• 『稚拙』

  • 伊藤欣司
    現代文学

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    本音と建前を駆使しながら、惰性で生きる小学六年生の私。何かにつけて臨機応変に対応できてしまうせいで叔父からはカメレオンと呼ばれる。もし人生を組曲に例えるならば、私は「未熟」という序奏を終えたところだ。

第1話 赤心の野蛮論 回避 其の壱

転勤族の子として生まれた故に、私たち兄弟は祖母に育てられた。幼い頃から両親とは離れ離れで、気心の知れた仲間さえいなかった私には、唯一無二の祖母だけが内の人間だったといえる。聖書を読み解いてみたり、アインシュタインの相対性理論に本気で匙を投げてみたり、そんな子供らしいようでないような私が私でいられたのも彼女のお陰だ。

何はともあれ、家族構成というものは図表にした時にわかりやすい。君と誰かがたまたま親子だったり兄弟だったり、そんなことを平面状にしるし都合のいい時に何かを証明するもの。そしてこの紙切れが厄介になることがある。それは小学六年生の私が両親の住む町へと越さなければならないという決断を迫られた時に痛感した。今思えば、これはある意味での催促だった。何故なら数年前、二つ上の兄が両親と暮らすことを選んだ際、無関心な私は賛同せずに、無鉄砲な兄と不要な機会を同時に見送ったからだ。

「お前、どうすんの? 行ったり来たりも面倒だろ。あっちに行ったら行ったですぐ慣れるって」

「そういうことじゃなくて、ただ乗らない」 

「乗らないって、何?」

「馬に調子に波に相談」

真顔でこう答えた。完全な猫だましである。

「本当うざいんだけど……で、何?」

「普通に考えたら気分でしょ。修行をしてください、修行を」

「は? だから、いつ来んのかって。それを父さんも母さんも聞いてんじゃんよ」

喧嘩っ早い兄の苛立ちが会話の語尾で伝わる。奇襲戦法で相手をひるませることは出来たが、その次の手がなくこう言った。

「次の休みに遊びに行く」

当時、大人たちはこの状況にしばらく違和感を覚えていたらしいが、こちらから言わせれば文字係数の因数分解と同じで、そう簡単に答えを出せるものではなかった。そして何より「隣の芝生は青い」と一度も思ったことがないのは、祖母との平穏な暮らしに満足していたからだ。こんな風だった私は年齢とともに寡黙かつ排他的になり、毎年ほぼ強制参加させられていた子供キャンプでさえ他人と遊び興ずることはせず、逢魔が時にすすり泣く同級生たちをひとり泰然と眺めているような人間だった。一泊やそこらで、数か月分もの涙を無駄にするようであれば最初から来なければいいと、つきまとう蚊を殺しながら大人目線でそんな光景を自然体験の一部として楽しんでいた。

こんな私は本性を隠しながら生きている。

新しい筆を下ろした後は、やけに右腕に力が入る。

「ばあちゃん、墨汁が畳にこぼれた」

いつもならテンポよく返ってくる返答は、仏間から漏れる静けさと共に感慨深い訴えとして戻ってきた。 

「ちょっと横になるから」

叱責を期待していただけに多少肩すかしを食らった気分だが、そのか細い声が体調不良を示唆していることは明らかだった。

忘れもしない、私が書道を始めたのは七歳の秋。

「美しい字を書く人は心も美しい」 

礼儀や道徳を重んじる祖母はそう言い、私たち兄弟に書道教室に通うよう説き勧めた。快活な性格の兄とは違い、黙々と作業をすることに抵抗がなかった私は容易にそれを受け入れた。もちろん、家から教室が見渡せるほど近いということも手伝ってだ。

「あっ、ごめん。体操服、カバンの中に入れっぱなし」  

「何?」 

絶え入るような声が宙を舞う。 

「カバンの中の体操服、洗って」  

教室に通う途中はいつも決まって声をあげ、祖母が返事の代わりに両腕でつくる丸を見つめた。もうじき五年。大雨の日も突風の日も、季節を問わず墨を磨り続け、ただただ字を書いた。私の手がいつも浅黒く見えたのはきっとこのせいだと思う。小学校在学中、体の丈夫な兄は野球に、そうでない私は書道に精を出した。

書道の師範は看板を掲げて早数十年で、ここらでもちょっとした有名人であり、書風を押し付けないところに惹かれていた。

「先生、できました」

「どうした、どうした……いつもより字に覇気がないな。漢字ひとつひとつの意味をちゃんと考えながら、止めるところは止めて、跳ねるところは跳ねる。このウ冠だって屋根だろう」

弱音を吐くわけではないが、私にだって苦手な漢字があり、それは理屈なんかではなく、感情移入が出来るか出来ないかだけのことだった。

「家族。難しくないだろう?」

頭では理解できても、うまく書けない。 

夏休みも終盤にさしかかり、宿題を終えていた私は無意味に勝ち誇っていた。そして手を加えに加えた自由研究が県のコンクールに出品される自信もあった。そんな中、母親から一通の便りが届いた。このご時世、電話ではなく手紙ということを粋な計らいだと思いたいところではあるが、それは違う。この場合、ただ一方的に自分の意志を伝える術に過ぎないのだ。

「お久しぶり、元気にしていますか?」

その書き出しはまるで何十年も会っていなかった同級生が、ただの気まぐれで思いついた同窓会を開くために口火をきったかのようだった。

「来年、中学生になるんだから、そろそろこっちに来たら? お兄ちゃんに学校の準備も手伝ってもらって。意外にやること多いから、早いに越したことはないよ」

文面からして彼女がものすごく気を使っていることが分かった。親しき中にも礼儀はあれど、これは祖母が重んじているものとは違うと察し、気を使わせている自分を強く咎めた。ただ唯一、手紙というフィルターを通して見えたものは紛れもなく「確執」という二文字であり、両親の間で生じたものを知らぬ間に私が引き継いでいたのだ。子供には余計な足枷だった。

「本当に面倒くさいんだけど」

こんな独り言を吐き捨てながら、すべてを大人の戯言だと割り切り、その続きを読まずに投げやった。苦い経験以外に何も思い出せなかったからだ。若いころの苦労は買ってでもしろと大人は言うが、そんなことは全くする必要はないと思う。むしろ誰にも軽々しく言いたくはない。

――オニサンコチラ、テノナルホウヘ――

わざわざ危険を冒すようなまねは自ら決してしない。

第2話 赤心の野蛮論 回避 其の弐

新学期も始まり、予定通りに十二回目の誕生日は訪れた。そして朝から気分が良かった。一年に一度訪れる特別な日だからではなく微熱があったせいだ。強いて言えば、記念日なんて歯牙にもかけたことはない。こんな日の段取りを熟知している私は早々と身支度をして、迎えがいつ来てもいいように祖母が神饌を供え終わるのを玄関先で待った。そして病院へ到着して真っ先にしたことは、大人たちの目の前で体温を測ることだった。息を止め脇を力いっぱい締め、全身の熱をそこへと送り込んだ。

「少し熱っぽいけど、息苦しい?」 

事前に用意しておいた答えを真っ向からぶつけた。 

「はい。昨日、運動会の練習で校庭を何周か走った後から息苦しいです」

「ほらほら、無理して運動するから。運動誘発性ね……特にこの時期、気道が冷えちゃうと余計に乾燥しちゃうでしょ。軽い刺激でも発作が起きちゃうから、うまくコントロールしてあげないと。適度な運動して、ちょっと体力つけてあげなきゃかな……普段から少し運動はしてる?」

専門用語に圧倒されて、何も頭に入ってこなかった。 

「いいえ、登下校くらいです」

御託を並べる先生の姿はあらかじめ想像はしていたし、それは子供のための説明ではなく、大人に対するものだということは間違いなかった。だがこうして患者と接することで病院自体が少しでも潤うのであれば誰も文句などあるまい。ましてや私自身にそんなものは一切なかった。例えば戦争だってそうだと思う。国と国とのいざこざで、どっちが良いとか悪いとか、どっちが勝つとか負けるとか。結局、最後は軍資金が多い方が有利だということは言うまでもない。お金で解決できてしまうことなんて世の中にはとても多いのだ。だから私が来院したことに議論の余地はなく、「一応、新しい吸入器出しておくね」の一言で終わってしまう。この決め台詞こそが大人から我が身を守る最大の武器だということを歳を重ねるにつれ身につけていった。

「ちょっとお腹痛いから、トイレ行ってくる」

先生がいなくなった隙をついた。

「そう言えば、今年の夏風邪はお腹にくるって新聞にあった。ついでに先生に診てもらおうか?」
「ううん大丈夫、そういうのじゃない。この部屋がちょっと寒いから行きたくなっただけ。終わったら入口で待ってる」

それでも演技をし続けなければならない子供は子供で大変なのだ。間髪をいれず、廊下を歩く私の頭の中には様々な妄想が駆け巡った。午後から何をしようかということだ。テレビのリモコンを独占する兄もいないし、飲みたいものを好きな時に飲める至福の午後。これこそが最高の誕生日ではないだろうか。

小部屋から解放された身を颯爽と外へと移し、着込んでいた服を脱いだ。そして同級生は今頃、あの算数のクラスで意味のわからない何ちゃらという方程式を勉強しているのかなと思いながら空を仰いだ。

――世界がどうか平和でありますように―― 

こうして願うことには意味があった。幼いころから大人が見るようなテレビ番組に釘付けになりがちだったせいか、近い将来この世界はなくなるものだと悟っていた。人類を滅亡の恐怖に陥れたノストラダムスの大予言は前世紀だけの伝説ではなく、今も私の中で語り継がれている。そしてババ・ヴァンガにアルバート・パイク。それなら楽しんで生きたい。だから一日学校を休んでわざわざ使いもしない方程式を暗記するよりも、こうして病院で言い訳をしている方がマシだ。むしろ経済循環にも一役かっているのだから悪くはない。こんなことを考えると本当に頭が痛くなってきた。きっとこれは罰なのか、それとも神の教えなのか。何でもいいんだが、こんな話を真面目な顔をして聞いてくれるような同級生は存在しなかった。それに偽善者が偽善者になったところで今更何も変わりはしない。あわよくば負の数の掛け算みたく、否定的な力同士で莫大な力を生み出せるのではないだろうか。そう思いながら祖母と病院をあとにした。 

タクシーに乗り込むと祖母は運転手に聞き慣れない住所を伝えた。今まで冴えきっていた若い脳は鈍感になり、ただ景色だけを頼りに一体どこへ向かっているのかと自問自答してみた。右を見れば全く知らない建物が取り巻く未知の世界、そして窓から上を見れば果てしなく続く空の青。方向感覚どころか色彩感覚さえ見失いそうになり、火照る額に掌を押し付けた。祖母だって病人を引きずり回すような野暮なことをする人間ではない。だったら今どこにいるのか。まず浮かんだことは、病気で学校を休んだとは思っていなかったはずだ。車内で流れていたのは素人のど自慢で、手持ち無沙汰の私は下手に輪をかけた誰かの歌に耳を傾ける以外にやることはなかった。しかし侮蔑だとか嘲りだとか、そんな大人の黒社会の象徴が分かるはずもない。それに分かる必要もない、どうせもうすぐ死んじゃうんだから。私がこんな内面的にお行儀の悪い、精神的にひねくれた子供だということは叔父以外に誰も知らない。

永遠に感じたこの時空間は、私を知らない場所へと導き空気の違いを感じさせた。そして到着したのは少し小洒落た喫茶店。

「結構、混んでるね。注文したらおトイレ行って、手を洗う」

小銭を財布に入れながら祖母が呟く。

「うん、わかった」

故意に病人らしいトーンで重く答えた。

昼時ともあり、中には大人たちがたくさんいて余計に息苦しかった。人の多さで薄くなった酸素が原因ではなく、平日の昼間に子供がこんな場所にいるという罪悪感だ。きっとこの人たちは私が学校をさぼっていると思っているに違いない。正直、彼らの勘は当たっている。店の雰囲気にのみ込まれ、千鳥足で案内されるがまま指定された窓際の席へと軽い腰を下ろした。無垢な子供であればお子様ランチがないと駄々をこねるのだろうが、面倒くさがりで気ぜわしい私は適当に写真を指差し、ランチメニューから何かを注文すれば迅速にオーダーは運ばれてきて、さっさと家に帰って昼ドラなんかを見られると思っていた。

「これでいい。じゃ、手洗ってくる」

そう言って席を立ち、傷んだ椅子を元の位置へと戻した。

たかがトイレの往復にもかかわらず、色々なことを学んだ気がした。当然ながら、こんな形で社会勉強をする予定ではなかった。例えば、用を達して手を洗うことの大切さ。それさえも忘れ、大人が帰路を急ぐことの意味を共有できず、唖然としたまま席に戻った。

「お局がさ、報連相は基本中の基本だって。こっちばっかり見て言うの、また朝から」
「やっぱ鉄分足りてないんだよね、きっと。今度、ほうれん草のおひたし差し入れしよっか」

それにしてもオーエルたちの愚痴が耳に入ってきて落ち着かない。こんな光景を目の当たりにして、大人になんてまだならなくていいと思った。その向こうには違う集団もいて、肘をテーブルにつきながら口の中に物を入れたままクチャクチャと喋る。あんな大人にはなりたくないと思った。似たような被写体はブラウン管を通して何度も見ていたものの、目の前で起こる現実にはさすがに息を呑まざるをえなかった。入手したばかりの吸入器を貸してあげよう。返す必要はない、ただ少し静かにしておくれ。

第3話 coming soon