• 『水族館にてさよならを』

  • 根本鈴子
    ファンタジー

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    宇宙時代到来。地球は海面の水位上昇により生物の住みにくい世界へと変わってしまった。しかし、ある女子高生達はこの地球に留まり続ける。青春をほとんど人のいない地球で日々を送る彼女達に、地球は何を贈ってくれるのか。そして彼女達はどのような選択をしていくのだろうか。

人物紹介

主人公 蝶子(ちょうこ) 十八歳
宇宙に行くよりも地球に留まることを決めた。
ただ単に、地球での思い出や生まれ育った星の方が愛しいと感じているために、そうしただけ。地球を水族館として見てみたいという夢を叶えたい。

主人公の親友 笹木 麻絵(ささき まえ) 十八歳
蝶子と一緒に居たくて家族を捨てた変わり者。
地球のことも愛しているが、それ以上に蝶子のことが好き。
蝶子のために蝶子の夢を叶えようとする。

主人公の友達 優希(ゆき) 十八歳
名前のせいで女の子とよく間違えられる男の子。
地球と宇宙を行き来しながら学校に通う忙しい人。
蝶子のことは友達としてしか見ていないが、実は好き。
告白が出来ずやきもきしている。

第1話 宇宙よりも地球

20××年。私達が暮らすのは地球ではなく、宇宙がメインになっていた。

地球は相次ぐ水害、気候変動によって海面の水位が上昇し、島国のそのほとんどがもう海の底に沈んでしまったのだ。
日本も例外ではなく、私達は地球に残り、過酷な環境に身を置くか、それとも宇宙へ行って新しい星を探すかの選択に迫られた。

私は地球が好きだったし、宇宙に行く気なんてさらさらなかったから、私のことなど無関心な両親からの空っぽな言葉を無視して、地球に留まることに決めた。
両親は私なんかを放って、あっという間に宇宙に行ってしまったし、私は残された家の水の来ていない二階で毎日を送ることとなった。

学校ももうほとんど機能していないし、テレビはぎりぎりやっているけれど、いつか何かあったらすぐに逃げられるようにしていると宇宙にいる友達にスマホの進化版のスペースフォン、通称スぺホで聞いた。

そっか。皆逃げられるように生きているんだと気づいたのは、割と最初の時から。
まだ街はぎりぎり生きているというのに、皆はそんなこと気にせずどんどん宇宙に行ってしまう。
逃げていないのは奇人変人ともっぱらの噂だと、これも友達に聞いた。

そんなに皆、宇宙がいいのだろうか?
私はそう疑問に思った。
母なる星、地球という素晴らしい星があるのに、他を探すのはいかがなものかと思う。

まあ、まだ高校生の私が言えたものじゃないけれど。
高校と言っても、地球に残っている高校はほとんど学生と教師の溜まり場で、授業なんてもうほとんどやってないし、ただ喋ってばかり。

でも、不思議と心は癒えていた。
捨てられた悲しみというものを持っている人が多かったし、確かに奇人変人も多くて、ネタには困らない。

「あー、最近かったるい。水温まで上昇しちゃうなんてね。もう海なんかプールよ、プール!」

友達の笹木麻絵がそう言って私の部屋のベランダで海に足を突っ込んで、ばしゃばしゃと水飛沫を上げていた。

「たくさんの生命体も形を変え、絶滅し、変化してるもんね」

私がそう言うと、麻絵はセーラー服を脱ぎだして、下着姿になった。

「もう! そんなことどうでもいいわ! だって私達、地球を愛してるんだもの! だから、どんな姿の地球でも愛さなくちゃ! そうでしょ? 蝶子」

蝶子というのは私の名前だ。名字は持っていない。
この時代、名字はあってもなくてもいいもので、名前しか持たない人も少なくはない。
私みたいに。

「蝶子、泳ごう! さっぱりするよー!」

「塩でべたべたになるから嫌」

「えー、いいじゃん。あとで真水供給の人来るし。それにちょっとだけ舟を出せばシャワーも露天風呂もあるじゃない」

「そうは言っても……」

麻絵は私の言葉なんて聞いていないとでもいった様子で、目の前の海にダイブした。
この地球に残った人達の中には結構いるのだけれど、下着姿でよく泳いでいる。

「麻絵、セーラー服、ここに引っかけておくね」

ハンガーにセーラー服を通してベランダの物干し竿に吊るしておいた。

「ありがとう蝶子ー! あー、気持ちいいー!」

そう言いながら麻絵はぷかぷかと海で浮いたり、泳いだりを繰り返す。
太陽はじりじりと私達の肌を焦がす。
そんな中、遠くから音が聞こえた気がした。
それは麻絵も同じだったようで、顔を見合わせた。

「ん? 今、音がしたよね。雷? 豪雨かな……」

「わからない。まだ遠くだけど、用心はしておいた方がいいかもしれない」

私がそう言うと、麻絵は急いでベランダに戻って、身体をセーラー服のスカートのポケットに入れていたミニタオルで拭いて、セーラー服を着た。

「雷に打たれるのだけは嫌なんだよねぇ。最悪死ぬじゃん」

「まあね。避雷針あってももう関係ないくらい威力も増してるから……」

そう。もう昔のような生易しい雷ではないのだ。
当たったら即死と言われるくらいのとんでもない勢いの雷がどんどんと海面に、街に、家に落ちていく。

ニュースでもやっていたけれど、ここのところ人に落ちることが多いから、雷の音が聞こえたらすぐに屋内に避難するようにと注意喚起がされていた。
まあ、地球に残った私達もそういうことがあるのは仕方がないとわかってはいるけれど、とはいえ、頻繁に人が死ぬと私達も他人事には思えないわけで。

「蝶子、私家に帰るの怖くなっちゃった。今日は泊まってもいい?」

「うん。いいよ」

たまに、こんな風に雷が鳴り始めるとその近くの友達の家なんかに泊めてもらうこともある。

「ありがとう蝶子。今度お礼するね! どんなお礼がいい?」

その時、私はふと思いついたことがあった。

「……水族館」

「え?」

「私、沈んだ街を見たい。きっと、水族館みたいなんだろうなって、思うから」

それって、凄く難しいことだろうと思った。
それこそ、実現不可能じゃないんじゃないかって思うくらい。
でも、同時に私はもっともっとその水族館を見てみたくなった。
だって、私達の住んでいる世界なんだ。
私達が過ごしてきた、地上での思い出を振り返ることの、何が悪いと言うのだろう。

「蝶子が言うなら、私もツテを使ってなんとか出来るようにしてみる。楽しみにしてて!」

はいはい。でも、少しだけ期待しようかな。

「待ってるよ。麻絵」

私達は雷が鳴り響き始めた中で、笑い合った。

第2話 街が沈んだ後の世界を見てみたい

夜、雷鳴が轟く中で私達は同じベッドに入って身を寄せ合ってお喋りをする。

「ねえ、麻絵はさ、なんでこの世界に残ったの?」

「え? なんで?」

「麻絵は裕福な家だし、宇宙へなんていくらでも行けたでしょ? 私とはスぺホで繋がってるし。どうしてこんな危険になった地球に留まるの?」

「んー。それはね、蝶子の見ている世界を見たいの」

「私の見ている世界?」

「そう。さっき言ってた水族館。あんな発想なかなかないよ! 私は蝶子が好きだから、蝶子と同じ目線で、同じものを見て、一緒にああだね、こうだねって話したいんだ」

「それがこの星に残った理由?」

「そう! 単純でしょ? それに蝶子とは街が沈み始める前からの付き合いだし、蝶子のことだーいすきなんだから!」

「あはは……。ありがとう」

「だからさ、私は蝶子のこと信じてるし、蝶子は私を信じてくれていい! それにあんたの夢は私の夢! 近い内に水底に沈んだこれまで生きてきた世界の水族館を見に行こうよ」

「うん。そう出来たらと嬉しいな」

「あ、もしかして私の力信用してないな? じゃあ優希君にも協力お願いしとこうっと」

「優希に? 優希に協力って、何させる気?」

「んー、演出?」

「演出って、テレビドラマじゃないんだから……って、テレビドラマも最近滅多にやらなくなっちゃったか。今はみーんなVRドラマだもんね」

テレビはやっていてもドラマをやるようなことはほとんどない。あったとしても過去作の再放送くらいで、あとはほとんど「宇宙へ行こう」という宣伝やニュースばかりだ。

「あ、雷減ってきたね。今夜はこれでもう大丈夫……かな?」

「多分ね」

「蝶子、ぎゅーってしてもいい?」

「どうしたの。急に」

「なんだか寂しくなったの! 急に!」

「ま、いいけどさ。あ、もう朝日が昇って来た……。本当に地球って変わっちゃったね」

普通ならば何時間も後にならなければ朝日など昇って来ないのに、この地球では既に太陽は昇っていた。
暗い紫色の空に赤や黄色が滲む。

「なんかさ、幻想的だよね。でもこれってどうやって年月日決めたらいいんだろうね。毎日地球の自転の速度違うみたいだしさ」

「……自分で決めればいいんじゃない? 人間なんて皆勝手で、好き勝手時間を作ったのがそもそもの始まりでしょ?」

「……もう! そういうところがある蝶子が大好き!」

私達はそんなことを言いながら、朝日の光を背に、一緒にベッドで眠りに就いた。
目を覚ますと、まだ朝日は昇っている最中だった。
私はまだ眠っている麻絵を見る。
年齢に似合わず可愛らしい寝顔するんだから。

でも、本当にこの子は私と一緒に居たいの? 宇宙に行くよりも、どうして私を選んだの? そんなことが頭を過った。
考えたところでわかるのは本人である麻絵のみなのだけれど。
それにしても、呑気な猫みたいな顔をして、よく寝てるなぁ。

「うみゅみゅぅ」

突然何か寝言を言ったかと思ったけれど、私は騙されない。

「起きてるんでしょ、麻絵」

しばらくすると片目を開けてこちらを窺う麻絵。そして麻絵は上体を起こして「バレちゃったか」と照れくさそうに笑っていた。

「寝言でうみゅみゅぅなんて言うはずないでしょ。あなたは猫か何か? それともまだ赤ちゃんなの?」

そう言ったら、麻絵は「あ、今の蝶子のうみゅみゅぅ可愛かった! もう一回聞かせてー!」と抱き着いてきたから、少し肩を抑えて離して、「もう言わない」と言った。
やった後になって、少し気恥ずかしかくなったからだ。
でも麻絵は期待した眼でこちらを見ている。

「もう言わないから」

「そんなー! お代官様ー!」

「私はお代官様でも何でもないんだから、そんなこと言われてもどうしようもないの。とにかく言わないものは言わないんだからね」

顔の熱は朝日のせい……ってことにしておいてほしいな。
それから私達は身支度をして小さな舟を出し、学校に向かっていく。
学校はこの先にある小高い丘にあるから、まだ一階の部分も浸水していない。
この辺りではあの学校くらいしか浸水していないところはない。

「久々の登校かもー」

「え、麻絵そんなに行ってなかったの?」

「実は、家族が一旦帰って来ていてね。ちょっと話でもってことで数日家に居たんだけれど、もう私を宇宙に行かせようとしつこく誘ってくるのよ。挙句の果てには宇宙に行かないなら帰らないとか、もう大変でしばらく行けなかったの。それでも蝶子にだけは会ってたけどね! 唯一の癒しは蝶子だったのよ、ここ数日」

「……なんだか、大変そうね」

やっぱりお金持ちの家の麻絵は家族会議のようなものがあったようだ。
大事な娘を滅びゆく地球に住まわせるというのは嫌なんだろうなぁ。

「あ、もう学校だ。ほら、行くよ。麻絵」

私は舟を止めて、麻絵に手を差し出した。麻絵はその手を迷わず握る。

「ありがとう! 蝶子!」

ああ、それにしても……。
この学校の下にあった街の姿を、水族館の展示物のように見てみたいなぁ。
どういうところで育って学んできたのか、忘れてしまいたくはないから。

「どうしたの? 蝶子」

「え、あ、ううん。なんでもない」  嘘、吐いちゃった。

第3話 潜水艦を借りよう 

学校の校門のところには角刈りの中年で小太りの赤いジャージを着た先生が立っている。 

「お、麻絵に蝶子か。今日はお前達と優希だけだぞ」 
「げっ、ゴリケン先生! 今日の当番ってゴリケン先生なの!?」 

当番、というのは授業であったり、学校の管理といったものだ。 
いくら治安が他よりもいい日本だからと言って、こんな世の中だから安全だとは言い切れないため、こうして先生達が交代制で学校を見回っているそうだ。 
ちなみにゴリケン先生というあだ名はゴリゴリに研究をしていることから由来している。決して体育会系ではない。……多分。でも元気そうな顔を見られてよかった。 

「ねえねえゴリケン……じゃない。ゴリケン先生、何か潜水艦とかないの? この学校」 

そう言えば噂で聞いたことがある。水位上昇の危機が出て来た時点で潜水艦は一般的になって、学校にも設置義務があったとされると……。 
でもそんな都合よく潜水艦なんてないだろう。そう思っていた。 

「潜水艦、あるにはあるぞ?」 

ゴリケン先生のその言葉に、私達は一瞬ぽかーんと口を開けて固まってしまった。 

「あるの?」 

「ある」 

「どこに?」 

「体育館にあるぞ。四人乗りのやつだったな。何だ。海の底でも見て研究したいのか? 残念だか地球にはもうそれほど研究者は残っていないから、お前達が出来ることと言えば限られているんだが」 

「誰も研究するなんて言ってなーい! 私達に貸して! 貸してよ! ゴリケン!」 

「そうは言ってもなぁ。この学校にも一隻しかないんだ。生徒とは言え貸すのは少しなぁ」 

そうしてゴリケンと麻絵は校門前であーだこーだと騒いでいる。 
そこへよく聞きなれた声がした。 

「貸してやればいいじゃん」 

「あ」 
私が思わずそう零す。 

「優希ー! あんたこそ救世主よ! あ、でも蝶子は譲らないんだからね!」 

そいつは優希。私達と同じクラスだったやつだ。 
今は宇宙と地球を行ったり来たりしているらしいが、どれだけお坊ちゃまなのかとも思う。私の周りにはこういう金持ちが多い気がする。いや、その前に、私の知り合いが凄すぎることによって私自身の貧乏さが少し恥ずかしい。 

「整備とか修理とかなら任せてよ。俺、潜水艦の免許持ってるから多少のことなら対応出来るし。あと麻絵、お前うざい。蝶子は今日も可愛いね、物静かでさ」 

そう言って優希が私の肩に触れる。 

「あー! 蝶子の肩に触らないでよ! 汚れる!」 

すぐに麻絵が私と優希を離す。 

「お前な、蝶子に寄りかかりすぎ。蝶子は俺の方が好きなの。見ればわかるっしょ?」 

「馬鹿言ってんじゃないわよ! ねえ、ゴリケン! 私の方が蝶子にぴったりでしょう?」 

「俺の方っすよね。先生」 

ゴリケン先生は頭を抱えて悩んでしまった。 
そりゃそうだ。私だってそうなる。 

「よし、潜水艦は貸してやろう。だが、年代物だからな。壊れていたら困るから、しっかりと事前準備をしていけよ。それから……」 

って、おい。麻絵か優希かを選んでいるんじゃなかったのか。……と、思ったのだけれどゴリケンは自分の興味のあるものにしか目がいなかない人だということを思い出して、私はまた少し自分が恥ずかしくなった。自意識過剰だ。 

「んじゃ、ま、借ります。潜水艦って何年ものっすか?」 

「2020年代物だよ」 

「うっわ、完璧に旧式じゃん」 
優希は嫌そうな顔をした。 

「旧式だと何か問題でもあるの?」 

ふふんとどこか上から優希を見る麻絵。 
優希は先ほどよりも嫌そうな顔を見せる。 

「ほとんどマニュアルなんだよ。この年代の潜水艦ってさ」 

「なんだ。お前ら潜水艦免許取ってないのか」 

潜水艦を動かしてもいいとしている免許は十八歳から取れるようになっている。 
しかし私も麻絵も取っていなかった。 

「……さすがお嬢さんって感じ。蝶子は別だけど」 

「じゃあ、優希から説明してもらえ。優希、鍵はこれな。パスワードはnewsだ」 

「ういっす」 

「あ、ゴリケンが逃げた!」 

「麻絵、ゴリケンゴリケンって、ちゃんと先生を付けなさい!」 

「だって蝶子、ゴリケンってば私達より優希との方が親し気なんだもん」 

「逆、逆」 

「逆じゃないもん。実は蝶子ってば、優希のこと好きなの?」 

「まさか。そんなことないよ」 

「そうは見えないけどなぁ。優希の方は」 
その指先にいる優希は体育館に向かっていて、こちらを振り向いてこう言った。 

「ちょっとあっちで整備しておくから、お前ら教室にでも行って待ってろよ」 

「わかった」 

私が少し大きめの声でそう言うと、優希は手で大きな丸を作って体育館へと行った。 

「それにしてもラッキーだったね! 潜水艦が一台、この学校にあって!」 

「うん。そうだね」 

まあ、無事に潜水艦も借りられそうだし、この星を水族館にするという壮大でいて身近すぎるその私の発想は、現実になろうとしていた。 
そして教室に行くと、時代外れの本などが置いてあって、誰一人としていない教室がそこにはあった。 
黒板には「宇宙に行ってくる」とか「また帰ってくる」と書いてはあるけれど、これを書いた人達をその後、地球で見たことはない。 
きっと宇宙に行ったきり、戻ってきていないのだろう。 
それもそうだよな……。 
こんな世界、いなくなりたいって、なっちゃうよね――。 

第4話 coming soon