• 『偸盗菩薩(ちゅうとうぼさつ)』

  • 尼子猩庵
    歴史・時代

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大きい地図には載っていた。

つもるじま。瀬戸内海に浮かぶ小さな島であった。

 寡黙な父親であった日出男が、数年前にとつぜん、庭にフリージアを植えた。丹精込めて育てていた。それが今年も黄色い花をつけ始めて、もうじき一周忌であった。

 綾乃は堆視島までのルートを調べた。それほど不便ではない。島には何か有名なお地蔵さまがあるそうだ。旅館もあった。

 最後のほう、綾乃はなるべく父の傍にいるようにしていた。


「死んだら」と日出男は言った。「骨を島に持って行ってくれ。菩提寺はみょう然寺ぜんじや。それしかないから、行けばわかる」

 綾乃は、父のふるさとについて、まったく聞いたことがなかった。父方の祖父母を持たない綾乃だった。昔話をしない父だった。母すら、堆視島の「つ」の字も聞いたことがないと言った。

「親子の縁を切ったんだって。それしか聞いたことなかった。あんまり聞くと不機嫌になるから。一度も、挨拶にも行かなかったし、何の付き合いもないの」

 骨壺はまだ和室の北側の隅に置かれていた。

 母は亡夫の希望を叶えることに消極的だった。遺書に書いて残してあるわけでもなし、そもそも緩和ケア病棟でのことだ。うわ言かもしれないものだ。

きちんとした遺言ではない。

「だって、その何とかっていう菩提寺にお骨を届けて、それで終わりじゃないでしょ? 何か閉鎖的で封建的で排他的な一族にご挨拶して、色々と平謝りして、あるいはあんたのこと、向こうの物みたいに言われたりしてさ。そしていつか、私もそのお墓に入らなきゃならないわけ? ……ごめんだわ」

 シングルマザーになった綾乃の母は多忙だった。お骨の始末について、そのうちそのうちと言いながら、季節は一巡りしつつあった。とうとう、

「あたしが一人で持って行く」

と綾乃が言った。母は難色を示した。何より心配だし、それに中学最後の新学期が始まったばかりであるし。

言い争いをしているうちに、母の言葉の端々から、もしかしたら父は、都会育ちの妻から軽んぜられていたのではなかろうかと綾乃は感じた。父の寡黙が、悲しいものに思われた。

板塀に絡みついて不格好に伸び上がっているフリージアの黄色が悲しかった。庭全体に転々と青紫色に咲いていたムスカリの、すっかり花を落とした茎が悲しかった。

何もかもがほったらかしだった。それらは、馬崎日出男という孤独な男が死んだということだった。

母はお骨について、もう手紙を同封して堆視島へ郵送しようかと考えていたのだった。そんなことが出来るのかもわからなかったし、ぼんやりした考えだったが、言い争いをしているうちに、決心は固まるらしかった。母は、具体的な段取りまで検討し始めた。

それなので綾乃の決心も固まった。売り言葉に買い言葉で母は許した。

新幹線の駅まで送る車内で、母はもう一度考え直すよう諭してみたけれど、綾乃はもう亡父のふるさとに対する、見も知らぬ懐かしさに、憑かれたようになっていた。

骨壺の入ったリュックを抱きしめて、綾乃は猛スピードで西へと運ばれて行った。途中で一度、売店で買った弁当を食べ、一瞬うたた寝した。

私鉄に乗り換えて海沿いをガタゴト揺られて行った。長閑な景色も見飽きた頃に、堆視島が現れた。がんばれば泳いで渡れそうなくらいの距離に感ぜられた。

まだらに薄桃色だった。東京ではもうおおかた散り切って、緑が混じり、萼ばかり赤々として、花びらは地面に汚くにじんでいた桜が、今を盛りと咲いているのだった。

無人駅に降りた。時刻表を見れば、連絡船が次に来るのは二時間後だということだった。

木造の駅舎を出て、鄙びた町を見渡せば、古色蒼然とした喫茶店が一つ見えたけれど、綾乃はちょっと迷ったすえ、駅舎に戻って、自動販売機のソフトクリームを買った。

物寂しい足止めに軽い絶望を感じつつ、木のベンチに座ってアイスを舐めた。

舎内の壁には堆視島のポスターも貼られてあった。

ぼんやり見ていると、中に《偸盗ちゅうとう菩薩像》という案内があった。前に検索した際、お地蔵さまだと思っていたものだ。大量の桜もさることながら、これが一番の観光名所らしかった。洞窟の中にある石仏のようだけれど、写真は暗くて、よく見えなかった。

それよりも綾乃の目を引いたのは、渡し舟の写真であった。古いモノクロ写真では、厳めしい顔をした男の人が漕いでいるけれど、ごく最近のものらしい鮮明なカラー写真では、女の人が漕いでいた。三十代後半から四十代前半くらいであろうか。凛と引き締まった、いかにも女船頭さんという感じの人だった。

渡し舟は時刻に関係なしの営業らしい。片道二千円とのことで、連絡船より高いけれど、あと二時間アイスを舐めるよりマシだと綾乃は思って、駅舎を出た。

 連絡船の船着き場から少し離れたところに桟橋があり、折よく写真で見た渡し舟がもやってあった。そして、あちら向きに桟橋へ腰かけている、笠をかぶった、ぐねぐねした字で「つもるみ」と書かれた法被の後ろ姿が、女船頭さんに違いなかった。

右膝を抱き、左足を海の上へ垂らして、煙草をくゆらせていた。

 桟橋の下には何か魚の稚魚が群れている。綾乃はそれを覗き込むふりをして、女船頭さんの横顔を盗み見た。

 やっぱり四十くらいであろうか。実物は写真よりずっと男前だった。色黒で、何もかもが鋭利な感じだった。鼻も顎も唇も頬も瞼も、やわらかなところは一個もなかった。

 ちょっと怖かったけれど、綾乃は思い切って声をかけた。

 女船頭さんはこちらをふり向くと、煙草を携帯灰皿に捨てて、軽やかに立ち上がった。

 向こうからは何も言わず、黙っていた。けれども、問いかけるようなまなざしは、意外に優しかった。

 綾乃は、こういう場合の作法としては何と言えばよいのか、わからぬまま、

「乗せてもらえますか」と言った。

 女船頭さんは、薄い唇にほほ笑みを浮かべて、手振りで舟へ乗るよう促した。

 綾乃は、骨壺の入ったリュックを軽く背負い直すと、おっかなびっくり片足を踏み入れた。その時女船頭さんが素早く手を貸してくれた。握った手はあんがいやわらかで、たいへん力強くもありながら、あくまで優しかった。

 五、六人は乗れそうな渡し舟だったけれど、女船頭さんは躊躇なく漕ぎ出した。一人でもいいのかしらと綾乃は思ったけれど、黙っていた。

 こういう舟に初めて乗った綾乃には、思いのほか揺れた。

 元の岸からはだいぶ離れたけれど、すぐ目の前に見える堆視島はなかなか近づいて来なかった。波に合わせて艪を漕いでいる女船頭さんは、まだ一言も言葉を発していなかった。

 ようやく近づいて来たと思ってからは早かった。あっけなく着いた。

 舟を桟橋に着けて、

「お代をちょうだいします」

 と女船頭さんが初めて喋った。ハキハキしてよく通る、そして意想外に若々しい声だった。綾乃が「ちょうどでお願いします」と言いながら、裸のお札を差し出すと、

「二千円ちょうど。ありがとうございます」

 と言って、そっと受け取り、帯にぶら下がる巾着袋へ入れた。

《ようこそ堆視島へ》と書かれた幟がゆるくはためいていた。

渡し舟の関係者らしい、赤銅色をした痩身のお爺さんが、近くの小屋から顔を出し、ニコニコしながら歩いて来た。

「お疲れになりましたやろ」

と言いながら、降りるのを手伝ってくれた。ふり返ると、女船頭さんはもやい綱を繋いでいて、こちらを見なかった。

綾乃はあたりを見渡した。向こうに大きな連絡船が泊まっているけれど、何だか閑散としている。目が覚めるような無数の桜の中で、何となく、観光客なんか一人も来たことがない土地であるかのような静かさだった。

「あとはええから、旅館まで案内したり」

 と、お爺さんが女船頭さんに言った。その口調には、「コドモの一人旅で困っとるぞ」という親切心と、「学校始まっとろうに。死によらんか心配や」という懸念もあるかなと思われた。いずれにせよ、亡父がいつもは隠していながら、たまに漏らしてしまっていたイントネーションが綾乃には慕わしかった。

 女船頭さんはお爺さんに、張りのある声で「はい」と答えると、笠だけ取ってお爺さんに渡し、綾乃のほうへ近寄って来た。

 太陽が上から射していても、目元や頬はあくまで引き締まっていたけれど、少々光る筋の混じった、後ろで束ねた黒髪の、生え際の丸さが急にやわらかだった。

そして、さっきまでの、お客さまと船頭さんという立場に隔てられていたものが薄まって、親身なほほ笑みを浮かべつつ、お爺さんは旅館と決めつけているけれども、

「一人でよう来られました。誰か知り合いでもおりますのか」と尋ねた。

 綾乃は、亡父の生家を尋ねようとして、一瞬迷った。もしかしたら父は、後足で砂をかけるような去り方をしたのかもしれないのだ。無知な都会人の偏見かもしれないけれど、こういう小島で不用意に父の名前を出して、八つ裂きにされたりしないかしら……。

 けっきょく、同じ苗字がたくさんあるかもしれないなとも思いつつ、

「馬崎さんのお宅へ行きたいんです」と答えた。

 すると女船頭さんは、呆気にとられたような顔をした。まさかそんなことを聞くはずがないというように、

「――はい、」と聞き返した。

綾乃はくり返した。すると女船頭さんは、さっと青ざめた。その目は一瞬、綾乃の正体を訝しむような、警戒の色を帯びた。けれどもすぐに、見た目にはさらりとして、

「ちょっと遠いけど、歩けますか」

 と言うと、荷物を持ちましょうかというふうに手を差し出した。綾乃はこくりとうなずくと、荷物は大丈夫ですというふうに、リュックのチェストストラップをかけた。

 前を歩く女船頭さんは、明らかに弱からぬ動揺を見せたけれども、何も聞いては来なかった。ただ、親身な感じは消え去って、案内人と余所者という立場に隔てられるものが戻っていた。

 ついて行けないほどではないものの、けっして甘くない速さで歩きつつ、綾乃は、女船頭さんのリアクションも気がかりだったし、道もでこぼこして傾斜だらけでつらかったけれど、とにかくあっちも桜こっちも桜で、異世界にいるような気分に圧せられていた。

 こちらの花は遅いだけでなく、面立ちも違うように感ぜられた。きっと言葉も違うのだろう。ええお天気でんな。よう来はりましたな。今のうちでっさかい、よう見とくんなはれや。

 あたりに飛び交い、鳴き交わしている、見慣れない鳥の色も、聞き慣れない鳴き声も、たいへん結構だった。枝にとまり、ちょんちょん歩くたびに花びらがほろほろと落ちた。飛び去ると、ぱっと散った。

 回りながらゆっくりと落ちて来る花びらを、空中でつかもうと手を出したけれど、何度やっても逃げられた。ふと気づけば、女船頭さんがふり返って見ていた。綾乃は恥ずかしかったけれど、女船頭さんは口元に小さい笑みを浮かべただけで、ふたたび前を向いた。

 いきなり女船頭さんが立ち止まった。道の途中の、何の変哲もない場所だったので、綾乃はあわや背中にぶつかりかけた。

「あそこの、大きい木の生えたおうちがそうです」と指さした。

もう少し送ってくれてもよさそうなものなのにと綾乃は思った。案内を終わるにしては、ちょっと遠かった。――それに、これから血の繋がった親戚に会うのだとしても、何も知らな過ぎて、やっぱり心細かった。短い距離とはいえ、渡し舟で海を運んでくれた女船頭さんが一緒にいてくれれば、いくらか心強いのに。

とにかく綾乃がお礼を言おうとすると、ちょうど指さされた家から一人の老人が出て来た。生け垣の手入れをするつもりだったらしいが、ふとこちらを見た。

綾乃はこの距離から会釈するかどうか迷いつつ、ちょっと女船頭さんを見上げた。すると、女船頭さんも老人を見ていたのだが、その目には、冷たいものがあるように思われた。しかしすぐに視線を逸らして、もうそのまま、元来た道を戻り始めた。

あまりにつれない気がしたけれど、何だか、その刺々しさは老人に向けられたもののようにも感ぜられた。ともあれ急いで、

「ありがとうございました!」

と、去りゆく背中に言った。女船頭さんは顔半分だけふり返り、こくりとうなずいて、去って行った。

 凛々しい法被の後ろ姿が名残惜しかったけれど、綾乃は祖父と思しき老人に向き直った。老人は突っ立ってこちらを見ていた。遠目にも背の高い人だった。肩幅の広い人だった。近づくにつれて、あんがい細身な人だった。端正な顔立ちだった。全て父に似ていた。

 綾乃はまっすぐ歩いて行って、丁寧にお辞儀をし、

「初めまして。馬崎綾乃といいます。日出男の娘です」

と自己紹介した。老人は警戒するような、厳しい顔をしていたのだったが、同時に薄々察してもいたようで、即座に相好を崩した。そのまま涙さえ浮かべそうな勢いだったけれど、その前に女船頭さんの後ろ姿を、何だかもう一度見送ったようだった。

しかしすぐに綾乃へ向き直り、

「初めまして。馬崎けい次郎じろうと申します。日出男の父です」

 と言って、深々とお辞儀をした。それから、物問いたげな目であった。

 綾乃は、早く済ませたいと思って、

「父は、亡くなりました。もうじき一年になります」

 と言った。馨次郎は、

「そうですか」

 とつぶやくと、しばし沈黙した。高齢な心身に、不意討ちで、いちどきに大量の情報が襲い掛かっているのだと思うと、綾乃はすまない気持ちであった。

 やがて馨次郎は、「や、」と、気を取り直すような声を発して、挨拶はここらで仕舞いとばかり、がらりと物腰を変え、

「とにかく、よう来たよう来た。遠いところから――」

 思えば遠いのかどうかも知らぬふうであったから、

「東京です」

「そうかそうか。――それで、一人で来たんか」

「はい」

と答え、リュックを胸元に抱えて祖父を見上げた。馨次郎は中身を察したふうで、

「そうかそうか。……いや、ほんまに、ありがとう」と頭を下げたあと、「さあ、入りなさい」と言って、玄関に向かって歩いて行った。

「いやァ、疲れたやろ」と言いながら、麦茶を出してくれた。「気の利いたもんもうて。十年も独り暮らしやから、汚いのもカンニンしてくれ」

 座布団に正座した綾乃は、お礼を言って湯のみを受け取ると、室内を見渡した。それにしてはきれいだと思った。というかむしろ、うちよりよっぽど清潔だ……。

 それからお仏壇の祖母の遺影を見た。孫がいることも知らずに死んでしまったのだなと思った。隣には息子(日出男)の骨壺が置かれている。位牌は「よその宗派の戒名やから」と、片づけられていた。どこに行ったのか、綾乃にはわからなかった。

祖母の遺影に視線を戻す。ややふくよかな、少女のようなお婆さんが恥ずかしそうに笑っていた。この夫婦は、出て行った息子がどこに住んでいるのかも、そもそも生きているのかさえわからぬまま、どんな気持ちで暮らしたのだったろうと綾乃は思った。

 ちゃぶ台をはさんで馨次郎はニコニコしていた。綾乃もべつだん気まずさを感じなかった。

「桜がきれいな島ですね」と言うと、

「そんな敬語なんか使わいでええ。よそよそしい」

 と言う。綾乃は照れ笑いしつつ、

「桜がきれいね」と言い直した。

 馨次郎は、「それでええそれでええ」とうなずいて、「綾乃は桜好きか」と聞くと、返事も待たず、「庭に大きいのがあるで。見に行こか」と言って既に立ち上がった。のしのし歩いて行くので、綾乃も続いた。

 縁側を歩き過ぎて行くので追った。と思うと戻って来て、綾乃も後ろ歩きに戻った。いったん綾乃のつっかけを取りに行ってくれていたのだった。体が大きいので、当たらずともふっ飛ばされそうだった。

「おお、大丈夫か。そっちやそっちや」と、縁側から庭へ下りた。

 地面のあちこちにムスカリが、まだ青紫色の花を残して転々と咲いていた。長く伸びた葉っぱを三つ編みにしているのも、綾乃の家の庭において――今年は施されていなかったが――見たものだった。てっきり母がしていたのだとばかり、思っていたけれども。

 孫娘の視線に気づいた馨次郎が、

「その花好きか。ムスカリ言うてな。毎年この時期にはたいがい終わりよるけんど、まだ残っとるわ。『今年はお花見するでェ』言うて、粘っとるんやな」

 それから二人して、これが庭木だとは恐れ入るばかりな桜を見上げた。満開も満開だった。

しかしだんだん、花の色が明る過ぎて、幹や枝の黒さばかりが目についた。――正直なところ、都会育ちの綾乃の、せっかちな網膜には、早くも見飽きつつあるのを如何ともしがたかった。綾乃にとって桜はそろそろ、尋常一般の木が白髪になっただけのようなものになりつつあった。

馨次郎は嬉しそうに、この木はな、そしたらばあさんがな、日出男の小さい頃はな、しかし夏の毛虫言うたらな、と話してくれていたけれど、それよりも綾乃は、隣に生えている散り切ったモクレンの、えらく高いところにカタツムリがくっついていることに、妙に感心していた。

 近くでウグイスがしつこいくらい鳴いていた。「ホー……」が馬鹿に長くて、「ホキケキャ!」と、鳴き損じているような感じだった。鳥も噛むのかしらと思われた。

 やがて屋内へ戻った。

 夕食の支度をしてくれている祖父の後ろ姿を見ながら、綾乃は考えていた。骨はふるさとへ埋めてくれと、息子が言い残したと聞いて、そうかそうかと、しみじみしていた。けれどもそのあと、何だか改めて名前を聞き直されて、綾乃ですと答え、字はと聞かれて、答えた時の、あの微妙な表情は何であろう……?

 しかしけっきょく、

「綾乃ォ。手伝てつどうてくれえ」と言われて気が散り、「おう、魚の食べ方がきれいな子ォは頭ええんや」と褒められたりしているうちに、考えは霧散した。

 食後に近所をちょっと歩いた。残照の中、浅いせせらぎにカワニナがいっぱいいた。

「夏になったら蛍がぎょうさん飛んびょるぞ」

 と馨次郎は言った。夏にも来いということかなと思われて、綾乃は嬉しかった。

 一汁三菜の晩ごはんもさることながら、風呂場もトイレも、急場しのぎで整えてくれた寝室も、つくづく、我が家よりよほど結構だなと思われて、綾乃はちょっと情けなかった。

 母からの根掘り葉掘りなLINEも、情けなさからさっさと切り上げて、布団に入った。

こんな早い時間に布団に入っても寝られまいと思われた。さすがに出て行った時のままにしてはいないけれど、亡父日出男の部屋だった。

気温が低いわけでもないのに、冷たいような空気だった。何かの鳥が鳴いていた。その声は、昼間に聞いたようなかわいいものではなかった。

これは恐ろしくて寝られない夜になるかもしれないぞと、思っているうちに眠っていた。

 翌朝、ウグイスの声に起こされた。畳に敷かれた布団をめくり、澄んだ早朝の空を窓越しに見上げて、綾乃は身も心も清々しかった。

 馨次郎はとうに起きていて、朝の雑事をあらかた済ませたあとだった。

 骨壺は、もうすぐ一周忌なので、納骨はその日にすることにして、それまでお仏壇に安置すると馨次郎は言った。そういうわけで、あとはあんじょうしておくが、先祖代々のお墓参りも兼ねて、骨を納めるお墓だけ見ておきんかと、話は決まった。

 菩提寺へ向かう道すがら、満開の桜は相変わらず、綾乃には見飽きたままだった。ただ白々と明るいばかりのことだった。

 それよりも、あちこちの畑に目を奪われた。芬々たる鶏糞のにおいには辟易したけれど、さやえんどうや大根が白い花を咲かせ、キャベツやブロッコリーが黄色い花を咲かせ、休耕田はいちめん紅紫色の蓮華畑で、蝶々やツバメが飛び交い、空の上ではヒバリが鳴いていた。

「あんなに花の咲いた野菜は、さぞかしおいしいんだろうな」

 と綾乃はつぶやいた。ふと氷解したような気分なのだった。祖父の手料理の、とりわけお野菜が、どうしてあんなにおいしいのか。どうも味付けや愛情ということだけではなくて、あたかもお野菜そのものがおいしいという不思議は。

それは、花が咲いていたからだ。きっと、花が咲いた野菜は、遠くへ出荷するのには向かないのだろう。運ばれているうちに、何かが損なわれてしまうのだろう。だからスーパーなんぞに出回っているものは、花が咲く前に収穫したものなのだ。

この発見を、祖父に聞いて欲しかった。

すると、前を歩いている馨次郎は、ちらっと畑を見て、

「薹が立っとるだけじゃ」と、えらく素っ気なかった。

一瞬悲しかったけれど、祖父は何か、心ここにあらずな様子だった。息子のことを考えているのかもしれない。胸中に易しからぬものがあるのだろうと、綾乃には察せられた。

 道の右側には、幅広な用水路を隔てて、平屋の家々が建ち並んでいた。玄関までのあいだには鉄板が架けてあり、そこここ発泡スチロールの花壇が花盛りだった。

 左側は、ずうっと茂みが続いていた。それが途中から整地された墓地になり、やがてこんもりとした小山の、階段の上にお寺があった。

入り口には《曹洞宗妙然寺》という彫刻看板と、《偸盗菩薩像》という幟が立っていた。

 馨次郎はずんずん入って行った。思いのほか広やかなお寺だった。苔の青さが涼しかった。住職が出て来られた。白くなった眉毛の、たいそう長い人だった。

祖父が住職と話しているあいだ、綾乃は人形のように立っていた。遺骨の段に差し掛かると、住職は綾乃に向かって合掌し、頭を下げた。綾乃も深々とお辞儀を返した。

 馨次郎が檀家としてのよしみから、綾乃の名前をも告げた時、住職は一瞬驚いたような顔をした。それから、二人の老人のあいだにのみ通じ合うものが通り過ぎて、しんみりと消えるらしかった。

 馬崎家先祖代々のお墓は古くて、けれどもたいそう清潔だった。住職がお経を唱えているあいだ、綾乃も手を合わせながら、そっと盗み見ると、馨次郎も、目を閉じて、口パクで唱えていた。

読経が終わると、馨次郎と住職はしゃがみ込み、力を合わせて石の蓋を動かして、納骨室の中を、綾乃からは見えないように背を隔てて覗いた。ぼそぼそ話し合いながら、ふたたび閉じた。そのあいだ、綾乃は何だかぼんやりして、夢を見ているような気分だった。

障子の取り外された座敷でお茶をいただきながら、綾乃は庭を見ていた。馨次郎が景気を尋ねるようなことを言い、住職がもうだいぶ駄目だというようなことを答えていた。

聞いていると、そのだいぶ駄目な原因となることは、ごく最近のものであるらしい。綾乃が身を入れて聞き始めると、それに気づいた住職が、話に入れてあげたいがさてどこから話したものかと迷われたのち、

「偸盗菩薩像のことは、知っておいでかな」

 と言った。綾乃は、暗くて見えづらい石仏の写真が浮かんだけれど、何も知らないので、かぶりを振った。すると住職は、

「そうですか」

と言って、何だか馨次郎を見た。馨次郎はお茶を一口飲んで、

「まあ早い話が、盗まれてな」

「え、盗まれたの?」と綾乃。「じゃあ、もうないの?」

「ない。ないけんど、せっかくはるばる来て、何も見せやんと帰すのもナンやからな。行くだけ行ってみるか」

「行くって、ないんでしょ?」

「ない。せやけど、見るとこ言うたら、ほかはもっとないからよ。雰囲気だけでも」

そう言うと、馨次郎はお茶を飲み干したので、綾乃もならった。

妙然寺を出て、住職と三人、その洞窟へ向かった。

森の中に、冷たげな川が澄んでいた。空気も霊妙に感ぜられて、土や草や、物の匂いが強いというよりも、鼻のほうで鋭敏になってゆくような感じがした。全身の肌が一生懸命呼吸していた。

山道をえっちらおっちら登って行った。三人の中で、綾乃が最も疲れていた。

「ほれ、がんばれ。そんなこっちゃあかんぞ」

 と言われて、

「お祖父ちゃんたちが、元気過ぎるんだよ、」

 と答えれば、馨次郎は野太い声で笑い、

「人間、歩ける限り歩かんといかん」と言った。「我がの墓まで自分で歩いて行くのが理想よ」

手すりの設けられた石段を上り詰めると、大きな口が開いていた。

シダの茂った岩壁が覆いかぶさるような洞窟だった。《にっ宋窟そうくつ》というのだそうな。これが堆視島の観光名所の目玉にして、連絡船まで出さしめるものなのだったけれども、あたりは閑散として人っ子一人いなかった。

公衆便所と自動販売機のあいだに看板が立っていて、洞窟内の地図が描かれていた。そう長からぬ一本道で、どん詰まりに《偸盗菩薩像》とあった。

 と、ここでいきなり馨次郎が、

「――したら、わしは何ぞご馳走の支度でもしよるかな」と言って、「それじゃよろしく、おたのもうします」と住職に頭を下げると、帰ってしまった。

 置いて行かれて戸惑ったけれど、住職から、草木のような物やわらかさで、

「では、参りましょうか」

 と言われると、綾乃は、「よろしくお願いします」と言っていた。

 洞窟内は初め真っ暗闇だったけれど、住職が何やら壁を触ると、電灯が点々と灯されて、普通に明るかった。

それでも霊境に足を踏み入れたのだという厳かな心持ちで、足場の悪い中、住職のあとについて、慎重に歩いた。やがて行き止まりになって、大きな台座が現れた。

けれども、ポスターに載っていた石仏の姿は、そこにはなかった。

香炉や線香差が置かれ、花が活けられ、お茶やお餅が供えられた奥に、左右を高僧の描かれた掛け軸――右、じょうよう大師だいし道元どうげん)・左、常済じょうさい大師だいし瑩山紹瑾けいざんじょうきん)――に侍されて、大きな空白があるばかりだった。

「何者かに盗まれました。もうすぐ一年になります」と、住職が言った。

 二人は洞窟を出て、入り口付近にあるベンチへ並んで腰かけた。

それから住職は、《偸盗菩薩像》の由来を話し始めた。

  二

 その侍がつもるじまにやって来たのは、宝永四年の春の頃であった。それ以前のことについては、確かにはわかっておらぬけれど、主家がお取り潰しに遭い、主君が切腹に際して追い腹を禁じられたために殉死すること能わず、流れ流れてみょう然寺ぜんじに打ち上げられたというのが定説であった。

 時の住職おうかん和尚に就いて剃髪・受戒し、名をちゅうせつと改めた。

 沖雪は、その激しい気性から集団生活に馴染めず、独り離れの庵室にこもって、常軌を逸した修行をした僧だと伝えられる。

「まだ知識に曇らぬ唯一の時」と、経典のたぐいによらず、師の指導も受けず、ただただ悟りを焦って苦行のごとく坐禅した。

 庵室からはひねもす殺気が漂い、邪気が漏れ出し、日の暮れかかる薄闇に鬼がぞろぞろ入ってゆくのを見た僧もいたそうな。

 あるいは濁流に囲まれた固い岩の上で、あるいは切り立った岩山の松の樹上で、毒虫に刺され、風雨に晒されながら坐った。坐る姿勢に拘泥し、厳格に足を組み続けて、晩年には遂に足を腐らせたと伝えられる。

 しかし同参や弟子たちの手記によれば、実際の沖雪は、頑迷は頑迷だったが、そこまでではなかった。鶯閑和尚にもしばしば質問をしに行き、我流の修行で気づいた発見の一々が嬉しくてたまらぬというように、喜々として報告したりした。

「至高の坐り方を見つけ申した! 結跏趺けっかふにおいては股・膝・踝のふしを外して折りたたまんばかりに組み固め、尻を大地から五寸浮かせて前後左右に跳躍し、八方に半径一尺の陣を敷く。法界ほっかい定印じょういんは完全な円を成さしめ、舌の先を前歯のあいだに噛みしめて、目は半眼ではなく閉目し、黒目を能う限り中央に寄せる――あとは兀々ごつごつとして坐り続けるばかりでござる!」

 すると、たいへん穏やかな気性であったと伝えられる鶯閑和尚は、

「それでよいとおぼしめさるるならば、そうなさりませ」

 と答えるばかりだった。これに沖雪は物足りなさを感じ、最も高尚な教えを乞うた。すると鶯閑和尚は、

修証しゅしょういっとうということを、考えてみることです」と答えるばかりだった。

 沖雪は結跏趺坐して考えた。修証一等とは、早い話が、修行と悟りが不二であるということだ。それはどういうことかと考えれば、ただ真剣に考え続けること自体がずっと答えになってしまう格好だ。

 気の短い沖雪には、最も苦手なたぐいのことだった。これは来るところを間違えたかと思った。同じ仏道でも、もっと相応しいところがあるのではないかと迷われた。

けれども沖雪の気の短さは、迷いを断ち切るのもまた早かった。

そうして、悟りを焦る気持ちのまにまに、どんどん真理を発明して行った。

 人間がそもそも救済せらるべき存在ではないということに思い至れば、それは即座に、無上の衆生済度であること。

 真理とは、そこを目指さぬ者のみたどり着き、何をも持ち帰らぬ者にのみ与えられるものだということに思い至れば、無上の万人悟入とは相成ること。

 安らぎや静けさばかりではない、激しい焦りや怒りの中にさえ、悟りはあるということに思い至れば、思い至るも思い至らぬもなくなること。

――悟りとは究極の大煩悩なり、しんじつの悟りは煩悩の嵐を以て開くべし!……云々。

しかしそれらのナマ発明は、早晩毒と変じて、身心を蝕むように、沖雪には思われた。そのたび、発明した真理を捨てて、ただ修証一等ということを考え、結跏趺坐して、無念無想に勤め励んだ。

 坐禅をしていて、脳裏に考えのない時は、ともすればざわざわしたものや、ぐねぐねしたものや、ぐらっと来るものに取り囲まれて、自己を永久に失いそうな恐怖の中、誤作動を起こす触覚に、あたかも大勢から殴ったり蹴ったりされた。

けれども、そうした異常感覚のたぐいは、沖雪には何でもなかった。こんなものは昵懇だ。剣の仕合をしていて、おのが思考と、柄を握る指先と、敵との間合いと、数秒先の敵の動き等々が、区別を失うようなものだ。非日常的な状態だが、いちいち認識もせぬ。ただ勝てるよう巧むのみ、あとはいずれ慣れれば仕舞いの、ごく凡常なことだ。

要するにそれほど大層なことではなかった。それよりも、脳裏に考えのある時が厄介だった。

 これは何だ。永遠にわからずに居続けるという緊張状態に耐え続けるということか。問うとは、わかることだ。それはわかる。しかしそうなると何をも問えぬ。何をも問わずに耐え続けるということか。…………上等じゃないか。

 沖雪はガッチリと足を組み、真っ向対峙して斬り結んだ。

師家しけの僧から教示された戒を引っくり返して、すなわち本来滅すべき四苦八苦(しょうろう病死びょうしあい別離べつり怨憎おんぞう会苦えく不得ふとく)、離れるべき五欲(しきしょうこうそく)、除くべきがいよくあい瞋恚しんに惛沈こんじん睡眠すいみん掉挙じょうこ悪作おさ)の枝葉を敢えて自ら迎え入れ、いっそ百花繚乱の花盛りと成すによって、内なる不均衡や共喰いを誘い、その根を自滅的に枯らすもくろみ。

煩悩の花のひたすら散り続ける様をさして滅却と名づく。一般に言う滅却ではない。

いや違う、何をバカな、一般に言う滅却だ。言葉通りの滅却で沢山だ。坐禅によって四苦八苦・五欲・五蓋は消える。まさに消えるのである。

消えるとは如何。それは消えて欲しいものから逃れないということだ。逃れようと欲しなくなるということだ。逃れたくなくなるということだ。同じ物を見ていても、餓鬼にとっては地獄、人にとっては現世、仏にとっては浄土だ。

違う! 人にとっても浄土、餓鬼にとっても浄土だ。そうでなければ何のための坐禅ぞ。

坐禅は何のためでもない。よろしい。不立ふりゅう文字もんじ。おっしゃる通り。本来ほんらい無一物むいちもつ。言うまでもない。道をることはまさしく身を以て得るなり。まさしく。坐禅の意義は坐禅の中にのみある。結構。坐禅の内部において仏法は十方世界に遍満している。結構々々!

只管しかん打坐たざ!――ただ坐る!…………

沖雪は、真っ向対峙しているとばかり思っていた敵に、いつの間にかぐるりと包囲されていることに気づいて、大いに斬り結ぶ。

遂に描き得るたびに打ち消すものが控え、ようよう折り合うたびに戻って来る。無垢が遥か先を行く。無垢は千里万里を駆ける。すると無垢はいない。初めからいない。それでよい。すると無垢が遥か先を行く。

やがて、斬り結ぶということ自体に敵が潜む。敵が斬り結ばせる。斬り結ぶということそのものが敵である。これと沖雪は、丁々発止と斬り結んだ。すなわち坐禅をやめた。

そうして鶯閑和尚に教えを乞えば、

「そういう時は、生活のほうを真剣になさりませ」

ということだった。それなので、日々の雑事・勤行等の段取りを教えてくれた窓臥そうがという僧に教えを乞うた。

窓臥いわく、

「ことさら工夫する必要はありません。体を動かすことです」

 ということだった。

 ――そういうことではなかった。そんなことはわかり切っていた。

 沖雪は猛烈に雑巾を絞り、猛烈に汚れ物を洗い、猛烈に埃をはたき、猛烈に鍬を振るい、猛烈に芋の皮を剥き、猛烈に飯を食い、猛烈に排泄すると、庵室にこもって坐禅した。

 やがて雑念が胸中にのぼる。これでよい。待ちかねた。沖雪は相対して斬り結んだ。

 知るということは、思い出すということだ。最初から円満具足して知悉されていたものを、智慧を以て忘却せしむる人生の誤謬から解放するということだ。

すなわち思い出すということは、忘れるということだ。忘れるということは、もはやしがみつかぬということだ。

至るのではなく呈する。登り詰めるのではなく受け止める。念ずるのではなく念ぜられる。もはや「る」も「られる」もない。

無いは無として無く、有るは有として有る……。

 ――もう沢山だ! 修証一等に不満はない。死ぬまで修行をするということ自体には。しかしこの修行が正しいのか、ちゃんと修証一等の範疇にある修行なのか否かが知りたい。かくも迷っている限り正しいのでもあろう。修行するとは、迷うということなのでもあろう。しかしそういうのはもう沢山だ!

 証明が欲しい。これで正しいのだという証明が。

ふと沖雪は目を開けて、空気の匂いを嗅ぎ、二の腕をさすりながらきょろきょろした。いきなり表へ飛び出した。山を駆け上がり、大きな岩によじ登って海を眺めた。果たせるかな、西の彼方に雷雲が垂れ込めて、盛んな稲光が光っていた。

沖雪は岩の上に坐り、目を閉じた。

彼方の空に真理がいらっしゃる。まさにあれだ。稲光だ。光はいつも目を駆け過ぎて、見つめ得るのは残像のみだ。しかと見たと思っても、去ったあとであり、それに対する考えは、次の光に散らされる。あまり遠いので、雷鳴は届かぬ。しかしこれが届く距離になると、こうも落ち着いては眺められぬ。

沖雪は目を開けて、ふたたび稲光を眺めた。あまりに次々と光っていた。数秒に一度光る。ほとんど雲が光るばかりだが、時おり龍のごとき姿が拝まれた。

音のしない稲光を見続けているうちに、だんだん気が変になりそうだった。やがて稲光も糞もなくなって、空が裸踊りを踊っているばかりになった。

沖雪はふたたび目を閉じた。遠くの稲光が、我が目に届くのか。我が目が、遠くの稲光へ達するのか。雷は人間において雷であるが、人間は雷において人間であろうか。

雷雲は近づいて来ていた。遂に聞こえ出した雷鳴は、遠からず雷に貫かれる死神の足音だが、ここに坐禅したまま貫かれて死ぬことは、坐禅にとって如何。

――是も非もない。いわんや、追い腹にあらざる殉死の魂胆においてをや!

考えやめることが出来ぬなら、体で以て考えることだ。

心臓の鼓動を忘れ得た時、体には純粋な血のみ残る。水になる。

姿勢における筋肉の緊張を忘れ得た時、体には純粋な骨のみ残る。石になる。

終身刑のごとき呼吸を忘れ得た時、体には純粋な空気のみ残る。風になる。

 外部からの刺激を忘れ得た時、体には純粋な肉のみ残る。土になる。

頭という出処を忘れ得た時、体には純粋な心のみ残る。火になる。

ふと沖雪は目を開けた。右の考えを全て捨て去り、痛む足に鞭打って立ち上がると、稲光のことなど忘れてしまって、喜々として庵室へ駆け戻った。そうして、今しがた新たに閃いた真理を書きつけ、練り始めた。

後日、出来上がったものを「すい」と称して、鶯閑和尚に読んでもらった。漢詩であったが、意味は次のようなことであった。

「雨は雲から生ずるが、雲ではない。川は雨から生ずるが、雨ではない。海は川から生ずるが、川ではない。雲は海から生ずるが、海ではない。ただ川によって人は喉を潤す。けれども、ゆめゆめ釣り糸を垂らすなかれ。魚はすなわち言葉なり。魚影に真理は閃けど、釣れた魚は悟りにあらず」……云々。

 鶯閑和尚は黙って読み、しばらく考えて、言った。

「愚僧は一尾の小魚を愛でております。それは、身心しんじん脱落だつらく(お悟り)は形式・慣習・作法を以て得る、という魚です」

 沖雪は、これは鶯閑和尚による対機たいき説法なのであって、すなわち聞き手の性質や段階に合わせておっしゃったのであろうと考えた。

のちにこうも考えた。いや、あれこそは鶯閑和尚の結論なのではあるまいか。いずれにせよ沖雪は、鶯閑和尚がああもハッキリと、それもああまで平凡に答えられたことに感服し、「その潔さに斬られた」と同参に述べた。

 そうして「四水の偈」を捨てた。

 杉田けんという儒学者が時おり参禅に来ていた。沖雪が接する中では最高齢の人であった。沖雪は坐禅を組む雨軒の佇まいに侍の過去を見て、親しみの情を禁じ得なかった。

 しかしいざ話しかけんとして躊躇した。鶯閑和尚や窓臥にはたやすく話しかけられるのに、雨軒に対しては尻込みを感じた。

それは現実感の重みであった。その時ようやく鶯閑和尚や窓臥に対しても同様の現実感が生じて、沖雪はこれまでの無知に基づく大胆さを自覚して激しい羞恥を感じた。

 羞恥を契機に激しく坐った。そうして真理を追究した。

おのれを滅するか、変ぜしむるかして、浄土へ昇り得ても、浄土へ行ったのは誰なのか。浄土へは誰が来たのか。誰も行ってはいない。そんな者ばかり集まるところがすなわち浄土だ。

浄土へ行くのではなく、現世において、おのれ以外の一切万物を滅し、変ぜしむるを以て、現世を即座に浄土と成すべし。その方法や如何。答えていわく坐禅なり。

右の考えを捨て去ると、沖雪はすっくと立ち上がり、雨軒に会いに行った。

雨軒はまだ坐っていた。ラクな姿勢であった。仏道においても遥かに高いところへ進んでいるに違いないと沖雪には思われた。そして何より、門外漢であるということの圧倒的な力が感ぜられた。それは沖雪にとってたいへん魅力的な怪力であった。

ふいに雨軒がふり返った。沖雪は柄に手が行く心持ちがした。雨軒の目はしかし沖雪を見定めた瞬間に既に斬り終えていた。

「何用でしょうか」

 と問われた。非常に太い声だった。沖雪は坐禅を妨げたことを詫び、教えを乞うた。すると雨軒は、不思議そうに沖雪を見つめた。沖雪は激しく見返していた。やがて雨軒は相対して座り直し、平らかに答えた。

「あなたは既に発心なされた。そのことにお聞きなされ。『初心の弁道すなわち本証の全体なり』。そのまま行かれればよろしゅうござろう」

 沖雪はまだ失望すまいとがんばった。激しく見つめ続けた。雨軒が自分の言葉で話すのを待っているのだった。これに対して雨軒は、考えるふうであった。一瞬、剣呑なものが閃いた。破戒僧としての役割を期待するなら侮辱だ。心において斬り捨てる。

けれども、にわかに思い直すらしかった。それまで帯びていたものを素早く取っ払い、ざっくばらんに言った。

「そのまま行けばよろしい。赤子の息のように。老人の息まで。息で沢山じゃ。言葉は惑う。すなわちわかる。言葉にわからないものは何一つない。いくらこちらが気をつけていても、自ら惑いに行くのが言葉でござる」

 そう言って黙った。けれども沖雪はまだ見つめていた。質問もなく、反論もなく、ただ続きを待っていた。雨軒は、対立もなく、勝敗もないまま、続けた。

「知るとは、知ろうとすることじゃ。達するとは、達しようとすることじゃ。それらの結果は、全て言葉に化ける。けれども言葉は息の吐き損じに過ぎぬ」

 沖雪はまだ見つめていた。雨軒は続けた。

「人間は食物を食べ、排泄し、生きておる。仏法もまた生きておる。しかし言葉として残っている教えは、かつて仏法を生かしめた食物の、排泄物の堆積じゃ。そのまま食べるのではなく、堆肥と成しておのが作物を耕せ」

 沖雪はまだ見つめていた。雨軒は答えた。

「壁に達磨だるま大師だいしが見えねば、何も見えておらぬのと同じことじゃ。海にがんじん和上わじょうが見えねば、黍に孔子が見えねば、竹にきょうげんかん禅師が見えねば、松に聖徳太子が見えねば、橋に行基ぎょうき菩薩が見えねば、井戸に弘法大師が見えねば、泉に空也くうや上人が見えねば、月に詩仙はくが見えねば、何も見えておらぬのと同じことじゃ」

 その後も沖雪は見つめ続け、雨軒は答え続けた。この時の雨軒の態度は不黙ふもくぎょうと名づけられ、妙然寺独特のかんぎょうとして今に伝わる。

 やがて沖雪は合掌し、頭を下げた。雨軒も合掌し、頭を下げた。

沖雪は離れの庵室に戻ると、雨軒の言葉を捨て去って、庭の橘を見つめた。その強い緑を凝視した。しかしいつまで経っても尋常の橘に過ぎなかった。

 風が吹き出したので、沖雪は海へ行った。しばらく荒れ狂う海を見続けた。海はひたぶるに荒れ狂い続けた。

 庵室に戻り、ふたたび橘を見た。すると、さっきと違った。これはと思って、そのまま見つめ続けるうちに、橘はあたかも沖雪へ、本来の色を表し始めたかのようであった。しかし沖雪は、そのことに対する、如何なる表現も、如何なる感懐も、自ら拒んだ。

 沖雪は目を閉じた。道元禅師も達磨大師も釈迦牟しゃかむ尼仏にぶつも、確かに悟りを開いたけれど、人への教え方は遂に創り得なかったのだ。彼らが、人から教わって悟ったわけではなかったから……。

  いずれ死ぬべき苦の海に

死に損ないの浮きにけり

  悪しき時世ときよに花散りて

追い腹の夢叶うまじ

  高祖道元宣わく

只管しかん打坐たざ即悟りなり

  印を結びて組みし手に

脇差なきぞ悲しけれ

                               或浪人之和讃あるろうにんのわさん

 ここまでが、「まだ知識に曇らぬ唯一の時」と称する、如何なる経文も読まずに通した沖雪であった。朝な夕な聞こえて来る同参たちの読経にさえ耳を塞がんばかりに過ごしていた沖雪の、独力で挑んだ足跡であった。

 橘の前に坐る沖雪をしばらく見ていて、温厚な鶯閑和尚が初めて叱った。

 そうして、所依しょえとするよう命じられ、自ら書写された《正法眼蔵しょうぼうげんぞう》を渡された。

 気性の激しい沖雪は、このたびもまた、変心するのは早かった。それまでの我流で為した思弁から生まれて来たぜん観念と言語踊りの悉くを改めて捨て去り、《正法眼蔵》をむさぼるように読んだ。

 じつに、途中で三日三晩、視力を失ったというほどの凄烈な読み方であった。

 見えなくなった一日目は、最後まで読むことの出来なかった歎きに悶え、手さぐりで表を駆け回っては、飽くことなく転倒した。境内に、沖雪が体のどこかを打ちつけなかった箇所はないほどであった。同参たちは、沖雪が失明していることを知らなかった。またいつもの狂態が始まったなというくらいに思っていた。

二日目は、あちこち痛む体に苦しみながら、この結果に至った原因を考えていた。すると、ふと沖雪の魂は宇宙の果てまで至り、見えるはずのないものが見えたという。宇宙の果てでは、過去世と未来世の一切衆生の一糸乱れぬ声明しょうみょうが聞こえていた。見えるはずのないものについては、ただ「光」とよりほかに表現出来ぬものであった。

三日目には、もはや強いて閉目せずとも坐禅をしている体になれたのだと思い至り、心の底から喜んだ。ようやく失明に気づいて沖雪を世話していた同参たちには、沖雪がただ座っているのか、坐禅を組んでいるのか、わからなかったそうな。四日目の朝、ふたたび目が見えた時には、かえって「成仏し損なった」と悔やんだほどであった。

さて《正法眼蔵》には、かつて沖雪が我流で発明した文句の数々が、途方もない大山に変じて、化けて出ていた。

また、常に頭のどこかで、《正法眼蔵》を読むことは《正法眼蔵》に反することだという声が鳴りやまなかった。

しかしその声を沖雪は迷妄と見定めた。ただし、よき迷妄だ。この矛盾が矛盾とはなり得ぬ深みまで降りて行くことは不要だ。矛盾は矛盾として放置しておけばよい。大いなる一致に至るまで言葉を継ぎ接ぎすることは、学僧の仕事であって修行僧の仕事ではない。

沖雪は、この迷妄こそ、おのが進む道の正しさをかえって裏打ちする頼もしき証左と観じて斬り結び、すなわち読み進んだ。

そして遂に読み終えた時、沖雪は、激しい怒りに囚われていた。

既に独力で気づき、あるいは発明し、あるいはどこからか飛来して、頭の中に書き連ねていた表現が、経典において先を越されていた悔しさと、それらが既に全国の禅僧たちの常識となり、彼らは棒暗記であるくせに、こちらの発明の拙さを嗤うのであろうことに対して。

先を越された悔しさの最たるものは、せつ一物いちもつそく不中ふちゅう(言葉にすると外れる)であった。言われるまでもなかった。それこそは言語表現における悟道の最上段だと信ぜられたものであった。その上で捨てたものであった。それが天下の《正法眼蔵》に拾われていた。

この怒り。一過的のものではなく、仏道によって本来のものが現れ、仏道によって定着した怒り。すなわち自分は遂に打ち負かされた。けれども確かに負けたのだとわかったことは、激しく沖雪を喜ばせた。

そして沖雪は驚くべき速さで読み尽くした《正法眼蔵》を、一字一句たりとも余さず、きれいさっぱり忘れたという。

 仏道に浄土も穢土もなかりけり

  悟りも釈迦もなかりけるかな

沖雪が能動的な記憶喪失を試み、遂に成し遂げた時、大地震が起きた。

 ある島民の手記によると、大地がたわんで跳ね上がり、木々がしわがれた悲鳴を上げ、地の底から大いなる骨の折れる音がしたという。

 山々が代わる代わる背伸びをしては身をよじり、野良猫が義太夫を語ったという。

 つくばいの水が天に向かって垂れ落ち、冬空に百日紅さるすべりの花が舞ったという。

 海の上を魚の塊が転がってゆき、もぐらの死骸が二尺歩いたという。

 肥溜が牛の頭部を吐き出し、夭折した幼友達が往来を駆け去ったという。

 鶏卵から次々と双子が生まれ、井戸にたこが泳いでいたという。

 つもるじまの東西南北が傾いだために、離れの庵室から見上げる月は面相を異にしていた。

 沖雪が成し遂げた能動的の記憶喪失を、一夜漬け的に覚えたものが地震のショックで抜け落ちたのに過ぎぬとする現代的な解釈は、あまりに容易に為し得ることであった。

 しかし沖雪にとっては順序が逆であった。この地震は、おのが増上慢に対する仏罰だと思った。けれども彼は喜んでいた。然り、これは罰だ。すなわち仏法は五濁悪世においても健在だ。罰がなければ救いもない。罰があるなら救いはある!

《正法眼蔵》は如何に語り得ないかを語った道元禅師の究極の苦行であった。自分はこれから、如何に語り得るかを黙する!

 沖雪は余震の続く中、山奥の洞窟へ赴いた。シダの茂った岩壁が覆いかぶさるような洞窟だった。同参からは止められた。

「既に入り口は少し崩れておるのに」

「生き埋めになるかもしれんぞ」

 しかし沖雪は聞かなかった。

「地震を起こさしめた拙者の煩悩が生き埋めによって滅さるるならば、その宿運を強いて肯んじ直すことこそ濁世末法には為し難きはっ正道しょうどうの盛業でござる」

 そう言って入って行った。

 以前にここで坐ったことはあった。その時は蛇に噛まれて逃げ出したのだったが、それが毒蛇であったのかどうか、その後数日のあいだ大いに気を揉んだものだった。

今、その蛇もいなくなっているような気がした。地震で死んだか、あるいはあの時人間を噛んだことで毒でも回ったのかもしれぬと思いつつ、暗闇の中を手さぐりで進んだ。

すると、もうじき行き止まりというところで、出処はわからぬけれど、どこからか非常にかすかな光が洩れ込んで来ているらしく、物が見えた。

そして、行き止まりの手前の壁が一部分崩れ、穿たれた窪みの中に、一体の石仏が鎮座していた。

沖雪はぼんやりと突っ立って石仏を見下ろしていた。大雑把な造りで、如来なのか菩薩なのかもわかりかねたが、第一の特徴は、腕がないということだった。両の手の、肘から先がないのだった。

石仏の周囲はきれいなもので、昔に安置されたままの形で現れた様子であった。このたびの崩落によるものではなく、初めから腕のない石仏として彫られたとしか思われなかった。

ハッと我に返った沖雪は、腕のない石仏の前に平伏し、南無釈迦牟尼仏と唱えた。

爾来、沖雪は日がな一日石仏の前に坐って過ごした。

 一切の教義を捨てた沖雪には、最初に鶯閑和尚から賜った「修証一等」の四字だけが残っていた。修行と悟りが不可分である、仏法は坐禅の中に満ち足りているというその四字だけが、唯一の本尊として胸中に据え置かれていた。

ある日、いつものように石仏の前で坐禅を組んでいた沖雪は、白昼夢を見た。

見たことのない国に立っていた。彼方には天まで届きそうな山がそびえ立ち、純白の雲がかかっていた。

青々とした松が遠く近く生えていて、瑠璃色の空からは鮮やかな花びらがちらちらと降りやまなかった。

清らかな川には七色の魚が群れ泳ぎ、中州に巨大な亀が甲羅を干していた。

あちこちの果樹は満開の花を咲かせながら熟した実を生らせ、美声他に比類なき小鳥たちが歌いやまなかった。

往来には鹿や孔雀が歩き、道行く人々はしばしば象や麒麟に乗っていた。虎や唐獅子が平穏に寝そべり、富者と貧者がにこにこと話していた。

沖雪は自分がいにしえの天竺にいることを悟った。心が浮き立つのを如何ともしがたかった。生身の釈尊に会えるかもしれぬと思って、あちこちを見渡した。ここにいらっしゃらなければ、探しに行かねばならぬ。鹿野ろくやおんはどっちだ。竹林精舎は、りょう鷲山じゅせんは、祇園精舎は?――ふと、ある一人の若い僧が目についた。

人々はみんな美麗で、温和で、じつにその半数が僧なのだったけれど、どうしてその若い僧にことさら目が行ったのかといえば、その僧が今、盗みを働いたからだった。

うるわしい少女が店番をしている花屋の店頭に並べてあった、三千年に一度咲く優曇華うどんげの花を、通り過ぎざまひょいと手に取り、そのまま歩き去ったのであった。

沖雪は僧のあとを追った。

僧は、優曇華の花を指先でもてあそびつつ、歩いて行った。やがて往来から逸れて行き、川辺に立った。そうして、まばゆいような色を纏い、馥郁たる香を放つ優曇華の花を、おだやかな流れへと投げ捨てたのであった。

菩提樹の木陰で昼寝していた貘が顔を上げて、川下へ流れ去ってゆく花の色を少し目で追い、また眠った。

僧は空を見上げていた。やがて沖雪の心に、僧の心が雪崩れ込んで来た。それは梵字のような姿をしていて、しばらくは読まれなかったけれど、眺め続けているうちに、だんだん親しみ深くなり、ある時とつぜん了解した。

僧は優曇華の花を、いらないから捨てたのであった。盗んだ理由などなかった。理由があれば買う。ないから盗む。買えなければ働く。買えるから盗む。盗みたければ堪える。盗みたくないから盗む。どうしてもやめられないのだった。

いっそ捕まれば、二度と盗めなくなるものをとすら願われた。盗っ人は両腕を切られる。僧は腕を切られた人を知っていた。その処刑の場も見た。あってはならぬことだと思った。こうまでしなければならぬ人間が悲しかった。遂に身中の悪鬼を退たいられなかった人間は法律を庭に繋いで安眠し、法律は刑罰というわにを飼っていた。

そうして、あるいはその、両腕を切られるかもしれないという甚大なる恐怖こそ、僧をして盗みを働かせる最大の動機なのであった。

やめたくてたまらないのだった。然るがゆえにやめられぬのであった。

どうしてこうも天邪鬼な心が起こるのだろうと、僧は気も狂わんばかりに思い悩んだ。なまじ仏道の教義に染まり過ぎたためだ。修行の「し」の字も知らぬ無垢なる人が平らかに成仏してゆく隣で、如何に多くの僧たちが地獄へ落ちてゆくことか……。

沖雪は、この僧の心を見ていて苛々した。このような人間がどうして腹を切らぬのかわからなかった。自分で出来ぬのならば俺が斬ってやるものをと歯噛みしながら見ていた。

 僧は蓮池の前に坐禅を組んでいた。おのが罪を見つめていた。確かに罪は罪として仏道を深めさせる縁となり得、地獄は地獄として身心を浄化させる縁ともなり得る。しかしそのような了見で敢えて為し続ける罪が、徳に転ぼうはずがない。

僧の中で夜叉が笑い転げていた。

僧には夜叉を打ち倒すことも、離れることも、いっそ打ち負かされることも出来なかった。如何ともしようのない苦しみの中で、僧は坐り続けた。

するとある日、僧の眼前の蓮が花を開いた。そうして僧は白昼夢を見た。

 僧は浄土に立っていた。

 こんじきの空からは妙なる楽の音が響きやまず、空気はあまりに澄んでいて、ただ呼吸をしているだけで垢が落ち、妄執が晴れるようだった。

 遥か彼方に、百千万億の稲光を束ねたような光の大樹が立っていた。

そうして、あたりには、遠く近く、ありとあらゆる仏・菩薩が、あるいは木の上で、あるいは水の上で、あるいは雲の上で、静かに座禅を組んでいた。

気づけば差し向かいに、一人の仏が立っていた。目を半眼に開いた、涼やかな表情であった。しなやかな指を一本立てられ、僧に向かって告げられた。

 その言葉は僧の知っている言葉ではなかった。しばらくは頭の中で、ただ美しい姿をしているばかりだった。そのうちにだんだん親しみ深くなり、とつぜん了解したところによると、

「最後の盗みで、お前は捕まる」というような意味だった。

 僧はハッと我に返った。蓮池の前に坐っていた。どこにも仏・菩薩の姿はなく、あたりには孔雀や虎が歩いているばかりだった。

 しかし浄土の様子は、胸中にありありと描き得た。仏のまなざしも、ハッキリと覚えている。目を閉じれば、まぶたの裏に、いまだ残像がいらっしゃった。仏が聞き慣れぬ言葉を話された時の、えも言われぬ声がいまだ鼓膜に残っていた。仏が指を立てられた時の、かすかに漂った、えも言われぬ香りがいまだ鼻腔に残っていた。

僧の中に、もはや夜叉はいなかった。

僧は、極めて純粋に、盗みをやめる決意をしていた。もう天邪鬼な心は起こらなかった。ただただ罪を悔い、罪を解き放ち、罪から離れる人であった。

 あるいはその瞬間に僧は浄化せられたのであろう。浄土においては。けれどもここは娑婆だ。謀略や冤罪すら跋扈するところだ。如何ともしがたく僧を脅かすのは、蓮池に潜む鰐であった。両腕を切られることの恐怖であった。

如何に僧がもはや穢れのない人でも、過去に犯した罪は消えない。鏡に映った影のごときむなしい娑婆世界においては、罪の姿もまた模糊として、目撃されねば生じず、告発されねば生きられない命であるとしても。

その、いるのかいないのか定かならぬ亡霊に、僧は包囲されていた。

しばらくは、その不確かさのために追い払うこと能わざる亡霊を怖れて身悶えする日々であった。それがある時はたと気づいた。仏の予言は、「最後の盗みで捕まる」というものだ。ということは、裏を返せば、盗み続ける限り捕まらぬということだ。盗みをやめぬ限り腕は切られぬということだ。

この発見は僧の心を軽くした。一瞬にして世界が明るくなったようであった。

 しかしその直後、僧はおのれを強く戒めた。両腕を持ったまま盗っ人として生きるより、たとえ切り落とされたとしても正しく生きたいと願われた。

 それから僧は、徹底して坐禅を組んだ。現状の僧において盗むということは両腕を守護することであった。盗みこそは、一切の鰐を統べる頼もしき金毘羅こんぴらであった。この身中の金毘羅が滅却されるまで坐禅をやめまい、そのまま死ぬならそれでよいと腹をくくって坐り続けた。

 生半可なことではなかった。いつまでも去らないものがある。相矛盾するものが手を取り合って踊り狂う。滅却々々々々。しかしそこにはどう考えても、生きながら為し得るような生ぬるいものでは跳び越えられぬものがある。

僧の頭は今にも裂けそうであった。絶望と錯乱が渦巻いた。そうして、衰弱し切った僧は、遂に気絶した。その刹那、薄れかけていた浄土の風景が、鮮明に脳裏へ浮かんだ。

僧は二度目の浄土を見渡しながら、何かが気にかかった。やがて氷解した。以前に見た時には気にも留めていなかったけれど、今この時、ようやく気づいたことだった。

それは、浄土において仏・菩薩が、例外なく坐禅している、ということであった。

 かくして僧は、気絶するによって目を覚ました。身中の金毘羅を完全に滅却する唯一の法は、一生涯、朝々暮々、その都度その都度、毎々改めて滅却せんとし続けるということのほかにはないと悟った。滅却せんとし続ける限り、身中の金毘羅はまさしく滅却せられているということを悟った。

 僧は心の中で、南無釈迦牟尼仏と唱えた――その時、騒々しい足音がして、僧は目を開けた。威圧的に十手を携えた岡っ引きが、僧をぐるりと取り囲んでいた。

「この坊主で間違いはないな?」

 と言って、一人がふり返った。その後ろで、うるわしい少女が、こくりとうなずいた。優曇華の花を売っていた、花屋の少女であった。

 僧は静かに立ち上がると、無上の喜びのうちに、刑場へと引かれて行った。

 鶯閑和尚は、近頃の沖雪の坐り方が前と変わったことに気づいていた。それは、《正法眼蔵》をよくよく読んで、心根が改まったためであろうと思っていた。

 ところが、然らばここいらでひとつ師弟らしく、じっくり問答をして、自分も今いちど玩味がんみの行に励もうかと思い、二、三やり取りをしてみれば、沖雪はあれだけ没溺していた《正法眼蔵》を、きれいさっぱり忘れているのであった。

 しかしそれでは道理に合わぬものがあった。沖雪の坐禅には、やっぱりどことなく悟後ごごの修行という感じが漂っているので。

 それで鶯閑和尚は、何があったのかと率直に問うた。すると沖雪も包み隠さず、洞窟の奥に現れた腕のない石仏の話と、その前で坐禅をしていて見た白昼夢の話をした。

 その話をする時の沖雪は、まことに穏やかであった。今でも、天竺の風景は胸中にありありと描き得ると言った。目を閉じれば、まぶたの裏に、いまだ残像がハッキリ見える。果樹に安らっていた鳥たちの声もいまだ鼓膜に残り、瑠璃色をした空から降りやまぬ花びらの香もいまだ鼻腔に残っていると言った。

「――要するに、あなたはその夢を以て、修証一等を悟られたと申されるのかな」

 と鶯閑和尚が尋ねた。すると沖雪は、ゆっくりとかぶりを振って、

「そうではござりませぬ。今、拙者を安らぎへと赴かしむるものは、夢の内容ではなく、実際にそういう夢を見たという、その事実なのです。あの夢を拙者は確かに見、そのキッカケとなった石仏が確かに存するということなのです。それで拙者は安心し申した。この安心はもはや検めるべきものではありませぬ。それだけのことでござる」

 鶯閑和尚は、今語られた言葉そのものよりも、語っている沖雪の表情や声音を、つぶさに観察していた。

「それで、今もその石仏の前で坐っておられるのかな?」

 と鶯閑和尚は聞いた。すると沖雪はかぶりを振って、

「この上ふたたびお目見えを願うことは、石仏を見失うということでござりましょう」

 鶯閑和尚は、その場は適当に「そうですか」と片づけておいたが、沖雪と別れると、柄にもなくいそいそと洞窟へ赴いた。

 暗闇の中を進むこといくばくもなく、どこがどう崩れた結果やらわからぬ淡い光がにじむ中に、果たせるかな、腕のない石仏がいらっしゃった。

 鶯閑和尚はその前に坐った。

 沖雪の言うことを信じたわけではなかったけれど、確かに疑われもしなかった。何しろあの劇烈な沖雪のことだ。白昼夢を見たと言うのなら、見たのだろう。しかしそれは塵芥の吹き荒れた竜巻のような坐禅であったに違いない。それをやるつもりはなかった。

ただあの変わりようは一顧に値するものであったし、ここへ来てみれば石仏――甚だ出来の悪い、よくわからぬものであるけれども――は、現に鎮座なされておるのだし。

 とりあえず坐ってみるかというくらいのことであった。

 ところがその坐禅において、じつに一発目で、鶯閑和尚は白昼夢を見た。

 しかしそこは天竺でもなければ、ましてや浄土でもなかった。

 そこは同じ洞窟の中だった。けれども何かが違う。先ほどまでの淡い光は失われていた。それなのに、全くの暗闇であるのに、クッキリと見えるのだった。

 そこには一人の僧がいた。明らかに日本の、末法における僧であった。

僧は何をも視認すること能わざる闇の中で大きな目をぎょろりと開けて、如来なのか菩薩なのかわかりかねる石仏を、一心不乱に彫っていた。

その僧の姿に、鶯閑和尚はピンと来るものがあった。僧は、頭が赤紫色だった。毛髪を剃り続けることのわずらわしさに、一本残らず引っこ抜き、あとからあとから生えて来る髪の根を絶たんがためにあらゆる汚物を塗り続け、遂に頭の皮膚を腐らしたと伝えられる色であった。そして洞窟内に立ち込める、芬々たる臭いから、そのお召し物が、あらゆる鳥や虫の糞で染めたと伝えられる衣であることも察せられた。

並外れた奇僧と伝えられるかんかいという僧に違いなかった。

伝説によれば、賤しからざる生まれであったが、賤しからざるこそ賤しけれと、十六歳で摂津国聴汀山ちょうていざん光梢寺こうしょうじ五世住職月瓣げつべんどうもくに就いて得度したのち、諸国を遊学した。高僧と見れば法論を挑み、疑いなく負けるまでやめないという行脚を重ねた。そして晩年は妙然寺に隠棲したという人であった。

実在が疑われる僧であった。それを今、目の当たりに見ていた。

やがて鶯閑和尚の心に、閑海の心が雪崩れ込んで来た。それは即座に理解し得るものであった。いわく、坐禅を突き詰めた結果として、強いて雑念を払わずとも、光や音や風といった大自然の煩悩が初めから遮断せられた暗闇で、行為を以て為す無念無想として、洞窟の壁にのみを振るい、石仏を彫っているのだった。

かわらを磨いて鏡と成す」と、胸中にくり返しくり返し唱えつつ彫っていた。

 閑海は、この石仏が出来上がった時に悟ると固く信じていた。ここまで強く信じ切った心というものを、鶯閑和尚は初めて体験した。こうまで信ぜられるものが、外れていようはずがないとすら思われた。

 閑海は昼夜を分かたず彫り続けた。窪みに溜まっている泥水を飲み、時おり足や尻に触れる虫を素早く捕まえては、そのまま食った。髪はもう生えぬけれども、髭はもじゃもじゃになり、皮と骨ばかりに痩せさらばえて行った。

ずっと手さぐりで彫っていたのだったが、ある時からどうも、全くの暗闇にありながら、閑海の目に物が見え始めた。

初めはぼんやりと、黒みの濃淡がわかるくらいだったのが、次第に輪郭をとらえ、遠近感が判然とし、そうしてとうとう、たとえ光があっても見え得ざるものまで見えるようになった。それはちょうど、まさに石仏が出来上がった時のことだった。

閑海の視野に映ずる石仏は、最初に鶯閑和尚が見た大雑把なものではなかった。極めて精緻に造られたその仏像は、黄金色でありながら、水晶のように透き通り、さまざまの模様を成す光背こうはいが幾重にも重なって、右に左にゆっくりと回っていた。

閑海は、仏像の前に平伏して、南無釈迦牟尼仏と唱えると、骨の変形した足でよろよろと立ち上がり、随喜の踊りを踊った。

その時、石仏の背後の壁が剥がれて、石仏ごと前に倒れて来た。

閑海は慌ててあいだに滑り込み、押し上げようとしたけれど、無慈悲に押し倒さんとして来る岩の重みには敵わなかった。けっきょく、壁は完全に倒れてしまわずに、自ら引っかかって止まった。閑海は隙間から這い出すと、半ば下敷きになりかけた石仏を、慎重に壁から削り取った。

閑海の心眼においても、もはやそれはただの石仏であった。お姿の尊さも、妙なる後光も消え去って、甚だ不出来な代物に戻っていた。

のみならず、法界ほうかい定印じょういんを結んでいた両腕が折れ、肘から先がなくなっていた……。

――鶯閑和尚は我に返った。眼前には、出処のわからない淡い光の中に鎮座する、腕のない石仏があった。いまだ鼓膜には閑海の悲痛な呻き声が残り、鼻腔にはおぞましい悪臭が残っていたけれど、いくら見つめても、石仏にあの光背は現れなかった。

あるいは沖雪には見えているかもしれぬと思われた。

沖雪の見た夢は、全くの幻覚だ。自分の見たものは、厳然たる事実だ。

けれども、一体どちらが正しいのか、鶯閑和尚にはわからなかった。

  三

「石仏が偸盗ちゅうとう菩薩像と名づけられ、観光地になったのは、明治になってからのことです」と、住職は続けた。「これを題材にした小説が書かれて、一躍有名になり、つもるじまは観光業に力を入れて潤いました。商売に使うべきではないと主張する人はおりましたが、古来、そうした人々が重んぜられたためしはありません。そうしてけっきょく、時が経ち、偸盗菩薩像が盗まれて、気づけば何もなくなっていたというのが現状なのです……」

 家までお送りしましょうと言ってくれたけれど、綾乃は丁重に断った。

森を出たところで住職と別れて、帰路の道々、ふと検索し直してみれば、盗難事件のこともちゃんと書かれてあった。周辺の防犯カメラやドライブレコーダーが丹念に調べられたけれど、怪しい人は遂に見当たらなかったのだそうな。

 道の右側は、地面が高くなっていて、斜面に咲き乱れたフリージアの黄色が、ずうっと向こうまで続いていた。

 その懐かしい、甘い香りを嗅ぎながら、綾乃の胸には、ちゅうせつおうかん和尚よりも、堆視島の行く末を憂う住職の言葉がこびりついていた。

観光業が完全に廃れてしまえば、あの女船頭さんはどうなるのだろうと思った。

その時、水の流れる音がした。というか、ずっとしていたことに今気づいた。首を伸ばして見てみると、フリージアの土手を隔てて、用水路があるらしいのがちらっと見えた。

魚でも泳いでいないかしらと、フリージアをまたぎまたぎして見に行った。ところが、土手を登ってみると、用水路はカラカラに乾いているのだった。水音も消えていた。一度も聞こえてなどいなかったような気しかしなかった。

川の幽霊だったのだと思った。不思議と、怖くはなかった。

家々の表札を見ながら歩いた。女船頭さんの家はどこなのであろうか。名前を知らないのだから表札を見ても仕様がなかったけれど、何かピンと来るかもしれなかったので。

けっきょくピンと来ないまま、ある大きなお宅の庭に生えている柳の枝に、新芽が粒々と萌しているのを見上げた。生け垣の椿の花が、加工したように紅かった。お金持ちそうだったので、ここだったらいいなと思った。

 蓮華畑の畦に、キュウリグサが、非常に小さな、青と白と黄色の花を咲かせていた。綾乃は亡父の仏前へ供えるために、いくらか摘んで帰った。

 ただいまと言っても返事がなかった。入って行くと、けい次郎じろうがお仏壇の前に座っていた。

 ご馳走の支度をしてくれていると思っていたのに、台所を見ても、そんな気配はまるでなかった。住職の話は予想を遥かに上回って長かったし、おなかはペコペコだったので、正直、腹立たしかった。

「お祖父ちゃん、ただいま」

 とくり返すと、ようやく馨次郎はこちらを向いた。そうして、

「偸盗菩薩像のこと、教えてもろうたか」

と言った。おかえりもなかった。

「教えてもらったよ」

 と、ちょっとつっけんどんに答えた。すると馨次郎は、

「ほんなら、ついでに聞いてくれ。あわれな独居老人の懺悔や」

 綾乃はカンベンして欲しかったけれど、何だか悲壮なものが感ぜられたので、大人しく聞いた。

「お前のお父さんと、お前をここまで送ってくれた、あの船頭さんはな、若い頃、恋仲やったんよ」

 ここで馨次郎は、綾乃の反応を見た。こんな話、聞きたくないならすぐにやめるぞという顔で。けれども綾乃は、最後まで聞くまでは死ねないという顔であった。

「せやけどな、」と馨次郎は続けた。「向こうの親父が、『家業は絶えさせられん』と、こう言うわけや。一人娘やったからな。『婿に来てくれるなら』と、こう言うわけや。気持ちはわからんでもなかった。あの連絡船、あれはよそもんの商売や。当時、いざ始めようとしよるとこやってな。『それとのう詫びに来よりましたわ。もし一銭でもゼニ出しよったら、叩っ斬ったろう思いましたんやけんど』――気持ちはようわかった。せやけど、こっちも一人息子やったからな。それにわしは、ほんま言うたら、そもそも観光客が好かなんだ」

「それで、二人はどうなったの」

 と綾乃は結末をせっついた。馨次郎は、頭の中で、話そうと思っていたことを改めて整理するふうであった。やがて、深々とため息をついて、

「五日ほど逃げて、あの子だけ帰って来た。日出男はそれきりや。就職したことも、結婚したことも、子どもが生まれたことも、何にも知らなんだ。ばあさんも――。ほんでけっきょく、骨になって帰って来よったというわけや」

そう言うと、お仏壇の骨壺を見やった。

「あの子は家を見捨てられなんだんや。それを、婿の来手のないようにだけされてしもうて……わしはあの子に、合わす顔がうてな。あの子の親父も、わしと日出男のこと、さぞかし怨みながら死んだろうと思う――けっきょく偸盗菩薩像も盗まれて、何もかんもわやになってしもうたけんど――そやから、あの子がお前を連れて来たということが、わしには何とも、不思議な縁というか、因果なことやと思うてな」

「船頭さんは、何ていう名前」

 と綾乃は尋ねた。馨次郎は、疲れたように目頭を揉んで、かぶりを振ると、

「それは、もう言えんよ」と答えた。

それから、二人でカップ麵を食べた。

 海を見下ろす坂の上で、馨次郎は立ち止まった。

「ほんなら、また来い。いつでも構わん。今度はお母さんも一緒に、もっといっぱい泊まって行け」

 そう言って、握手の手を差し出した。

 綾乃は、この島の人は最後まで送ってくれないなと思いつつ――むろん、住職はこっちが断ったのだし、あとの二人には事情があるということは、今ではわかっているけれど――祖父の大きな手を握った。

 桟橋まで歩いて行く途中、ゆるやかな川が流れていた。どこでこんなに散ったのか、桜の花びらが敷き詰めたように浮いていた。綾乃は、天竺の川だと思った。

《ようこそ堆視島へ》と書かれた幟がゆるくはためいている桟橋に、渡し舟はなかった。目を凝らすと、向こう岸にいるのが、ぽっちりと見えた。小屋を覗くと、赤銅色をした痩身のお爺さんがいたので、

「渡し舟は、今度は何時頃ですか」と尋ねた。

お爺さんは、綾乃のことを、昨日のお客だという以上のものが含まれるような目で見て、

「渡し舟は、呼びゃすぐに来ますけんど、もうじき連絡船が来よりますで」

 けれども綾乃は、強いて渡し舟を頼んだ。

 お爺さんはスマートフォンで電話をかけた。対岸の女船頭さんが舟に乗り込むのが見えた。

 ゆっくりゆっくり近づいて来るのを眺めていると、お爺さんがぼそりと言った。

「日出男のことは、こんなちいちゃい頃から知っとります。利かん坊やったけんど、ええ子ォやった。ご冥福をお祈り申し上げます」

 やっぱり小さな島のことだから、みんな知っているんだなと思いつつ、綾乃は頭を下げた。

 舟が到着した。女船頭さんの、切れ長な一重まぶたの強い目が、綾乃にはたいへん美しく感ぜられた。

 乗り込むのに、お爺さんが手を貸してくれた。リュックを抱いて、舟の中に座った。舟はすぐに出発した。

 改めて舟はよく揺れた。海の上にも、桜の花びらがちらほら浮かんでいた。

 聞きたいことは山ほどあるけれど、実際に聞く気は毛頭なかった。もう一度顔が見たかっただけのことだった。しかし先ほどのお爺さんのことを考えれば、自分が何者であるか、女船頭さんはもう知っているのに違いなかった。そう考えると、強いて渡し舟に乗った自分のことを、どう思っているだろうと、綾乃はちょっと不安になった。

 と、出し抜けに、

「いつ、亡くなったの」

と女船頭さんが言った。綾乃は弾かれたようにふり返った。けれども女船頭さんは、真剣な顔で艪を漕ぎながら、あくまで前方を見つめていて、視線は合わなかった。

 綾乃は、また前を向いて座り直し、

「もうすぐ一年になります」

 と答えた。女船頭さんは、

「そう」と言ったあと、「謹んで、お悔やみ申し上げます」と続けた。

 綾乃は、ずっと奇妙な一致だと思っていたことを、言った。

「ちょうど、偸盗菩薩像が盗まれたのと、同じぐらいです」

 すると女船頭さんは、即答に近いくらいの早さで、

「日出男さん、あの石像のこと、ずいぶん憎んどったから」

 綾乃がふたたびふり返ると、女船頭さんは、今度は綾乃を見ていた。

「お名前は?」と聞かれた。

「綾乃です」と答えた。

「そう」と言うと、それきりふたたび前方に目をやった。

 到着した。手を貸してもらって、桟橋に降り立った。財布を出そうとすると、

「お代は結構」

 と言われた。綾乃は財布を仕舞った。女船頭さんは、すぐ行ってしまうかと思われたけれど、まだそのまま立っていた。綾乃は見上げていた。

やがて女船頭さんは、無言で見つめ合う気まずさに、ちょっと苦笑したあと、

「綾乃ちゃん。幸せに生きてね」

と言った。

 綾乃は頭を下げると、駅に向かって歩き出した。

角を曲がる手前でふり返ると、笠をかぶった、「つもるみ」と書かれた法被の後ろ姿が、海を見ながら煙草を吸っていた。

※本作品は幻冬舎ルネッサンス原稿応募キャンペーン連動企画参加原稿です。
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