、情けない顔をしている。

故郷から遠く離れた星に流れ着き、追っ手を警戒して移動すること十数回。三十年前から住み着いた宮殿にあたしはいた。床には雨水が溜まったのだろう、ところどころ小さな池ができている。波紋は起きない。崩れた天井から月の光が床に円を描く。

声に答えるものはいない。ここにはあたしの他に、棺の中に横たわる彼女だけ。それも、ずっと眠り続けている。

はぁ、とため息をつく。嫌になる、あたしのこの想い。

やるべきことはわかってる。魔王との戦いに勝利し、世界を救うためにどう動くべきか。

あたしは予言を支える駒であり、決して主人公ではない。冷静に行動しなきゃ。あたしにはその頭も手段も力もある。やれる。それはわかってる。

だけど、駒にだって感情はある。それがたまらなく嫌だ。心なんてなければいいのに。

ふと胸騒ぎを覚え、あたしは棺を背に歩き出す。王の間を抜け、階段を降り、宮殿の入り口へと向かう。ここの天井はとうの昔に崩れたのだろう、吹き抜けた先の夜空に星がきらめいている。

見上げたタイミングを測ったかのように、青い流星が落ちた。
合図だ。方角を確認する。星は極東の国を示した。

――さて、またあの馬鹿を迎えに行かなきゃ。

空間を歪ませ、宮殿に施した結界を抜ける。石畳の広場には、とっくに枯れ果てた噴水の残骸が打ち捨てられている。横目に通り過ぎる。

この星で一番速い馬が欲しい。そう思って、かざした右手から地面に魔法陣を出す。風が起き、木の葉が舞う。静かだった周囲の森がざわめき始めた。

魔法陣を構成する銀の光がまたたく。魔力を込めるごとに、光がいっそう強くなる。

次の瞬間、何も無い空間に音もなく大型バイクが現れた。新品の漆黒のボディ。偶然この髪、そして服と同じ色だ。

彼女が見たら、似合うと褒めてくれるだろうか。

宮殿を振り返る。返事はない。

バイクに跨り、崩れた門までの道を見据える。エンジンをふかす。

「……あの野郎、今度こそ幸せにしないと許さないからな」

静かだった森に轟音を響かせ、鉄の馬を門へと走らせる。

『出でよ、転移の扉』

言葉と共に、門の位置に光の扉が出現する。開かれた先の、真っ白な異空間へ。

あたしはバイクもろとも突っ込んで行った。




















昨日もおかしな夢を見た。もう1週間になるだろうか。夢の内容はいつも同じ。気になって昼間も思い出す。

空がどんよりと暗い。不穏な雰囲気。

俺は白い石の階段に横たわっている。視線は動かせず、鎧に覆われた右手を見つめている。傍らの剣は折れていて、役に立ちそうにない。

赤黒い血がついているところを見るとさっきまで勇ましく戦っていたのだろうか。

しかしもう指一本動かす力さえ残っていない。視界がだんだんと暗くなる。

女の子の泣き叫ぶ声が意識と共に遠ざかっていく。

どうか泣かないでほしい、と夢の中の俺は思う。

白いドレスを着た――あれは。

「――い、おい、永岡!」

俺は我に返った。

「手が止まってたぞ、大丈夫か?」

 晶が俺の前で振っていた手を止める。心配だ、と顔に書いてある。

「……え、ああ、悪い。ぼうっとしてた」

ケータイを握り直す。そうだ、友達の晶の部屋だった。目の前に鮮やかなグラフィックのスマホゲーム。せっかく通信対戦してたのに画面には「YOU LOSE」の表示。

「悪いな、もっかいやろうか」

「いいよ。なんか疲れてるんじゃないか? ほら飲め飲め」

親切な小太りの友人はジュースを勧めてくれた。「食え」とポテチも出してくれる。

BGM代わりにつけっぱなしのTVではボクシングの試合をやっていた。激しい打ち合いで選手が脳震とうを起こしたらしく、中断している。

テーブルの上にはたくさんのお菓子。今日が誕生日の俺に晶が奮発して買ってくれたものだ。いい奴だな、と思う。

ポテチをパリ、とかじりながら俺は再び物思いにふける。目はケータイの画面に釘付けだ。

身が入らないのは夢のせいだけじゃない。こういうゲームの世界観は自分には合わないのだ。

ファンタジーの類は全てそうだ。漫画、アニメ、映画、ゲーム……気になる点を挙げるとキリがない。

「エルフの耳はここまで長くない」

「オークの肌はもっと毛深い。近づくと独特のなんとも言えないニオイがする」

「スライムのぷよぷよ感が足りないしこんな可愛くねぇよ」

そんな、細かいことが気になる。馬鹿みたいだ。

晶がケータイから顔を上げた。

「あのさ、ジュリアン」

「下の名前で呼ぶなよ」

俺の名前は永岡樹里庵。これで「じゅりあん」と読む。いわゆるキラキラネーム。下の名前を呼ばれるのは嫌いだ。

真面目な両親がなんで命名のときだけとち狂ってこんな名前をつけたのか。意味がわからない。ただ救いは俺みたいなキラキラネームは今や珍しくないということだ。「名字か、ジュリって呼んでくれ」と言えばそれで済む。

たまにこうやって晶がからかって呼ぶくらいだ。

「……永岡お前さ、こうやって俺とゲームしてくれんの楽しくていいんだけどさ。中学のときは剣道でいい線いってたって聞いたぞ。高校でやらなくてよかったのか?」

俺はうーん、とうなる。なんて説明したものか。

「……剣道って一対一だろ」

「うん?」

「対戦してると周りから攻められないか気になるんだ、いや、一番気になるのは横かな」

「横?」

「なんか相棒がいないと物足りないっていうか」

「誰だよ相棒って。しかも周りから攻められたら乱闘になるじゃないか、それもう剣道じゃねえよ」

「だろ? 俺そうやって余計なこと考えてるんだ。命を守る戦いってこんなんじゃないよなー、って頭のどっかで思うんだよ。そういうの気になるから高校ではもういいかなって」

「……」

晶の視線を感じて顔が羞恥で赤くなる

「変だとは自分でも思ってるよ」

「……厨二病?」

「かもな」

俺はがしがし、と頭をかいた。

「あー、なんか急に恥ずかしくなってきた。忘れてくれ」

「気にすんな。誰だって第3の目とか力が封印された左腕とか夢見るお年頃だろ」

それもだよ、第3の目って額より後ろについてた方が効率いいし実際そうだよ、なんて言おうと思ったけど。さすがに自分でも馬鹿らしくてやめた。なんだ「実際そうだよ」って。見たことあんのか俺。ないだろ。

今朝の夢みたいなファンタジーがリアルにあってたまるか。

そんな冗談はこのふざけた名前と――この指輪だけにして欲しい。服の上からそれを握る。

俺の首には、チェーンに通した金色の指輪がかかっている。俺が生まれた時に握っていたと聞いた。指輪の内側にはなにやら文字が刻まれている。英語ですらない謎の文字。細すぎてもう指にははまらない。身につけていると安心するので、手持ち無沙汰なときは触るのがすっかり癖になってしまった。

第2話 

 11月の空は暗くなるのが早い。ケータイは18時15分を示している。駅前は帰宅ラッシュと、飲みにいく会社員たちで混雑していた。俺もいつかあんな大人になるんだろうか。

手に持ったビニール袋が歩く度ガサガサ音を立てる。中身は晶からもらったお菓子がつまっていて、明日何を食べるか優先順位をつけていると、スーツ姿の背中にぶつかった。

「あ、すみません」

ところがその人はこちらに目もくれず、固まったようにどこかを見つめている。視線を追うと街頭ビジョンがあった。ひどく慌てた様子のアナウンサーが映っている。次々と横から差し出される紙に対応しきれていない。

「速報です! 世界各地の主要都市で謎の爆発がありました。確認されたのはロンドン、パリ、北京、モスクワ……どんどん増えています!」

画面が忙しなく切り替わる。火に覆われ、煙が上がっているのは、いずれもニュースに出てくるような建物ばかりだ。もれなく火の手が上がり、人々の悲鳴をBGMに壁が崩れ落ちていく。

俺の周りには、足を止めて画面を見上げる人が増えてきつつあった。

「テロ?」と誰かがつぶやく。

「こちらホワイトハウス前です!」

半ば怒鳴るように現地の実況が始まった。

ホワイトハウスが燃えている。向こうはまだ陽も昇っていない。白い壁が真っ赤に照らされ、必死の消火活動が行われている。だが、様子がおかしい。放水があらぬ方向に向けられ、人々が何事か叫び、逃げ惑っている。空を指さす人もいる。その先に。

「嘘だろ」

今まさに星条旗のポールをへし折り、地に向かって炎を吐いている怪物がいる。翼を持つトカゲのような。

「ご覧下さい! 信じられませんがドラゴンです! 『何も無いところから急に出てきた』という証言があります。さらにここには……あっ!」

カメラの映像が乱れる。アナウンサーが必死に呼びかける。

「ああー!」

絶叫と共に画面に血が飛んだ。俺の近くにいた女性から「ヒッ」と声が漏れる。獣のような赤い眼が映り込み、何かを振り上げ、カメラが壊される。

あのシルエットは……狼男?

――やめてくれよ、ハリウッド映画じゃねぇんだから。

これだけ人が多いのに、皆静かに画面を見上げている。人は信じられないものを見ると消化するのに時間がかかるらしい。この場所と、報道されている世界があまりにも違いすぎる。ケータイをいじると、困惑した皆のつぶやきが流れてきた。

「映画の宣伝?」

「ついにファンタジーの時代到来!」

「ヤバいヤバいヤバい逃げなきゃ」

「どこ行ったらいいの」

「エイプリルフールとっくに過ぎてるんですけど」

この街頭ビジョンだけのドッキリでもないのか。日本中がファンタジーな話題でいっぱいだ。

どよめきが聞こえた。街頭ビジョンの映像が乱れている。壊れたのか、と思った途端、キィーン、と耳鳴りがした。

頭がガンガンと痛む。立っていられない人もいる。

『無力な人間たちに、24時間の猶予を差し上げましょう。

予言の少年《《ジュリアン》》を差し出しなさい。おっと! 死体は受け付けませんからお気をつけて。王の楽しみを奪ってはいけません。

差し出さない場合、この星を蹂躙します。どちらを選ぶもお前たちの自由! 既に世界の運命は我が王の手のひらの上です。ヒャハハハ!』

声が頭に響く。ふざけてるとしか言いようがない、ハイテンションな男の声。妙な抑揚をつけて、笑い声を最後にプツンとそれは途切れた。

「今の、聞こえた?」

「ジュリアンだって」

「日本にいないっしょ」

「いたらウケるわ。キラキラネームじゃん、ははっ」

後ろの女子高生たちがしゃべっている。平静を保とうとしているのだろうが、どちらも声が震えて逆効果だ。

恐怖が伝播し、俺の顔を冷や汗が伝った。

そのキラキラネームの奴がいる。ここに。

……いや、でもまさかな。

指輪を握る。

動悸が激しくなる。火災、そして人が襲われる映像。ドラゴンと獣の姿。頭に響いたメッセージ。まるで下手な映画の序章。

ひょっとしたらマジかも、なんて思うんじゃない俺。寝て起きたらリアルが待ってるはずだ。学校行って友達と騒いで、飯食って寝る。そんな繰り返しの日々が。そうだろ?

これは夢だ。ああきっと夢だ。

こんな時は――早く帰って寝るに限る。

そうだろ?

こんな時でも電車は動いていた。非日常に浮き足立った人々が習慣に従い乗り込んでいく。頭に鳴り響いた『24時間の猶予』という言葉と、東京が襲撃を受けていないという点で奇妙な安心感があった。

あれは遠い国の出来事、対岸の火事。印象深い映画を観た時みたいに、時間が経てばきっと元の生活に戻る。自分は大丈夫。とにかく、家に帰ろう。

ただ一人、俺だけは自分の名前が呼ばれたことに動揺していた。車内で誰かが「そいつがジュリアンだ! 捕まえろ!」と言いやしないかビクビクしていた。捕まって、そして怪物の餌食になる。想像すると目の前が真っ暗になった。夢だ夢だと言い聞かせる。

ビニール袋の音が気に触り、リュックに入れる。腕が当たってしまいオッサンに嫌そうな顔をされた。この人は俺の名前を知ったらどんな反応をするだろう。

駅を出てケータイをチェック。「東京駅すごく混んでて遅くなりそう。誕生日なのにごめんね」と母親からのメッセージ。あの男の声を聞いてないんだろうか。こんな時に誕生日のことなんて。

うちまでもう少し。いつもの帰り道がこんなにも不気味だ。街灯の明かりが届かないところから何か出てきそうで早足になる。自宅は駅から徒歩10分。寝静まるには早い時間なのに人気がない。やはりあのニュースの影響か。

「ジュリアン!」

突然、上から呼びかけられた。三階建てマンションの屋上に人影。月光を背にして顔が見えない。

名前を、呼ばれた。それだけだが、俺が走り出す理由には十分だった。

嫌だ、捕まりたくない。白い息を吐きながら急ぐ。リュックの中のビニール袋がガサガサとうるさい。

家まであと少し。角を曲がって、突き当たり。

もうすぐだと思ったのに。

見たくなかった光景が目に飛び込んできた。

怪物の集団。

スライム、ゴブリン、狼男、オーク、その他もろもろ……が、勝手知ったるうちの町内の道路いっぱいに広がり、俺の方に向かってくる。ゲームではない、質量を持った恐怖。

ゴブリンがマンホールの上に足を踏み出し、オークが棍棒で力任せに電信柱を薙ぎ倒し、スライムが触れた鈴木さんちの花壇がみるみる溶けてゆく。

「おい、冗談だろ……」

足がすくんで動けない。やばい。

こんな時はどうしたらいい。警察? 警察で対処できんの?

ケータイを取り出そうとして手が滑り、落とした。

「あっ」

声を上げたときには、スライムが吐いた液がペシャッとかかった。煙をあげてケータイが溶ける。

やめてくれ、機種変したばかりなんだ。

くだらないことが頭に浮かぶ。そんな間にもどんどん怪物たちとの距離は縮まり、腰が抜けて座り込む。すがるように胸の指輪に触れようとして、気づいた。

指輪が光っている。

目が眩みそうな黄金の光が訴える。叫べ、かの者を呼び寄せろと。

意識するより早く、言葉が口からまろびでる。

「エルザ!」

静寂。

敵は警戒し、動きを止めたが。

一秒、二秒、三秒。

何も起きない。

ああもうダメだ。

驚かせやがって。そう言いたげなオークが豚に似た鼻を鳴らす。先陣を切って走ってくる。 

ドスドスと地面を踏み荒らし、独特の嫌なニオイが近づく。棍棒が振り下ろされる。

ぎゅっと目をつぶる。

――夢だろこんなん、起きろよ俺!