• 『水族館にてさよならを』

  • 根本鈴子
    ファンタジー

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    宇宙時代到来。地球は海面の水位上昇により生物の住みにくい世界へと変わってしまった。しかし、ある女子高生達はこの地球に留まり続ける。青春をほとんど人のいない地球で日々を送る彼女達に、地球は何を贈ってくれるのか。そして彼女達はどのような選択をしていくのだろうか。

人物紹介

主人公 蝶子(ちょうこ) 十八歳
宇宙に行くよりも地球に留まることを決めた。
ただ単に、地球での思い出や生まれ育った星の方が愛しいと感じているために、そうしただけ。地球を水族館として見てみたいという夢を叶えたい。

主人公の親友 笹木 麻絵(ささき まえ) 十八歳
蝶子と一緒に居たくて家族を捨てた変わり者。
地球のことも愛しているが、それ以上に蝶子のことが好き。
蝶子のために蝶子の夢を叶えようとする。

主人公の友達 優希(ゆき) 十八歳
名前のせいで女の子とよく間違えられる男の子。
地球と宇宙を行き来しながら学校に通う忙しい人。
蝶子のことは友達としてしか見ていないが、実は好き。
告白が出来ずやきもきしている。

第1話 宇宙よりも地球

20××年。私達が暮らすのは地球ではなく、宇宙がメインになっていた。

地球は相次ぐ水害、気候変動によって海面の水位が上昇し、島国のそのほとんどがもう海の底に沈んでしまったのだ。
日本も例外ではなく、私達は地球に残り、過酷な環境に身を置くか、それとも宇宙へ行って新しい星を探すかの選択に迫られた。

私は地球が好きだったし、宇宙に行く気なんてさらさらなかったから、私のことなど無関心な両親からの空っぽな言葉を無視して、地球に留まることに決めた。
両親は私なんかを放って、あっという間に宇宙に行ってしまったし、私は残された家の水の来ていない二階で毎日を送ることとなった。

学校ももうほとんど機能していないし、テレビはぎりぎりやっているけれど、いつか何かあったらすぐに逃げられるようにしていると宇宙にいる友達にスマホの進化版のスペースフォン、通称スぺホで聞いた。

そっか。皆逃げられるように生きているんだと気づいたのは、割と最初の時から。
まだ街はぎりぎり生きているというのに、皆はそんなこと気にせずどんどん宇宙に行ってしまう。
逃げていないのは奇人変人ともっぱらの噂だと、これも友達に聞いた。

そんなに皆、宇宙がいいのだろうか?
私はそう疑問に思った。
母なる星、地球という素晴らしい星があるのに、他を探すのはいかがなものかと思う。

まあ、まだ高校生の私が言えたものじゃないけれど。
高校と言っても、地球に残っている高校はほとんど学生と教師の溜まり場で、授業なんてもうほとんどやってないし、ただ喋ってばかり。

でも、不思議と心は癒えていた。
捨てられた悲しみというものを持っている人が多かったし、確かに奇人変人も多くて、ネタには困らない。

「あー、最近かったるい。水温まで上昇しちゃうなんてね。もう海なんかプールよ、プール!」

友達の笹木麻絵がそう言って私の部屋のベランダで海に足を突っ込んで、ばしゃばしゃと水飛沫を上げていた。

「たくさんの生命体も形を変え、絶滅し、変化してるもんね」

私がそう言うと、麻絵はセーラー服を脱ぎだして、下着姿になった。

「もう! そんなことどうでもいいわ! だって私達、地球を愛してるんだもの! だから、どんな姿の地球でも愛さなくちゃ! そうでしょ? 蝶子」

蝶子というのは私の名前だ。名字は持っていない。
この時代、名字はあってもなくてもいいもので、名前しか持たない人も少なくはない。
私みたいに。

「蝶子、泳ごう! さっぱりするよー!」

「塩でべたべたになるから嫌」

「えー、いいじゃん。あとで真水供給の人来るし。それにちょっとだけ舟を出せばシャワーも露天風呂もあるじゃない」

「そうは言っても……」

麻絵は私の言葉なんて聞いていないとでもいった様子で、目の前の海にダイブした。
この地球に残った人達の中には結構いるのだけれど、下着姿でよく泳いでいる。

「麻絵、セーラー服、ここに引っかけておくね」

ハンガーにセーラー服を通してベランダの物干し竿に吊るしておいた。

「ありがとう蝶子ー! あー、気持ちいいー!」

そう言いながら麻絵はぷかぷかと海で浮いたり、泳いだりを繰り返す。
太陽はじりじりと私達の肌を焦がす。
そんな中、遠くから音が聞こえた気がした。
それは麻絵も同じだったようで、顔を見合わせた。

「ん? 今、音がしたよね。雷? 豪雨かな……」

「わからない。まだ遠くだけど、用心はしておいた方がいいかもしれない」

私がそう言うと、麻絵は急いでベランダに戻って、身体をセーラー服のスカートのポケットに入れていたミニタオルで拭いて、セーラー服を着た。

「雷に打たれるのだけは嫌なんだよねぇ。最悪死ぬじゃん」

「まあね。避雷針あってももう関係ないくらい威力も増してるから……」

そう。もう昔のような生易しい雷ではないのだ。
当たったら即死と言われるくらいのとんでもない勢いの雷がどんどんと海面に、街に、家に落ちていく。

ニュースでもやっていたけれど、ここのところ人に落ちることが多いから、雷の音が聞こえたらすぐに屋内に避難するようにと注意喚起がされていた。
まあ、地球に残った私達もそういうことがあるのは仕方がないとわかってはいるけれど、とはいえ、頻繁に人が死ぬと私達も他人事には思えないわけで。

「蝶子、私家に帰るの怖くなっちゃった。今日は泊まってもいい?」

「うん。いいよ」

たまに、こんな風に雷が鳴り始めるとその近くの友達の家なんかに泊めてもらうこともある。

「ありがとう蝶子。今度お礼するね! どんなお礼がいい?」

その時、私はふと思いついたことがあった。

「……水族館」

「え?」

「私、沈んだ街を見たい。きっと、水族館みたいなんだろうなって、思うから」

それって、凄く難しいことだろうと思った。
それこそ、実現不可能じゃないんじゃないかって思うくらい。
でも、同時に私はもっともっとその水族館を見てみたくなった。
だって、私達の住んでいる世界なんだ。
私達が過ごしてきた、地上での思い出を振り返ることの、何が悪いと言うのだろう。

「蝶子が言うなら、私もツテを使ってなんとか出来るようにしてみる。楽しみにしてて!」

はいはい。でも、少しだけ期待しようかな。

「待ってるよ。麻絵」

私達は雷が鳴り響き始めた中で、笑い合った。

第2話 街が沈んだ後の世界を見てみたい

夜、雷鳴が轟く中で私達は同じベッドに入って身を寄せ合ってお喋りをする。

「ねえ、麻絵はさ、なんでこの世界に残ったの?」

「え? なんで?」

「麻絵は裕福な家だし、宇宙へなんていくらでも行けたでしょ? 私とはスぺホで繋がってるし。どうしてこんな危険になった地球に留まるの?」

「んー。それはね、蝶子の見ている世界を見たいの」

「私の見ている世界?」

「そう。さっき言ってた水族館。あんな発想なかなかないよ! 私は蝶子が好きだから、蝶子と同じ目線で、同じものを見て、一緒にああだね、こうだねって話したいんだ」

「それがこの星に残った理由?」

「そう! 単純でしょ? それに蝶子とは街が沈み始める前からの付き合いだし、蝶子のことだーいすきなんだから!」

「あはは……。ありがとう」

「だからさ、私は蝶子のこと信じてるし、蝶子は私を信じてくれていい! それにあんたの夢は私の夢! 近い内に水底に沈んだこれまで生きてきた世界の水族館を見に行こうよ」

「うん。そう出来たらと嬉しいな」

「あ、もしかして私の力信用してないな? じゃあ優希君にも協力お願いしとこうっと」

「優希に? 優希に協力って、何させる気?」

「んー、演出?」

「演出って、テレビドラマじゃないんだから……って、テレビドラマも最近滅多にやらなくなっちゃったか。今はみーんなVRドラマだもんね」

テレビはやっていてもドラマをやるようなことはほとんどない。あったとしても過去作の再放送くらいで、あとはほとんど「宇宙へ行こう」という宣伝やニュースばかりだ。

「あ、雷減ってきたね。今夜はこれでもう大丈夫……かな?」

「多分ね」

「蝶子、ぎゅーってしてもいい?」

「どうしたの。急に」

「なんだか寂しくなったの! 急に!」

「ま、いいけどさ。あ、もう朝日が昇って来た……。本当に地球って変わっちゃったね」

普通ならば何時間も後にならなければ朝日など昇って来ないのに、この地球では既に太陽は昇っていた。
暗い紫色の空に赤や黄色が滲む。

「なんかさ、幻想的だよね。でもこれってどうやって年月日決めたらいいんだろうね。毎日地球の自転の速度違うみたいだしさ」

「……自分で決めればいいんじゃない? 人間なんて皆勝手で、好き勝手時間を作ったのがそもそもの始まりでしょ?」

「……もう! そういうところがある蝶子が大好き!」

私達はそんなことを言いながら、朝日の光を背に、一緒にベッドで眠りに就いた。
目を覚ますと、まだ朝日は昇っている最中だった。
私はまだ眠っている麻絵を見る。
年齢に似合わず可愛らしい寝顔するんだから。

でも、本当にこの子は私と一緒に居たいの? 宇宙に行くよりも、どうして私を選んだの? そんなことが頭を過った。
考えたところでわかるのは本人である麻絵のみなのだけれど。
それにしても、呑気な猫みたいな顔をして、よく寝てるなぁ。

「うみゅみゅぅ」

突然何か寝言を言ったかと思ったけれど、私は騙されない。

「起きてるんでしょ、麻絵」

しばらくすると片目を開けてこちらを窺う麻絵。そして麻絵は上体を起こして「バレちゃったか」と照れくさそうに笑っていた。

「寝言でうみゅみゅぅなんて言うはずないでしょ。あなたは猫か何か? それともまだ赤ちゃんなの?」

そう言ったら、麻絵は「あ、今の蝶子のうみゅみゅぅ可愛かった! もう一回聞かせてー!」と抱き着いてきたから、少し肩を抑えて離して、「もう言わない」と言った。
やった後になって、少し気恥ずかしかくなったからだ。
でも麻絵は期待した眼でこちらを見ている。

「もう言わないから」

「そんなー! お代官様ー!」

「私はお代官様でも何でもないんだから、そんなこと言われてもどうしようもないの。とにかく言わないものは言わないんだからね」

顔の熱は朝日のせい……ってことにしておいてほしいな。
それから私達は身支度をして小さな舟を出し、学校に向かっていく。
学校はこの先にある小高い丘にあるから、まだ一階の部分も浸水していない。
この辺りではあの学校くらいしか浸水していないところはない。

「久々の登校かもー」

「え、麻絵そんなに行ってなかったの?」

「実は、家族が一旦帰って来ていてね。ちょっと話でもってことで数日家に居たんだけれど、もう私を宇宙に行かせようとしつこく誘ってくるのよ。挙句の果てには宇宙に行かないなら帰らないとか、もう大変でしばらく行けなかったの。それでも蝶子にだけは会ってたけどね! 唯一の癒しは蝶子だったのよ、ここ数日」

「……なんだか、大変そうね」

やっぱりお金持ちの家の麻絵は家族会議のようなものがあったようだ。
大事な娘を滅びゆく地球に住まわせるというのは嫌なんだろうなぁ。

「あ、もう学校だ。ほら、行くよ。麻絵」

私は舟を止めて、麻絵に手を差し出した。麻絵はその手を迷わず握る。

「ありがとう! 蝶子!」

ああ、それにしても……。
この学校の下にあった街の姿を、水族館の展示物のように見てみたいなぁ。
どういうところで育って学んできたのか、忘れてしまいたくはないから。

「どうしたの? 蝶子」

「え、あ、ううん。なんでもない」  嘘、吐いちゃった。

第3話 潜水艦を借りよう 

学校の校門のところには角刈りの中年で小太りの赤いジャージを着た先生が立っている。 

「お、麻絵に蝶子か。今日はお前達と優希だけだぞ」 
「げっ、ゴリケン先生! 今日の当番ってゴリケン先生なの!?」 

当番、というのは授業であったり、学校の管理といったものだ。 
いくら治安が他よりもいい日本だからと言って、こんな世の中だから安全だとは言い切れないため、こうして先生達が交代制で学校を見回っているそうだ。 
ちなみにゴリケン先生というあだ名はゴリゴリに研究をしていることから由来している。決して体育会系ではない。……多分。でも元気そうな顔を見られてよかった。 

「ねえねえゴリケン……じゃない。ゴリケン先生、何か潜水艦とかないの? この学校」 

そう言えば噂で聞いたことがある。水位上昇の危機が出て来た時点で潜水艦は一般的になって、学校にも設置義務があったとされると……。 
でもそんな都合よく潜水艦なんてないだろう。そう思っていた。 

「潜水艦、あるにはあるぞ?」 

ゴリケン先生のその言葉に、私達は一瞬ぽかーんと口を開けて固まってしまった。 

「あるの?」 

「ある」 

「どこに?」 

「体育館にあるぞ。四人乗りのやつだったな。何だ。海の底でも見て研究したいのか? 残念だか地球にはもうそれほど研究者は残っていないから、お前達が出来ることと言えば限られているんだが」 

「誰も研究するなんて言ってなーい! 私達に貸して! 貸してよ! ゴリケン!」 

「そうは言ってもなぁ。この学校にも一隻しかないんだ。生徒とは言え貸すのは少しなぁ」 

そうしてゴリケンと麻絵は校門前であーだこーだと騒いでいる。 
そこへよく聞きなれた声がした。 

「貸してやればいいじゃん」 

「あ」 
私が思わずそう零す。 

「優希ー! あんたこそ救世主よ! あ、でも蝶子は譲らないんだからね!」 

そいつは優希。私達と同じクラスだったやつだ。 
今は宇宙と地球を行ったり来たりしているらしいが、どれだけお坊ちゃまなのかとも思う。私の周りにはこういう金持ちが多い気がする。いや、その前に、私の知り合いが凄すぎることによって私自身の貧乏さが少し恥ずかしい。 

「整備とか修理とかなら任せてよ。俺、潜水艦の免許持ってるから多少のことなら対応出来るし。あと麻絵、お前うざい。蝶子は今日も可愛いね、物静かでさ」 

そう言って優希が私の肩に触れる。 

「あー! 蝶子の肩に触らないでよ! 汚れる!」 

すぐに麻絵が私と優希を離す。 

「お前な、蝶子に寄りかかりすぎ。蝶子は俺の方が好きなの。見ればわかるっしょ?」 

「馬鹿言ってんじゃないわよ! ねえ、ゴリケン! 私の方が蝶子にぴったりでしょう?」 

「俺の方っすよね。先生」 

ゴリケン先生は頭を抱えて悩んでしまった。 
そりゃそうだ。私だってそうなる。 

「よし、潜水艦は貸してやろう。だが、年代物だからな。壊れていたら困るから、しっかりと事前準備をしていけよ。それから……」 

って、おい。麻絵か優希かを選んでいるんじゃなかったのか。……と、思ったのだけれどゴリケンは自分の興味のあるものにしか目がいなかない人だということを思い出して、私はまた少し自分が恥ずかしくなった。自意識過剰だ。 

「んじゃ、ま、借ります。潜水艦って何年ものっすか?」 

「2020年代物だよ」 

「うっわ、完璧に旧式じゃん」 
優希は嫌そうな顔をした。 

「旧式だと何か問題でもあるの?」 

ふふんとどこか上から優希を見る麻絵。 
優希は先ほどよりも嫌そうな顔を見せる。 

「ほとんどマニュアルなんだよ。この年代の潜水艦ってさ」 

「なんだ。お前ら潜水艦免許取ってないのか」 

潜水艦を動かしてもいいとしている免許は十八歳から取れるようになっている。 
しかし私も麻絵も取っていなかった。 

「……さすがお嬢さんって感じ。蝶子は別だけど」 

「じゃあ、優希から説明してもらえ。優希、鍵はこれな。パスワードはnewsだ」 

「ういっす」 

「あ、ゴリケンが逃げた!」 

「麻絵、ゴリケンゴリケンって、ちゃんと先生を付けなさい!」 

「だって蝶子、ゴリケンってば私達より優希との方が親し気なんだもん」 

「逆、逆」 

「逆じゃないもん。実は蝶子ってば、優希のこと好きなの?」 

「まさか。そんなことないよ」 

「そうは見えないけどなぁ。優希の方は」 
その指先にいる優希は体育館に向かっていて、こちらを振り向いてこう言った。 

「ちょっとあっちで整備しておくから、お前ら教室にでも行って待ってろよ」 

「わかった」 

私が少し大きめの声でそう言うと、優希は手で大きな丸を作って体育館へと行った。 

「それにしてもラッキーだったね! 潜水艦が一台、この学校にあって!」 

「うん。そうだね」 

まあ、無事に潜水艦も借りられそうだし、この星を水族館にするという壮大でいて身近すぎるその私の発想は、現実になろうとしていた。 
そして教室に行くと、時代外れの本などが置いてあって、誰一人としていない教室がそこにはあった。 
黒板には「宇宙に行ってくる」とか「また帰ってくる」と書いてはあるけれど、これを書いた人達をその後、地球で見たことはない。 
きっと宇宙に行ったきり、戻ってきていないのだろう。 
それもそうだよな……。 
こんな世界、いなくなりたいって、なっちゃうよね――。 

第4話 紙に書かれた滲んだ言の葉

教室に行くと、私と麻絵は一番前の席の窓際に並んで座った。
そして麻絵の机を見てみると、湿気で滲んだ言葉が紙にここぞとばかりにぎっしりと連なっていた。

「また会おう」
「宇宙で会おう」
「次の星までさよならだ」

……。皆、薄情だな。
こんなにも頑張ってくれた地球を、そう簡単に見捨てられるなんて。
でも、私の机を見てみた。
真っ白な紙が残ってるだけ。
何も書かれていない。

「……」

友達らしい友達は、麻絵と優希くらいで。優希は宇宙に行く前にいろんなところに書きに行ったみたいだけど、麻絵は親しい人にだけ書きに行っていた気がする。
もう結構前のことで覚えていない。
貴重な高校生活が、ほとんど水浸しで、台無しだ。

「あれー、蝶子まだ何も書かれてなかったんだ。えい、書いちゃえ!」

そう言って麻絵は床に転がっていた一本のシャープペンシルで何か書きたそうにしていたけれど、紙がふやけていて上手く書けないようだった。

「んー。あ、こっちの方が良さそう!」

教卓からごそごそと油性ペンを取り出してきた。
よくこんなものが残されてたなぁと思ったけれど、先生にも忘れっぽい人いたもんなぁと思い出す。
やっぱり、先生達もほとんどの人が宇宙に行ってしまったけれど……。

「ねえ、お別れの言葉にしない?」
「え? 何?」

突然の麻絵のその言葉に私はどうしたらいいのかと一瞬頭が混乱した。
いきなりお別れの言葉にしたいという麻絵のその気持ちがわからなかった。

「いや、ほらさ、私達いつ別れるかわからないじゃない。だからさ、毎日お別れするくらいの気持ちでいれば、毎日大切に、大事に過ごせるでしょ?」

「そりゃそうだけど、随分と急な思い付きだね」

正直に私がそう言うと、麻絵は「にひひっ」と笑った。
この子の本当の笑い方はこういう笑い方で、凄く少女っぽいあどけない笑顔が特徴的で、私は好きだ。いつものいたずらっ子のような女性の顔も好きだけど、やっぱりこっちの方が好きだなぁ。

「どしたの? 蝶子。私の顔に何かついてる?」
「ううん。可愛いなって、思ってさ」

私は久しぶりに微笑んだ。

「……! 蝶子の方が可愛いもん! と、とにかく、お別れの言葉でも書いちゃおうよ! さよなら……だけじゃ、ちょっと寂しいか。あとは何があるかなぁ?」

さよなら……?
確かにいい響き。さようならを簡単にした、より身近な言葉だ。
そういえば、私は地球を水族館と思っているから、永遠にさよならするとしたら、この地球……。
じゃあ、「水族館にさよなら」が一番しっくりするのかもしれない。

「あの、麻絵」
「うん?」
「水族館にさよならを……って、ダメかなぁ?」
「水族館? それって何?」

「ほら、私達今から潜水艦で沈んだ街を見てくるでしょ? それってさ、まるで水族館みたいじゃない? 地球そのものが水族館って考えたら、もしかしたら皆今に宇宙に強制的に行かなければいけなくなるかもしれないし、さよならって思っておけばいいんじゃないかなって」

「蝶子……」
私はダメかなと思った。でも、予想外にもいい反応が返って来た。

「それ、すっごくいいよ! 水族館にさよなら、ね! 書いちゃおう!」

「わっ、そんなに大きく書かなくてもいいじゃない」
そう言いながらも、意気揚々と書く麻絵に私はつい微笑んでしまった。

「ふふっ」
「私達は最後の水族館の観客だよ! いろんなところ巡って、悔いが残らないようにしなくちゃ!」
「そんな大袈裟な」

そう言ったけれど、麻絵は凄く真剣な眼で私を見ていた。

「本当に、これっきりになっちゃったら、嫌だから……。最後に全部、やりたいことやっておきたいの」
そして「にひひっ!」と麻絵は笑った。

「こっちにも書いちゃえ!」

麻絵は黒板にも書いていた。
それも他の文字の上からでかでかと。
……ちょっとこういうところが大胆過ぎるんだよなぁ。
でも、そこがまた可愛いところなんだよね。

「おーい。蝶子、あとおまけの麻絵。整備終わったからこっち来いよ」

外からそう呼びかけられて、私達は優希のところへと向かっていった。
優希は少しばかり黒くなった制服を着ていて、顔の汚れを腕で拭っていた。

「遅いぞ、馬鹿! 蝶子が退屈して寝ちゃったらどうするの!」
「麻絵、私そんなに赤ちゃんじゃない……」
「麻絵はいつもそうだよな。どうして俺に突っかかって来るんだよ。でも蝶子なら大歓迎」
「優希もそうやって麻絵を焚きつけない」
「蝶子ー! こんなアホより私を選ぶよね?」
「そりゃこっちのセリフだ、馬鹿。あ、蝶子は気にしなくていいからな」

なんだかんだ、この二人、結構いいコンビだと思う。
でも二人は何故か私を取り合う。
どうしてだかはわからないけれど、私自身にそんなに魅力があるとは思えないのに二人は高校に入ってからすぐに私に声を掛けてきた。
うーん、入学式の時、何かあったのかしら?
覚えがないのだけれど……。

「蝶子!」

二人にそう言われて両腕を引っ張られる。
地味に痛い。

「痛いから、手を引っ張るの、やめてくれない?」

私がそう言うと二人はわーわーと口喧嘩を始めた。
私は呆れてため息を吐いて二人を振り解く。

「早く一緒に水族館を見に行きましょうよ。それとも、行きたくないの?」
二人はその言葉にハッとして、私に付いてきた。

「で、潜水艦は?」
「門のところ。もう浸水させてあるから、あとは乗るだけだ」
「そう。じゃあ、皆で早く乗りましょう」
「うん!」
「ああ!」

第5話 文明の発達と共に失われたもの達

潜水艦は車のような形をしていた。 

まあ、一般用の潜水艦が開発された元々が車だったものを改造したらしいから当たり前かもしれないが。 
オープンカーのようになっていて、上から乗るらしいのだけれど、本当に安定するのか? これ。古すぎて安定して乗れなくてひっくり返るとか、そんな昔の漫画とかコントみたいなことにならないだろうか。 

「安定してないように見えるけど、結構乗り心地も悪くないし、さっき試乗したから問題はない」 

「ふーん。じゃあ、私助手席乗る! 蝶子はドンみたいに後部座席のど真ん中に座っちゃえ!」 

「あ、こら、麻絵!」 

「おいおい」 

麻絵が先に潜水艦に乗り込んで、私の手を引っ張った。 
意外にも潜水艦は安定していて、揺れることもほとんどなかった。 
後部座席に座ると、優希がボタンを押して、天井が現われた。そして潜水艦はゆっくりと海に入っていった。 

「わー、こんな光景始めて見た! 蝶子、凄いね! 優希はしっかり運転しなさいよ!」 

「うるせえ、黙ってろ。あ、蝶子はゆっくり見ていてくれよな」 

「……とりあえず二人共、声量下げようか。静かにしてくれなかったら私、ちょっと怒るよ?」 

「ごめん」 

「すまん」 

二人からの謝罪と、しばらくの沈黙で私は許してあげることにした。 
海の中に入った私達がまず見たのは、私達の暮らしている家の一階部分だった。 
完全に浸水していて、苔が生えているところや知らない生物達がいたり、植物が生えているのが見てわかった。 

――それを見た私は、あまりの美しさに、涙が出そうになった。 

私達が暮らしてきた世界が、あまりにも尊いものだったこと。そして失われたものはもう二度と戻ってこないのだという後悔。まさに、失楽園。 
私達人間はあまりにも強欲だったから、この地球という美しい星から追い出される運命なのかもしれない。それは地球自身のもう無理だという声と、狂っていくその自転や気候変動からしてもわかることだろう。 

「綺麗、本当に、綺麗……。青い世界で、これが、母なる海って感覚でわかる」 

私はいつの間にかそうして呟いていた。 
涙を流していると、二人が心配そうにこちらを見ていた。 

「蝶子、大丈夫か?」 

「そんなに残酷だった? 私達、この街を水族館なんて言って見ない方がよかった?」 

「ううん。違うの。本当に、あまりにも美しくて、私、感動しちゃっただけなの。ごめんね。こんな恥ずかしい姿、見せたくなんてなかったんだけど」 

そう言って、二人の顔を見ると、安心感がやってきて、また涙を流してしまった。 
この大きな世界になった今、私を救ってくれるのはこの星の美しさと、友達や先生達……。 
きっといつかは私も宇宙に行くことだろう。 
でも、この星の美しさは忘れてはいけない。 
この水族館を、忘れちゃいけない……。 
私達の生まれた、大切な星の最期になるかもしれない姿なのだから。 

「じゃあ、今度はあっちの方行こうよ。ほら。昔高校の帰りによく三人で寄ってた公園。森林があったから綺麗に朽ちてるんじゃない?」 

「麻絵、わかったからその手を退けろ。見えない。危ない」 

麻絵は優希の目の前でわざと手をぶんぶん振っていたのだった。私もさすがに危ないかなと思って、「そういう危ないことをするなら、私はここでドアを開けるけど、どうする?」と言ってみた。もちろん本気ではない。でも麻絵には効果絶大で、すぐに手を止めて私の手を握りしめる。 

「蝶子、そんなに私のことを心配してくれてるんだね。大丈夫。そんなことしなくても私はいつもあなたと一緒よ!」 

なんだか変なことを思われているが、まあ、優希を邪魔しないならいいだろう。 

「蝶子、後で俺にも手握らせてよ」 

「うわ、えろいやつだ! 蝶子の清らかな手をそんな汚れたやつに触らせるものか!」 

「えろくねえって! なんでもかんでもそういう方向に持って行くのをやめろ!」 

「うるさい! このサル! 操縦士になれるやつが優希しかいないから仕方なく付き合ってもらっただけですー。元々は私と蝶子だけのつもりだったんだから」 

「潜水艦の免許取らなかったのが運の尽き。お前より俺の方が蝶子のことわかってるし。てか、蝶子、また泣いてるじゃん……。ほら、ハンカチ」 

「はい、蝶子。ハンカチ」 

「あ、俺のハンカチ! さぞ自分が持ってましたみたいなその態度やめろよ!」 

「うるさい! サル! サルは操縦だけしてればいいの! 蝶子は私の……なんだから!」 

「またサルって言った! 俺はサルじゃないってのに!」 

「あのー、二人共。私、もう涙乾いちゃったわ。だから、そのハンカチは要らないの。ありがとう」 

麻絵と優希は顔を見合わせると「ふんっ」と言ってお互いにそっぽを向いてしまった。 

「優希、あなたが名前の通り優しいのは知ってるの。この水族館を見せてくれているのもあなたのお陰。あなたが操縦していなければ私はここにはいないわ」 

そう優希に優しく囁くと優希は嬉しそうに微笑んだ。 

「麻絵、あなたも優希に負けず劣らず優しいのは知っているわ。そもそも潜水艦を借りようって言ってくれたのはあなただったものね。ありがとう。あなたのお陰で私、今とても感動しているのよ」 

そう言うと麻絵は照れたように笑って、前を向いて座り直した。 
なんだかくすぐったいくらい、温かな二人と一緒に、私は水族館巡りを再び始めたのだった。 

第6話 誰にも聞こえない曲

水族館の中にはきらきらとしたものがたくさんあった。 
もう使われていない街灯が、灯ったり消えたりを繰り返している。 
まだわずかに人間の住んでいた痕跡が残っている。 
いや、もっと、たくさん、私達がこの世界にいた痕跡がわかる。 
そんなとき、どこからか歪んだ音が聞こえてきた。 

「な、何!?」 

麻絵は凄く驚いていた。 

「あっちだな。行ってみるか? 蝶子」 

「うん。見てみたい」 

この沈んでしまった世界で、奏られる音の正体を知りたい。 
そして潜水艦はゆっくりと音のする方へと向かっていった。 
そこには昔のオルゴールがあった。 
ずっと、動き続けていたのだろうか。 
主もいないこの大きな水族館の中で、ずっと鳴っていたんだろう。きっと。 

「ねえ、なんだかさ、切ないね。この曲って、なんだっけ」 

麻絵がそう言うから、私は記憶の中から曲名を引っ張り出す。 

「戦場のメリークリスマス……。確か、映画の曲じゃなかったかな?」 

「ああ、確か凄い切ない話だ」 

「優希の癖に生意気だぞー! そして蝶子はありがとうー!」 

「はいはい。わかったから。優希、もう少し、この辺りで止まっていられる?」 

「出来るけど、どうして?」 

「もう少し、戦場のメリークリスマス、聴いていたいの」 

音が飛んだりしてしまっているけれど、でも、戦場のメリークリスマスはいつまでも奏でられていた。 
私は曲を聴きながら、この世界を見渡した。 
太陽が上から光を当てていて、その光で街が光り輝く。 
美しい。本当に……。ここで、人間達は暮らしていたんだ。 
水位上昇前は、私もこの街によく来ていた。 
学校の近くだから、いろいろとあったし、クレープを食べたりなんかもしたなぁ。 

「ねえ、懐かしいね。私達の街。まるで、ここだけ世界が時間を止めてしまったみたいだね」 

麻絵のその言葉に私は「うん」としか答えられなかった。 
優希も何か思うところがあるのだろうか。目の前に広がる光景を見て、何か考えているのか、無言が続く。 
そしてその時、オルゴールの音が途切れた。 

「あれ、止まっちゃった……?」 

「そう、みたいだね」 

そう私が言うと、前は残念そうに「もっと聴いていたかったなぁ」と言った。 
それは私も同じだ。戦場のメリークリスマスなんて、もうあまり聞けないから、聞けてよかったけれど、でも、急になくなると寂しいものだ……。 

「おやすみなさい」 

オルゴールにそう言った。 
優希と麻絵は何で私がそう言ったのかわからないみたいだけど。 
この街は、私達の生まれ育った街だ。 
でも、今は水の底で、その建物の主達はほとんどが宇宙に行ってしまった。 
寂しそうに見えるのは、気のせいだろうか。 

「行くぞ。蝶子」 

「うん」 

「ちょっとー! 私の意見はー!?」 

「お前の言葉は無視するに限るかなーと思ってさ。だってお前サルみたいに鳴いてるじゃん」 

優希がそう言って助手席の麻絵の頬をつんつんと触っていた。 

「触らないでよー。まあ、蝶子がいいならいいけどさ」 

やっぱり、二人は仲がいいのだろう。 

「ふふっ」 

私が思わず笑ってしまうと、二人は一瞬きょとんとして私を見て「蝶子が笑った!」と言っていた。 

「もう、失礼ね。私だって笑うわよ。それはあなた達だってわかっているでしょ?」 

「そりゃそうだけれど、あまり笑わないイメージだったから」 

「そうそう」 

「不意に笑ってくるとびっくりするっていうか、その……うん」 

私は笑わないイメージだったのか。 
別に不意にって程ではないと思うんだけれどもな。 
そんな時だった。 
潜水艦から「ピーピー!」というアラーム音のようなものが鳴った。 

「いけねっ! もう上に上がるからな!」 

「えっ、どうして、これからじゃない」 

麻絵がそう言うと、優希は「もう酸素が切れるってこと! この潜水艦は二時間くらいはいけると思ったんけど、二時間もいけなかったな」と言って潜水艦を浮上させていった。 

水族館の街並みが遠くなっていく。 
私はそっと手を振った。 
オルゴールが少しだけ鳴っているような気がした。 
そういえばあのオルゴール、主もいないのに、いつまで鳴っているんだろう。 
いつまで、主人を待ち続けているんだろう。 
そう思うとなんだか切ないものが胸に残った。 
潜水艦が無事に上がり、天井がなくなって船のようになると、アラーム音は止んだ。 

「ふう、これだから2020年代ものは……」 

優希は潜水艦のことでぶつくさ言っていたが、でも、これで十分だ。 

「ねえ、優希、麻絵」 

「どした?」 「何ー?」 

「また、私と一緒に水族館巡りしてくれる? もちろん、無理にとは言わないけれど……。出来たら二人には、来てほしいなって思って」 

その問いに、優希は「もちろんだ。大体潜水艦操縦出来るのこの中で俺だけだしな!」と言って、麻絵は「蝶子のお誘いならいくらでもー!」と言ってくれた。 
本当に、私はいい友人に恵まれたものだ。 
そして、「最初の水族館巡り」は終わりを迎えた。 
学校に行くと先生が門の前で私達を待っていた。 

「ゴリケン先生―! 潜水艦なかなかよかったよー! たださ、これもっと長く潜っていられないわけ?」 

麻絵がそんな風に言うものだから私は少しだけ麻絵を怒る。 

「こら、麻絵!」 

でも麻絵は全く悪びれなかった。 

「だって、本当のことだもーん」 

「ゴリケン、俺も思うけど、これ古すぎじゃね? もっと新しいの……って、ないんだよなぁ。この学校には」 

そう言う優希に先生は「嫌なら貸さないぞ」と言ってきた。 
二人は途端にあたふたと先生を「よいしょ」したりして、その後も潜水艦を使ってもいいという許可を貰ったのだった。 

第7話 友達

それから優希と別れ、私と麻絵は一緒に小さな舟で私の家へと帰っていった。
家で灯りを灯す。

「はー、それにしても今日は疲れたね! 蝶子、夢は叶った? どんな感じ?」

「うん。夢、叶ったよ。なんだか、胸がぽかぽかしてる」

「そっかそっか! それならいいんだ!」

「麻絵、今日は帰るの? 帰らないで泊まっていく? どっちにする?」

「あ、じゃあ、泊まらせて! どうせ一人の家に行っても寂しいだけだからさー」

「うん。わかった。いいよ」

そして私は家の外に置いてある宅配ボックスに入っているお弁当を取り出した。
二個のお弁当。いつ麻絵がやって来てもいいように、お弁当を二人分用意してもらっているのだ。
多かった場合は宅配ボックスに入れておけば持って行ってくれるシステムだ。

「やったー! 今日はグラタンだ! でも、この支援システムはいつまで続くんだろう……。宇宙からお弁当送ってもらうのも、いつかは無理が生じるよね……」

「うん。それはそうだね。もしかしたら、私達、最後の地球の民になるかもしれない。でも、それでも私は地球に居続けたいな」

「地球が滅ぶかもしれないのに?」

「うん。もし宇宙か地球選べ……って言われても、私は地球を選ぶつもり」

「私は蝶子と一緒だったらその方が良いな」

「ねえ、麻絵。なんで麻絵って私のこと、そんなに信じたり、仲良く出来るの? 私特にこれと言って何かした覚えがないんだけど」

今まで思っていた疑問を麻絵に聞いてみた。

「え、覚えてないの!?」

「え、逆に覚えてないといけないようなことあったの?」

私がそう言うと、麻絵は少し悩んでからにやっと笑った。

「仕方ないなー! いろいろなこと教えてあげる! 私と、蝶子の出会いのお話!」

そう言えば麻絵と出会ったの、覚えてないなぁ。

「私とね、蝶子は高校の入学式に出会ったの。ハンカチを落としちゃって、皆気づかずにそのハンカチを踏んでいくんだけど、そのハンカチ、お母さんから貰った大事なものだったんだ。でね、蝶子だけ、ハンカチを踏まずに拾ってくれたの。そして汚れを軽く落としてくれて、私に『大事なものなんでしょう? 早くにハンカチ、助けられなくてごめんね』って言ってくれたんだ」

確かにそんなことがあったような気がする。

「……それで?」

「それで、私は蝶子のことが気になって、蝶子の周りを見ていたの。でも蝶子って少し変わり者なんだなーって思ったのと同時に、知っていくとどんどん好きになった。蝶子と声を交わしていく度に、表情を見ていく度に、純粋さって言うのかな? それが周りと決定的に違うとわかった。だから私は蝶子についていくって、その時決めて、『友達になろう!』って声を掛けた。そしたら蝶子ってば『もう友達でしょ?』なんて言うからこっちが拍子抜けしちゃったのよ!」

あー、そんなことあったような気がする。

「でも、結果的に友達になれていたから、私はもう大満足! 蝶子大好きだぞー!」

そう言いながら、麻絵は私に抱き着いてきた。

「わっ、危ないよ。麻絵」

「ごめんなさーい! でも嬉しいんだもん。だって、昔のことを知りたいって思ってるってことは、私に興味を持ってくれているってことでしょ? 凄く嬉しいんだから!」

「ふふっ、麻絵ったら子供みたい」

「子供じゃないもん。もう大人だよー!」

「そっか。成人式十八歳でだからね。成人式、地球じゃもう出来ないね」

「うん……。あ、そうだ! 私達だけで成人式やろうよ!」

「え?」

突然そう言われて私はびっくりした。この地球で成人式を二人で出来るのだろうか。

「振袖とか必要だよね。でもこの暑さだしなぁ。振袖やめよう」

「方向転換早いね、麻絵」

「臨機応変、それが私!」

何を言っているか分からなかったけれど、でも、元気そうな麻絵を見るとこちらまで元気になってくる。
きっとこんなに素直で、他人を好きになったり出来る子はそういない。
ここまで、好きでいてくれる人なんて、きっと他には……。

その時ふと思い浮かんだのは、優希だった。
優希は、私とよく絡んでくれるけれど、それって友達として、だよね。
麻絵も友達として、だし。
私、恋愛もしないまま地球で死んでしまうのかもしれないなぁ。
友達と、楽しく話すことも今になくなってしまうかもしれない。
だって、麻絵も優希もきっと宇宙に行ってしまうから。
そんなことを思うと元気だったのが、急に落ち込んでしまった。

「蝶子? 蝶子、どうしたの?」

「ううん。いつか、麻絵も優希も私を置いて宇宙へ行くんだろうなと思って」

「えっ、そんなことしないよ! あいつはともかく、私は蝶子と骨を埋める覚悟だよ!」

「でも麻絵、家族から宇宙に来いって言われてるんでしょう?」

「うっ、それを言われると……。でも、蝶子だって本当に地球最後の日まで地球に居る気じゃないでしょ?」

「……わからない」

「蝶子、あのさ……。もしよかったら、私と宇宙で暮らさない? 実は、その準備をしてきていたんだ」

「えっ」

青天の霹靂とはこのことを言うんだろうなと、ふと思った。

第8話 いつかここから

「私ね、ここのところ家族にお願いしていたの。蝶子と一緒に暮らさせてくれって。そうしたら、宇宙に来るのであれば、宇宙での生活は保障してくれるって。蝶子のご家族にももう話は通してある」 

「なっ、か、勝手なこと……しないでよ……」 

「蝶子、私、これだけは譲れない。あなたが地球に残るってことは、地球にあなたが殺されちゃうってこと。大好きな地球を嫌いになって、大好きな蝶子を失うなんて、私したくない! だからお願い。宇宙へ行こう?」 

麻絵は泣きそうになりながらそう言ってきてくれた。 
でも、私は地球を離れたくない……。 
だけど、でも、もうすぐ水位はもっと上昇する。 
そうしたら、住む場所なんてなくなって、地球に暮らせる場所なんてなくなってしまうだろう。 
そうした時、私は地球で水族館の中で展示されるように沈んでいくのだろうか。 
苦しくて藻掻いて、足掻いて、でも、水しかないから、絶望を感じて沈んでいくんじゃないのかな……。 

「ねえ、蝶子、私と一緒に、宇宙に行こう。あの優希だって、本当はそう思ってるはずだよ」 

「優希も? でもそんなこと言われたって」 

「蝶子、あなたの家族がどんな人達かはわかってる。だからあなたが宇宙にいる家族と会いたくないのも知ってる。だから、私と暮らそうって、言ってるの。私が嫌なら、優希のところでもいいよ。あいつ、隠してるけど実は私の家よりも金持ちだから、宇宙に家くらい建てられちゃうんだもの」 

「でも、二人に迷惑になるでしょ。それに、まだ地球を離れるか決めてないし……」 

「迷惑なんて考えないで! それに、地球に残るってことは、死ぬってことだよ!」 

「!」 

……そう。地球に残ったら死んでしまう。それはわかっている。だけど、この大きな母なる地球を、私は捨てたくなかった。だけど、それ以上に、自分の命が惜しい。 

「生きていたい。でも、地球を捨てたくはない……」 

私が正直な気持ちを吐き出すと、麻絵は私をぎゅっと抱きしめる。 

「蝶子、私は蝶子が好き。でも友達としてだから安心して。って、そうじゃない。私は、あなたのためなら何だって出来るの。あなたのためなら、何だってしてあげる。だからお願い。早くに死ぬようなことをしないで……!」 

何度も「お願い、蝶子」と言われ、私は首を縦に振ることにした。 

そうだ。もう、良い頃合いかもしれない。 
第一回、地球脱出の日に私は宇宙に行かなかった。理由は怖かったから。まだ未知とされている部分があまりにも多い宇宙に行くのが、何よりも怖かったのだ。 

しばらくしてから、地球と宇宙を行き来する人達もいて、やがて第二回の地球脱出の日がやってきた。でも私はそれでも行かなかった。 
大好きな住み慣れた街が水でどんどん溢れていくのを見ながら、私はそれでもこの地球を見ていたくて、地球から離れなかった。 

第三回の地球脱出の日、ほぼこれで地球上から人間はいなくなるとされていた。 
それでも私は動かなかった。もう意地になっていたのかもしれない。 
でも、その意地も、本当は必要なかったんだろうな……。 
私は、私を求めてくれる人達のために、宇宙に行けばいいのかもしれない。 

家族とは、離れて暮らせるみたいだし……。さすがに優希の家に家を建ててもらうなんてことは申し訳なくて出来ないけれど、麻絵となら一緒に暮らしたいと思えるし、そんなに迷惑じゃないかなと思う。 

「麻絵、麻絵って一人暮らし?」 

「宇宙で? そうだよ。一人暮らし。でも部屋も余ってるし、一緒に行こうよ。今度、宇宙に行ってみよう? その時は日帰りで、それから考えてもらっても、いいから……」 

私はこくりと頷いた。 

「本当? やったー! じゃあ、宇宙の美味しいクレープ屋さんとタピオカ屋さんと、それから、それから……。街に一緒に行こうね!」 

「宇宙の街って、そんなに大きいの?」 

「そりゃそうだよー。まだ建設途中のところも多いけど、女子高生とか主婦に人気の大きなショッピングモールみたいなところがあってね、そこで甘くて美味しいスウィーツがいっぱいあるの! 地球はもうそんなお店ないけれど、宇宙にはそういうお店、出て来たんだよ」 

「そっか。少し、楽しみ……かも」 

「本当ー!? じゃあ、今マップ見せるね。スぺホに入れておいたんだー。あ、写真もあるよ!」 

「どれどれ、見せて? クレープとか、久しぶりに見てみたいな」 

「希望ちっちゃ! このクレープとかどう? 凄く美味しいんだよ。中にアイス入ってるの。でもカロリーも糖質も低くて女の子の味方なんだ!」 

「へえ、ちょっと食べてみたいかも。お金は地球のものを使えるの?」 

「換金すれば使えるよ。でも安いけどね。ないよりはずっといいよ。それにしても」 

麻絵は私をぎゅーっと抱きしめて離すと、微笑む。 

「蝶子が生きていけるかもしれない道が出てきてよかった!」 

その微笑みから私も思わず微笑んでしまうのだった。 

「宇宙、楽しみにしてるね」 

そう言って、私は見せてもらったクレープの写真を見た。 
宇宙だというのに、その向こうには青空が広がっている。 
どういう仕組みなのかはわからないけれど、宇宙に行けたらまた昔みたいに暮らせるのかな……。 

第9話 美しき

「え、お前達宇宙に行くの? 早く言えよー。俺も行く!」

次の日に宇宙に行く前に優希がそう言ってきたものだから、私達は二人して首を横に振った。

「女子会だから」

「男子禁制」

「なんだよー、もう! あ、蝶子、女子会終わったらスペース中央公園で待ってるからな!」

「は? 何、デートの誘い? それはないわー」

麻絵がそう言って手を横に振った。

「うっせー! 麻絵は黙ってろ! とにかく、俺も宇宙ステーションまでは一緒に行くから」

「そのくらいならいいけどさー、私と蝶子の時間を邪魔しないでよね」

「はいはい。じゃ、今から行くか! 宇宙へ!」

そして私達は宇宙エレベーターに乗りに行った。

「これが、宇宙エレベーター……」

思っていたよりもとても大きかった。
今はこのエレベーターを使うか、世界の認めたほんの一部の宇宙船を使うかしなければ地球から宇宙へは出られないことになっている。

「もう残ってる人達も居ないから、私達だけでエレベーター独占しちゃってるね!」

「だなー」

「あんたには聞いてないって!」

「なんだと?」

「二人共、いい加減静かにしないと、私、怒るよ?」

「ごめんなさい……」

そう二人の声が重なった。
そして宇宙エレベーターに乗ると、地球から段々と上に上がって離れていく。
エレベーターから見える地球の姿は、青くて、青すぎて、私の知っている地球ではないかのようだった。でも、とても美しかった――。
思わず、涙が溢れる。

「……っ」

声をなるべく漏らさずに泣いていると、二人は心配そうに私を見ている。

「どうした? 蝶子。もう地球が恋しくなったのか? それとも」

「もう、デリカシーなし男、黙ってなさい! 蝶子、頭撫でてあげるね。ぎゅってしてあげる。大丈夫だよ」

その言葉の通り、ぎゅっと抱きしめられて、頭を撫でられた。
私は麻絵に慰められ、そして優希の温かな眼で見られていた。

「お待たせしました。宇宙です。ようこそ、宇宙へ! 地球の皆さん!」

そうエレベーターの自動音声が再生された。
降りてみるとそこには昔思い描いていた白が基調の宇宙船らしい空間が広がっていた。
人がよく行き交っている。
まるで昔のSF映画のようだ。

「ほら、こっちだよ。蝶子」

「うん」

「あ、俺は行くところあるから。女子会楽しめよ。それから蝶子、スペース中央公園、忘れるなよ! 時間になったらスペホで教えるから、そうしたらマップで場所を確認して来てくれよな」

「わかった」

「ほら、蝶子、行こう! あっちでね、クレープ屋さんがあるんだよ!」

番号の割り振られた扉の先に入っていくと、そこには街が広がっていた。

「この列車に乗るよ。この街ってめちゃくちゃ大きいの。この街全体がモールみたいになってるんだけどね、国とか何も関係ないからいろいろあって面白いよー」

「そうなんだ」

変わっていく景色に、私はかつての地球を思い出した。
もう地球ではこんな光景は見られない。
子供が安心して遊べるような場所もないし、舟が必要ない生活というのも出来ない。
でもここでは、かつての地球のように過ごすことが出来るのだろうとわかった。

「ここで降りて、すぐ目の前のクレープ屋さん! ここのクレープ屋さんだよ! 昨日見せたクレープ売ってるお店!」

「クレープなんて久しぶりに食べるなぁ。あ、お金換金しなくちゃ」

「あ、大丈夫。今日は私の奢り! 初めての宇宙体験ってことで!」

「そんな、迷惑じゃない……?」

「大丈夫! 私のお父さんとお母さんに言ったら、多めにお小遣いくれたから!」

「わ、じゃあ、今度何か持って行かなくちゃ」

「気にしなくていいよ! おじさーん! スペシャルストロベリーアイスクリーム二つね!」

そして生地が焼かれている匂いがする。甘くて、美味しそうな匂いだ。
あっという間にクレープは出来上がり、私は「はい、蝶子」と麻絵からクレープを受け取った。

「せーの、いっただっきまーす!」

そうして二人で食べたクレープは、甘酸っぱい苺の香りと味、そしてアイスのひんやりとした冷たさがあってとても美味しいものだった。

「蝶子、それからね、あっちにタピオカ屋さんがあるよー!」

そしてその日一日、ずっと麻絵にあちらこちら連れて行かれた。
そのほとんどが甘くて美味しいものばかりだったのだけれど、最後に連れて行かれたのは、別の番号の扉の中……。
そこは地球の浸水する前の状態に一番近いところだった。

「ここ。この家が私の家」

そこにはピンク色の麻絵らしいデザインの家が建っていた。

「ここで、一緒に暮らそう。最後の、地球脱出の日がもうすぐ来るから。そうしたら、もう宇宙エレベーターも使えなくなる。だから、その時、一緒にここに帰ってこようね」

もう、私の帰る場所は地球ではないらしい……。
そこに寂しさと切なさがほんのりと心に漂った。
そんな時、スペホが鳴った。

「俺だよ、優希。あのさ、蝶子、待ってるから……」

そう言われて、通話を切られた。

「どうせ優希でしょー。いいよ。行ってきなよ。今日はここに泊まっていきなね。もう地球は夜だから、危ないよ

「うん。わかった。行ってくるね」  そして私は指定されたスペース中央公園に向かっていった。

最終話 水の惑星、水族館にさよならを 

スペース中央公園に行くと、街灯に灯りが灯って本当の地球のような気がしてきてしまった。 
そして時計台の下、優希は居た。 

「優希……! ごめん。待った?」 

「いや、そんなに待ってないから。それよりどうだった? 女子会は」 

「凄く楽しかった。久しぶりに甘くて美味しい出来たてのクレープを食べたよ」 

「それはよかったな。えっと、話なんだけど……」 

「うん」 

「俺と家族になりませんか?」 

「は?」 

突然すぎる発言に驚きのあまりそう言ってしまった。 
すると優希は慌てて言い直す。 

「間違えた! それはずっと先の目標! 今は、その、恋人に、なってくれませんか?」 

「恋人って、それ、シャレか何かじゃないよね?」 

「ああ。本当の気持ちだ。真面目な気持ちだ。真剣に考えてほしい」 

「その、今すぐに答えだせないから、また今度教える! スペホかも! ご、ごめん! 麻絵が待ってるから! じゃあね!」 

そう言って私はその場から逃げ出した。 
そして麻絵の家に行くと、麻絵が出迎えてくれる。 

「おかえりー! 随分早かったね。どうしたの?」 

「あの、告白、された……」 

「は? あのバカ、もうちょっとタイミング考えなさいよ……。もう。それで……、蝶子は答える気があるの?」 

「わからない。優希とは昔から一緒に居るから、恋とか全くわからなくて……」 

「じゃあ、先延ばしにしちゃえ。あいつの突然の告白だったんでしょ? 驚くよね。それもきっとバカなことも言ったんでしょ? あいつのことだから」 

「家族になりませんかって言われた……」 

「あのバカッ! もう、蝶子こっちおいで。そんなの忘れちゃえ。いろいろごはん作ったの! 一緒に楽しもうー! あ、あとね、お風呂も大きいから一緒に入ろうねー!」 

そして私は麻絵と一緒に一日の終わりを過ごした。 
ベッドはまだ来ていないからと、一緒のベッドで寝ることになった。 
湿っていないベッド……。いつ振りだろう。 

そしてその中で目を閉じたまま私は思う。 
人間と言うのはその環境に適応出来る能力があるらしい。 
だから、私も地球を離れたら、きっと適応出来るのだろう。 
だけど、最後に地球から離れる時、私は泣いてしまうかもしれないな……。 
そんなことを思っていると、今日あったことが思い浮かんでくる。 

あ、そうだ。優希のこと、どうしよう……と。 
あのまま逃げてきてしまったけれど、きっとまた会うから、先延ばしにすればする程、辛くなるだろうし。 

「思い切って、恋人になっちゃえば」 

目を開けると、そこには細目で微笑んでいる麻絵の顔があった。 

「でも……」 

「とりあえずなってみてさ、愛を育むっていう手があるよ。それにしても優希の馬鹿、私の蝶子に何かしたらただじゃ置かないんだから」 

「でも地球を離れてから返事を出しても良いかな?」 

「それはそれでいいと思うよ。あ、そうだ。地球にももうほとんど行けなくなるから、もう一回三人で水族館みたいな地球を見に行こうよ」 

「あ、それいいね」 

「答えはそれからでもいいじゃん」 

「うん! ありがとう、麻絵!」 

「ほら、もう寝よう。明日、地球に戻ろう。それから三人で最後に街を見て、一緒に宇宙に行こう。荷物とかは、ある?」 

「荷物はほとんどない。あっても財布とか身分証くらいかな」 

「じゃあリュックか何かで背負って持って行こう。潜水艦で街を見てからさ、宇宙へ戻って来よう。もう、きっと最後になるだろうから」 

「……うん」 

そして翌日、優希を呼び出して三人で地球に戻り、潜水艦をまた借りて、水中にある街の美しさを見ていた。 
どうやら今日で学校もいよいよ閉鎖するらしい。最後に残ったゴリケン先生も、もう宇宙に行くからだという理由だそうだ。 
私達は海を見る。果てしない水。この下に、私達の街がある。 
でも、もう人は完全に住めなくなる。 

私達は「あ、あそこ私がよく贔屓にしてたクレープ屋さん!」と麻絵が言ったり、優希が大きな家を指差して「あれ、俺の家」と言ったりして皆で思い出や何やらを共有して、結構楽しいものになった。 
そして地球から離れるために宇宙エレベーターに乗るところまで潜水艦で行くと、後ろを振り返った。 

「さよなら、水族館……。私達の、地球」 

そうして、私達は宇宙エレベーターに乗った。 
どんどん離れていく地球に、地上はもはやないと言ってもいいくらい、見当たらなかった。 
水の惑星。本当に、その言葉通りになってしまった。 

私はエレベーターの中で、少し泣いてしまった。 
そっと優希が私にハンカチを渡してくれる。 
それを受け取り、涙を拭って、私は「ありがとう」と伝えた。 
優希は顔を赤くして、どこか気恥ずかしそうに「べ、別に」と言っていた。 


それから私達は、宇宙に住んでいる。 

麻絵と暮らすようになってよかったことは、またしても三人全員同じ大学に通うことになり、お互いの時間割を知っているため、どちらが先に晩御飯を作るかなどを決めておいて支度をしたり出来ること。そして一緒に遊びに行けるということだった。 

優希とは返事は待ってもらっているものの、ほとんどデートのような、そんな風に遊んだりもして、私からの告白の返事をするのも早いと思う。 

そして大きな水族館、地球では人類最後の地球脱出の日は訪れた。中には地球に残るという人もいるようだけれど、もうこれ以上は待てないと、世界は地球と宇宙を切り離した。 
私はたまに地球が見える窓から地球を見ている。 
もう間もなく、私達は次の惑星を探しに移動するらしい。そうなったら、もう地球は見られなくなる。 

最後の地球の姿を、私は三人で見たくて、最後に地球が見える日に他の人達と共に地球を見た。 
そして私は呟く。 

「さよなら、水族館」 

私達は、あなたを捨てて生きていくけれど、いつまでも地球人としての誇りを持って生きていく――。

完